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chapter,5
04. 聖女ジゼルフィアの誤算(前編)《3》
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* * *
魔女の森で暮らしているヒセラはジゼルフィアと見た目がそっくりな少女である。ただし、性格は腹黒くて小賢しいジゼルフィアと違い明るく他人想いの優しい娘である。自分のために魔法を使わず、他人のために尽くす姿は同じ“魔女の森”で研鑽している魔女たちからも一目置かれている。それゆえ、次の大魔女候補になるのではないかとも囁かれていた。だというのに、本人にその自覚はない。今日も大魔女タマーラのために精霊たちと“魔女の森”からハーヴィックの結界を見守っている。
死に急ぐジゼルフィアにとってヒセラの存在はもうひとりの病弱ではない自分を見ているかのようで、彼女が成長する姿を見るのは密かな楽しみでもあった。
夕刻。一番星が空に浮かぶ頃。
一仕事終えたヒセラがツリーハウスに戻ったのを確認してから、ジゼルフィアはひとり、“魔女の森”への扉をひらく。デ・フロート家の中庭から扉ひとつで繋がっているそこは、ジゼルフィアにとって幼い頃から行きなれた空間だったが、今宵は暗いからか、どこかおどろおどろしい雰囲気も醸し出している。
「来ると思ったよ。マヒ・デ・フロート家の一人娘。ヒセラのところへ行くんだろ?」
“魔女の森”へと通じる扉が開いたことを察知したひとりの魔女が、ジゼルフィアをヒセラがいるツリーハウスまで案内してくれた。年嵩の魔女はタマーラには劣るがジゼルフィアが考えていることなどお見通しなのだろう。余計なことを言わずに目的の場所まで連れていってくれた魔女に礼をして、ジゼルフィアはヒセラが生活しているツリーハウスの階段をゆっくりとのぼる。走ったらきっと心臓が悲鳴をあげてしまうから。
階段をのぼり終えたジゼルフィアは半開きになっていた扉を軽くノックして、そのまま身体を滑り込ませる。
すでに夕飯を食べ終えていたのだろう、ヒセラは食器を棚に片付けているところだった。突然の来客に眼をまるくしている。
「ジゼ、こんな時間にどうしたの!? 浮かない顔してるけど」
「ヒセラ……わたし、きっとあなたに悪いことをするわ」
「何を言ってるの? 顔色が悪いよ、へんなものでも食べた?」
「食べてないわよ。それにわたしの顔色が悪いのはいつものことでしょう?」
「茶化さないで! あたしが何年ジゼのこと見てると思う? “魔女の森”の精霊たちも心配そうにしてるじゃない」
同じ顔で似たような魔力を持つジゼルフィアがヒセラのもとに駆け込んできたことに精霊たちも気づいたのか、ツリーハウスの周囲を鳥たちが囲んでいる。ほかにも猫やきつね、うさぎなど小動物の姿をしている精霊が階段脇にたむろしはじめた。おまけにふよふよと浮かぶ光の玉も蛍のようにヒセラたちのいる場所まで集まっている。お互い魔力酔いしない体質ゆえ、精霊たちにとってふたりの存在は気がねなくくつろげる空間になっているが、夜も更けていくこの時間にここまで集まるのは異常である。
ジゼルフィアがまとわりつく精霊たちを見回し、ふふ、と苦笑する。どうやら象れない精霊たちにまで心配されているようだ。
「ごめんなさいね。ちょっと動揺しちゃって」
「幼馴染みの男の子が花鳥に帰っちゃったから寂しいの?」
「――それは……それも、あるかもしれないけれど。そうじゃなくて。王命、が……くだったの」
ホーグと別れることになったのはたしかにジゼルフィアの心を重くしたが、その翌日に王城から公爵家に届いた要請の方がいまの彼女を煩わせている原因なのだとヒセラに告げると、彼女は「おうめい?」とぽかんとした顔をした。
「いま、なんて」
「マヒ・デ・フロート家に王命がくだったの」
「ハーヴィック王家から? ジゼに?」
「そうよ――ハーヴィック王家からジゼルフィア・マヒ・デ・フロートへ。正式にリシャルト殿下の花嫁聖女になれ、って」
魔女の森で暮らしているヒセラはジゼルフィアと見た目がそっくりな少女である。ただし、性格は腹黒くて小賢しいジゼルフィアと違い明るく他人想いの優しい娘である。自分のために魔法を使わず、他人のために尽くす姿は同じ“魔女の森”で研鑽している魔女たちからも一目置かれている。それゆえ、次の大魔女候補になるのではないかとも囁かれていた。だというのに、本人にその自覚はない。今日も大魔女タマーラのために精霊たちと“魔女の森”からハーヴィックの結界を見守っている。
死に急ぐジゼルフィアにとってヒセラの存在はもうひとりの病弱ではない自分を見ているかのようで、彼女が成長する姿を見るのは密かな楽しみでもあった。
夕刻。一番星が空に浮かぶ頃。
一仕事終えたヒセラがツリーハウスに戻ったのを確認してから、ジゼルフィアはひとり、“魔女の森”への扉をひらく。デ・フロート家の中庭から扉ひとつで繋がっているそこは、ジゼルフィアにとって幼い頃から行きなれた空間だったが、今宵は暗いからか、どこかおどろおどろしい雰囲気も醸し出している。
「来ると思ったよ。マヒ・デ・フロート家の一人娘。ヒセラのところへ行くんだろ?」
“魔女の森”へと通じる扉が開いたことを察知したひとりの魔女が、ジゼルフィアをヒセラがいるツリーハウスまで案内してくれた。年嵩の魔女はタマーラには劣るがジゼルフィアが考えていることなどお見通しなのだろう。余計なことを言わずに目的の場所まで連れていってくれた魔女に礼をして、ジゼルフィアはヒセラが生活しているツリーハウスの階段をゆっくりとのぼる。走ったらきっと心臓が悲鳴をあげてしまうから。
階段をのぼり終えたジゼルフィアは半開きになっていた扉を軽くノックして、そのまま身体を滑り込ませる。
すでに夕飯を食べ終えていたのだろう、ヒセラは食器を棚に片付けているところだった。突然の来客に眼をまるくしている。
「ジゼ、こんな時間にどうしたの!? 浮かない顔してるけど」
「ヒセラ……わたし、きっとあなたに悪いことをするわ」
「何を言ってるの? 顔色が悪いよ、へんなものでも食べた?」
「食べてないわよ。それにわたしの顔色が悪いのはいつものことでしょう?」
「茶化さないで! あたしが何年ジゼのこと見てると思う? “魔女の森”の精霊たちも心配そうにしてるじゃない」
同じ顔で似たような魔力を持つジゼルフィアがヒセラのもとに駆け込んできたことに精霊たちも気づいたのか、ツリーハウスの周囲を鳥たちが囲んでいる。ほかにも猫やきつね、うさぎなど小動物の姿をしている精霊が階段脇にたむろしはじめた。おまけにふよふよと浮かぶ光の玉も蛍のようにヒセラたちのいる場所まで集まっている。お互い魔力酔いしない体質ゆえ、精霊たちにとってふたりの存在は気がねなくくつろげる空間になっているが、夜も更けていくこの時間にここまで集まるのは異常である。
ジゼルフィアがまとわりつく精霊たちを見回し、ふふ、と苦笑する。どうやら象れない精霊たちにまで心配されているようだ。
「ごめんなさいね。ちょっと動揺しちゃって」
「幼馴染みの男の子が花鳥に帰っちゃったから寂しいの?」
「――それは……それも、あるかもしれないけれど。そうじゃなくて。王命、が……くだったの」
ホーグと別れることになったのはたしかにジゼルフィアの心を重くしたが、その翌日に王城から公爵家に届いた要請の方がいまの彼女を煩わせている原因なのだとヒセラに告げると、彼女は「おうめい?」とぽかんとした顔をした。
「いま、なんて」
「マヒ・デ・フロート家に王命がくだったの」
「ハーヴィック王家から? ジゼに?」
「そうよ――ハーヴィック王家からジゼルフィア・マヒ・デ・フロートへ。正式にリシャルト殿下の花嫁聖女になれ、って」
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