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番外編(side 花鳥公国) 亡国の女君主に恋した騎士の、最初で最後の恋の魔法
《1》
しおりを挟む「この国ももうおしまいね」
火薬の匂いが立ち込める古城の片隅で、騎士に抱かれていた姫君が嗤う。小さな蝶のようなリボンをたくさん刺繍している薄紅色のドレスはくすんでボロボロになっていたが、潔く死を決意した彼女の澄み切った薄紫色の瞳は未だ美しく煌めいている。
護衛騎士でありながら、彼女を護れないアーウィンは、どうにかしてこの場から彼女を救おうと思いながら、何もできない状況に焦りだしていた。
「レティーシャさま」
「アーウィン。あなたひとりなら、まだ逃げられるはずよ。奴らの狙いはわたくしの身柄……いえ、わたくしが持つ公国の秘宝“偉大なる星”なのだから」
「ですが」
「まだ若くて有能なあなたがわたくしのために命を散らす必要などなくてよ。祖国など捨てて、お逃げなさい」
精霊が姿を消し、魔法が廃れ、資源の枯渇が表面化したことで起こったこの大陸の紛争は留まるところを知らない。国同士の諍いが大きくなった結果、もはやこの地に留まる意味もないと精霊たちが匙を投げてしまったのだろう。
レティーシャが暮らしていた公国も戦火に呑まれ、多くの人民が故郷から亡命している。爵位を持っている金持ちほど保身に熱心で、逃げ場のない庶民のことなど気にかけてもいない。
そのなかでレティーシャは、逃げ出すことの許されなかった高貴な人間だ。
国が滅ぶ最期を見送るまでは、離れられないと言い遺して死んだ君主の志を引き継いだ彼女は、幼い頃から傍で仕えていてくれたひとつ年下の騎士へ、やさしく告げる。
「辛うじて結界が守っていますが、もうすぐこの場所にも、奴らが乗り込んでくるでしょう。だから、今のうちに……んっ!?」
彼女の言葉に蓋をしたのは、滔々と自分から離れろと伝えていたレティーシャにしびれを切らしたアーウィンの唇だった。
乾ききった唇へ慈雨を与えるようにアーウィンの舌が這い、そのまま逃さないとばかりに口腔内へと侵入する。言葉を奪われ、舌を絡めさせられ、身動きの取れなくなったレティーシャを蹂躙していた彼の口がはなれて、つぅ、と銀糸のような涎が零れ落ちる。
目をまるくして見つめるレティーシャを前に、護衛騎士アーウィン・キグナスはきっぱりと告げる。
「まだわかっていらっしゃらないのですか――貴女を捨てて、逃げることなどできないということに」
「で、でも」
「これ以上俺から離れるなどと口にされるのでしたら、強硬手段を取らせていただきます」
もうすでに強引な口づけをされているというのに、アーウィンはそう言って、レティーシャの前へ跪く。
「きょ、強硬手段……?」
「俺だって小さき白鳥座のキグナスの人間です。レティーシャさまがお持ちの“偉大なる星”につかわれている“稀なる石”をつかえば、転移の魔法くらいつかえます」
「アーウィン、あなた魔法をつかえるの?」
なぜそのことを今になって言うのだと責めれば、彼は困ったようにレティーシャの瞳を見つめ、応える。
「つかったことはありませんが、たぶん、つかえる、はずなのです……ただ」
「何よ?」
この地では絶滅寸前の魔術師、アーウィンの祖先が小白鳥座の魔女の系譜だということはレティーシャも知っていたが、彼が魔法を扱えるという話は寝耳に水だった。
たじたじになりながらアーウィンがレティーシャへ説明した話は……魔法をつかうには媒介になる“稀なる石”が必要だということ、さらにはたったひとりに捧げた“愛”の呼応なしには発動しないということだった。
なかでも花鳥の一族の限られたものだけが扱うという時間干渉の魔法は“性愛”こと性を交わす行為で愛を確かめあわなくてはならない魔法なのだということ……
「この状況で転移の魔法をつかったところで、自分たちの素性は世界各国に露見しています。それも指名手配犯並に」
捕らえられ処刑される運命にある故国の最期の女君主を前に騎士が口にしたのは、成功率は低いものの、ふたりがともに助かるためには最も確実で、魅力的な方法だった。
「わかりました。時間干渉の魔法をつかえば、助かる可能性があるのね? ならば――アーウィン、わたくしを抱きなさい」
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