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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
ふたりきりの歓楽街 01
しおりを挟む洋食屋で昼ご飯を食べた音寧たち四人は、上野停車場から東京市電に乗って田原町で降りた後、浅草公園にて二手に別れて行動することになった。綾音が「あたしたちはオペラ館に行って歌劇を観てくるから、姫は資くんに浅草寺の観音様や十二階の展望台の観光名所など案内してもらいなさいな」とあっさり傑の手を取って行ってしまったからだ。てっきり連れていってくれるものだと思っていた音寧は綾音の言葉に唖然として資の顔色を伺うが、彼は事前に話を聞いていたのか平然としている。
「でえとが楽しいからって浮かれすぎないように。あと、いちおう結界内は安全だけど魔物に遭遇する可能性はゼロじゃないから日が暮れるまでには戻るようにして……資くん、姫のことお願いね!」
自分の方が浮かれているのではないかと思える彼女の発言に音寧は忍び笑いをしてしまう。その横で資が真面目な顔で綾音たちに頷いているのだから尚更である。
傑とともに颯爽と雑踏に紛れてしまった綾音を見送った音寧と資は、ふたりで顔を見合わせ……くすりと笑う。
「行くか」
「……はい!」
子どもみたいにくしゃりと笑みを見せる資に手を差し出され、音寧は素直に彼の手を取る。
手を繋いで、向かうはふたりきりの繁華街。
ドキドキする心臓の音は、きっと彼には聞こえない。
賑やかな街のざわめきが、夏の晴れ渡る空の下、絶え間なく響いている。
* * *
「そういえば、あやね、さんが言ってましたけど、上野浅草界隈には江戸時代からの結界があるって」
「そんなたいそうなものでもないが、もともとこの辺りは寺社が多いだろう? 観音様や閻魔様をはじめ数多の神仏が祀られているから、異国から入り込んできた魔は自然と淘汰される浄化作用が起こっているんだ」
浅草公園のひょうたん池を南方向に進んだところで車夫に声をかけられた資と音寧は、人力車に乗って、周辺を観て廻ることにした。
浅草寺の観音様に挨拶をし、五重塔の前を通り、浅草神社や地蔵堂を抜け、劇場が立ち並ぶ浅草六区までぐるりと一周してもらう間、俥のうえのふたりは狭い座席で密着したままである。はじめのうちは人前でくっついているなんて恥ずかしいと顔を真っ赤にしていた音寧だが、資が備え付けのおおきな日傘でふたりの姿が隠れるよう影を作ってくれたことで、渋々くっついている。
ゆっくりと動き出した俥のうえで、おそるおそる声をかけてきた音寧に、資が滔々と説明をする。
「浄化、ですか」
「姫は魔物というと何を想像する?」
「そうですね……鬼とか、悪魔とか?」
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