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第一部 新婚夜想 大正十三年神無月〜大正十四年如月《秋〜初春》
鏡の庭で識った罪 01
しおりを挟む蝋梅の黄色い花があちこちで顔を出しはじめた、如月の半ば。
音寧は珍しく邸を訪ねてきた若き叔母に連れられ、庭園を散策していた。
「邸から外に出てはいけない、というだけで、別に敷地内のお庭でしたら問題ないでしょう?」
金城多嘉子、と名乗った三十代後半の女性は四代目有弦の年の離れた妹で、三代目夫婦が産んだ四人の子どもたちのなかの末っ子にあたる。五代目有弦の襲名と音寧との祝言のときには四人目の子どもを出産したばかりで顔を出せなかった彼女だったが、今日は久しぶりに帝都へ出る用事があったからと乳飲み子を乳母に預けてわざわざ横濱から西ヶ原まで訪ねてきてくれたらしい。
洋館の応接室で彼女と対峙した音寧は、「そんな薄着で過ごしていたら身体を冷やしてしまいますわ!」と開口一番怒られ、多嘉子が産前に銀座で買ったという真っ白なコートを手渡され、慌てて山葡萄色のワンピースの上に羽織ったのであった。どうやらはじめから多嘉子は音寧と庭園で話をしたかったようだ。いくら天気が良いからとはいえまだ外は寒いですお風邪を召してしまいますと制止する執事たちをいなし、音寧を玄関先へ連れ出した彼女はぷりぷり頬を膨らませながらすたすたと歩いていく。
「男たちは何もわかっちゃいないのです。邸に閉じ込めたままにしたところで、そう簡単に鸛が訪れるわけないでしょう?」
紺のロングスカートに柄物のコートをお洒落に着こなす多嘉子は、まるで職業婦人のようにすらりとしていて、産後とは思えない体型をしている。もともと太りにくい体質だとかで、たくさん食べていたにも関わらず栄養がほとんど生まれてきた赤子に取られていたのだという。四人目にして待望の男児が生まれたとかで、横濱にある百貨店の経営にも関わる輸入商のもとへ嫁入りした多嘉子は清々とした表情で音寧に告げる。
「早く後継ぎがほしい、ってのはどこの商家も似たようなものね。わたくしの場合は、そこまで切羽詰まってなかったけど」
「そう、なのですか」
凍てつくような寒さがつづいていた先日までとは異なり、今日は風ひとつない穏やかな冬晴れである。
あちこちで春の兆しが見えはじめたこともあって、太陽に照らされた庭園には音寧たち以外にも使用人がちらほらいて、外で洗濯物を干したり、庭木の手入れをしたりしている。
自分が暮らしている邸の庭に降りたのが初めてだという音寧に呆れながら、多嘉子は慣れた足取りで南に位置する四阿目指して進んでいく。黄色い蝋梅や水仙の花が目立っていたが、足元では薄紫色の蕃紅花が、音寧の背の高さもある垣根には桃色の乙女椿が密集して花を咲かせていた。
そんな乙女椿が鈴なりに咲き乱れている桃色の垣根を越えたところで、音寧は驚いて瞳を瞬かせる。
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