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第一部 新婚夜想 大正十三年神無月〜大正十四年如月《秋〜初春》
呪詛と渇望 03
しおりを挟む優しく処女を奪った有弦は、日を追うごとに獣のように獰猛になり、常に苦しそうに音寧を求めるようになった。彼の苦しみは音寧を掻き抱くことで落ち着くのだという。そして番となった高貴なる女性に岩波の子種を注ぎ、孕ませ、後継となる男児を産み落とすまでその性欲は留まらない。
なぜ岩波の有弦と名乗る男だけがこのような本能に脅かされ、妻となる愛する女を傷つけるほどに追い詰めてしまうのか、原因はわかっていない。ただ、後継者を残せば自然と落ち着くものだと三代目は考えていたから、音寧に「有弦の子を身籠るまで、この邸から出てはならない」と釘を刺したのだろう。
有弦は三代目が口にしたことを「岩波山の掟」だとつまらなそうに言い捨てていたが、それに反することはできないと申し訳なさそうに音寧に説いた。岩波山の新たな主人に託された呪いにも似た渇望を満たすことで、商売は繁盛し、一族は繁栄する……そのためには花嫁を繋ぎ止め、自分だけのものにしつづけなくてはならないのだと。
そして五代目有弦の花嫁にと選ばれたのが、時宮家のご令嬢――音寧の双子の姉である綾音、だったのだ。ただ、なぜ時宮の姫君が求められたのか、音寧はまだ怖くて聞き出せていない。祝言の場で親族が口にしていた「有弦どのが求めた」という何気ないヒトコトに込められた、音寧ではない綾音の存在を感じてしまったから……
それでも、いま有弦の夫となったのは音寧である。夫である彼が辛そうにしている姿を見るのは居たたまれない。たとえそこに愛がなかったとしても、彼のために何とかしてあげたいと感じてしまうのだ。
「気を落とさないでください。茶農家の養女として育ったわたしですよ? 健康には自信があります。有弦さまの苦しみが晴れるのでしたら、いくらでも抱いてください……なんて、はしたないでしょうか?」
「嗚呼……はしたなくなどないさ、花嫁どの。毎日のように俺に求められても素直に応じてくれる貴女がいてくれるから、俺は狂わないで済んだんだ。この身に宿る劣情をちいさな身体で受け止めてくれる……おとねが恋しいよ」
「んっ」
そう言って降ってくる接吻は、葡萄のような味がする。有弦は今宵も薬酒を飲んでいたのだろう、甘くて切ない口づけを繰り返して、ふたりは貪り合うように舌をのばして絡ませる。
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