24 / 191
第一部 新婚夜想 大正十三年神無月〜大正十四年如月《秋〜初春》
すれ違いの蜜夜 02
しおりを挟む* * *
食後の甘味を遠慮しておいて正解だった、と有弦は嗤う。
西欧で修行をしてきたという料理人が贅を尽くして自分たちのために用意した食事はどれも美味だったが、有弦からするとすこし濃厚だったように感じられた。
舌先で茶葉の産地ひとつひとつを当てる繊細な味覚を求められる有弦にとって、口のなかでほろほろと蕩けた仔牛のデミグラスソースシチューよりも旨味が凝縮された白身魚のバタームニエルの方が好印象だったのだが、会合の場にいた人間たちはこぞって仔牛のシチューを褒めそやしたのである。もし、あの場所へ妻を連れて行ったらと考えると、有弦はなんとも言えない気持ちになる。
――彼らが興味を持ったのは、綾音嬢の双子の妹としての彼女だ。俺の妻としての彼女ではない。
綾音が仔牛のシチューなら、音寧は白身魚のムニエルだな、とふと思ってしまった。
誰からもよく思われた傑の婚約者。その一方、忘れ去られた双子の妹。
表舞台へ死んだ綾音に代わって音寧が岩波山を切り盛りしていくためには、やはり早急に子を為すことが重要だと、三代目も口にしていた。彼女ひとりでは「弱い」から、と。
――時を味方につけるといわれる時宮の姫君だが、家から追い出された彼女に時宮の一族が持つという破魔のちからは期待できない。だが、彼女が持つ血は本物だ。だから資、お前が彼女のちからを引き出すのだ……岩波山の呪詛にも似た強力な愛で。
軍人時代から時宮一族の異常性については耳にしていた有弦……資である。傑が時宮の姫君を花嫁に希った経緯に、彼らが持つ破魔の能力による上書きで初代岩波有弦が遺した呪詛のような掟を上手く封じ込めるのではないかという仮説を聞いたからだ。
傑はその仮説を実証すべく、時宮一族と掛け合い、長女の綾音との婚約を勝ち取った。綾音もまた、傑が次代の有弦となる際に受け継ぐ「業」の深さに気づいていたのだろう、ふたりは意気投合し、瞬く間にお似合いの恋人たちとして世に知れ渡るまでになる。
岩波の家から離れていた資は彼らを羨ましいとは思ったが、自分が有弦になって彼女と添い遂げたいとは考えてもいなかったのだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
67
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる