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奨励賞記念番外編 殺し愛の果て
《8》
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* * *
「起きろ、ジュゼッペ」
「ン――今日は休みだって言ったじゃない」
「休みだろうがなんだろうが太陽の光を浴びないと健康に良くないぞ。俺なんかヴィオラと庭で遊んでいたんだから」
「ママ起きた~?」
「しょうがないわね、いま起きるわ……ねぇテソロ、懐かしい夢を見たわ」
それは近くて遠い、過去の自分の物語。
転移先は魔法の存在しない、近代的な世界だった。精霊たちによる生活様式とは異なり、家電が主な仕事を担ってくれる。がこんがこんと洗濯機が動いているのは夫がまわしてくれているからだろう。
ジゼルフィアとホーグは異邦人として海の見える丘のうえの家で生活を始めた。そこは一年中穏やかで、陽気な人間ばかりの町だった。時空の狭間から新しい世界へ迷い込んだふたりは夫婦になった。地元の住民たちはジゼルフィアが妊婦だと知ると、生活の世話をかいがいしくしてくれた。ジゼルフィアはすっかり健康体になっていた。肉体の器がもともと第二王子シュールトのものだったからかもしれない。驚くほどの安産で女の子を出産した。
魔法のない世界に翔んだふたりだったが、ともに記憶は朧気ながら持っていた。
ただ、ホーグは一度目の人生――聖女ジゼルフィアを嬲り殺したという忌ま忌ましい記憶だけが残っていたから転移した当初は現実を受け入れられずにいた。
「――君にひどいことをした夢か」
「違うわ。貴方を手に入れるためにわたしが魔法を使う夢よ」
「でも、君を殺したのは事実だろ」
「そうね。その言葉は何度も聞きました」
もう過ぎたことですからと笑うジゼルフィアに一度目の記憶はない。あるのはいまの世界と地続きの、分裂聖女にすべてを押しつけて別次元へホーグととんずらした時空の狭間での出来事だけだ。
「それは前世の貴方が犯した罪だけど、わたしを愛してくれたがゆえの行動なの」
「だけど死んでる君を犯し続けていたなんて……」
自分がおぞましいと嫌悪感たっぷりの彼を宥め、新しい世界で家族になるのよとジゼルフィアは彼に新しい名前を与えた。ジゼルフィアはこの世界にのっとりジュゼッペと、ホーグは花鳥公国で「宝」という意味を持っていたためこちらの言葉でテソロにした。
そして時空の狭間で芽吹いた生命にはこの地で咲いていたヴィオラの花の名を。
あれからもう三年も経つのだ。前世で愛ゆえに殺した罪を懺悔し続ける夫を、ジュゼッペはすっかり許している。
「それより我が家のお姫様がご機嫌斜めよ」
「おっと。ヴィオラちゃん、今度は何がお望みかい?」
「ママも一緒にお外に行くの!」
「朝ご飯食べたら、お散歩行きましょうか」
「うん!」
庭先に咲いていたニオイスミレの花を飾った食卓に家族三人集まって、焼きたてのパンをかじりながらジュゼッペはひとりごちる。
――もしかしたら花鳥公国の女君主さまも、こんな生活をしていたりして。
国を破滅させた魔女だという悪名を残したテソロの母国の君主さまも、自分たちみたいにここではないどこかできっと。
頬にイチゴのジャムがついてるよと夫がちゅっと口づければ娘が「パパ、イチゴよりママのほっぺが食べたいんでしょ?」なんて無邪気に突っ込んでくる。
ジュゼッペはふふ、と笑いながらここではないどこかへ想いを馳せる。
――ここではないどこか、時空も世界も異なる場所で構わないから。ヒセラやみんなが幸せでいられますように。
かつて聖女と呼ばれたジゼルフィアは分裂して魔女となり、そしてただの母親になった。
隣に愛する男性がいるだけで充分だと、悟ってしまったから。
「ごちそうさま!」
「こらヴィオラ、まだママ食べてるぞ」
「いいわよ、先に準備してて」
「ヴィオラね、公園で見つけたの! ママに見せたい樹があるの! おはなしに出て来る世界樹みたいな」
天界、人界、冥界の三つを統べる世界樹のことを思い出し、ジュゼッペは頬を緩める。
物語のなかのおはなし。それで充分。
だけど祈りと感謝を捧げることはこの先もあるだろう。
「世界樹だなんて、すごいわね」
ジュゼッペはクスクス笑いながら娘のはなしに耳を傾ける。
愛おしくてかけがえのない――殺し愛の果てにみつけたのは、そんな穏やかな日々。
――fin.
「起きろ、ジュゼッペ」
「ン――今日は休みだって言ったじゃない」
「休みだろうがなんだろうが太陽の光を浴びないと健康に良くないぞ。俺なんかヴィオラと庭で遊んでいたんだから」
「ママ起きた~?」
「しょうがないわね、いま起きるわ……ねぇテソロ、懐かしい夢を見たわ」
それは近くて遠い、過去の自分の物語。
転移先は魔法の存在しない、近代的な世界だった。精霊たちによる生活様式とは異なり、家電が主な仕事を担ってくれる。がこんがこんと洗濯機が動いているのは夫がまわしてくれているからだろう。
ジゼルフィアとホーグは異邦人として海の見える丘のうえの家で生活を始めた。そこは一年中穏やかで、陽気な人間ばかりの町だった。時空の狭間から新しい世界へ迷い込んだふたりは夫婦になった。地元の住民たちはジゼルフィアが妊婦だと知ると、生活の世話をかいがいしくしてくれた。ジゼルフィアはすっかり健康体になっていた。肉体の器がもともと第二王子シュールトのものだったからかもしれない。驚くほどの安産で女の子を出産した。
魔法のない世界に翔んだふたりだったが、ともに記憶は朧気ながら持っていた。
ただ、ホーグは一度目の人生――聖女ジゼルフィアを嬲り殺したという忌ま忌ましい記憶だけが残っていたから転移した当初は現実を受け入れられずにいた。
「――君にひどいことをした夢か」
「違うわ。貴方を手に入れるためにわたしが魔法を使う夢よ」
「でも、君を殺したのは事実だろ」
「そうね。その言葉は何度も聞きました」
もう過ぎたことですからと笑うジゼルフィアに一度目の記憶はない。あるのはいまの世界と地続きの、分裂聖女にすべてを押しつけて別次元へホーグととんずらした時空の狭間での出来事だけだ。
「それは前世の貴方が犯した罪だけど、わたしを愛してくれたがゆえの行動なの」
「だけど死んでる君を犯し続けていたなんて……」
自分がおぞましいと嫌悪感たっぷりの彼を宥め、新しい世界で家族になるのよとジゼルフィアは彼に新しい名前を与えた。ジゼルフィアはこの世界にのっとりジュゼッペと、ホーグは花鳥公国で「宝」という意味を持っていたためこちらの言葉でテソロにした。
そして時空の狭間で芽吹いた生命にはこの地で咲いていたヴィオラの花の名を。
あれからもう三年も経つのだ。前世で愛ゆえに殺した罪を懺悔し続ける夫を、ジュゼッペはすっかり許している。
「それより我が家のお姫様がご機嫌斜めよ」
「おっと。ヴィオラちゃん、今度は何がお望みかい?」
「ママも一緒にお外に行くの!」
「朝ご飯食べたら、お散歩行きましょうか」
「うん!」
庭先に咲いていたニオイスミレの花を飾った食卓に家族三人集まって、焼きたてのパンをかじりながらジュゼッペはひとりごちる。
――もしかしたら花鳥公国の女君主さまも、こんな生活をしていたりして。
国を破滅させた魔女だという悪名を残したテソロの母国の君主さまも、自分たちみたいにここではないどこかできっと。
頬にイチゴのジャムがついてるよと夫がちゅっと口づければ娘が「パパ、イチゴよりママのほっぺが食べたいんでしょ?」なんて無邪気に突っ込んでくる。
ジュゼッペはふふ、と笑いながらここではないどこかへ想いを馳せる。
――ここではないどこか、時空も世界も異なる場所で構わないから。ヒセラやみんなが幸せでいられますように。
かつて聖女と呼ばれたジゼルフィアは分裂して魔女となり、そしてただの母親になった。
隣に愛する男性がいるだけで充分だと、悟ってしまったから。
「ごちそうさま!」
「こらヴィオラ、まだママ食べてるぞ」
「いいわよ、先に準備してて」
「ヴィオラね、公園で見つけたの! ママに見せたい樹があるの! おはなしに出て来る世界樹みたいな」
天界、人界、冥界の三つを統べる世界樹のことを思い出し、ジュゼッペは頬を緩める。
物語のなかのおはなし。それで充分。
だけど祈りと感謝を捧げることはこの先もあるだろう。
「世界樹だなんて、すごいわね」
ジュゼッペはクスクス笑いながら娘のはなしに耳を傾ける。
愛おしくてかけがえのない――殺し愛の果てにみつけたのは、そんな穏やかな日々。
――fin.
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