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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
真夜中に花は散らされる 02
しおりを挟む乳首から口をはなした資は軍服のズボンのポケットから手のひら程度の大きさの陶器を取り出す。それは以前、薬種問屋の征比呂から買うことになった軟膏タイプの媚薬が入っている。カチャリという音を立てながら蓋を開いた彼は、鈴蘭の花の香りがする軟膏をゆっくりと音寧の身体へ塗ったくっていった。
乳房を包みこむようにくらくらするほどの甘い花の香りを塗られたのを皮切りに、勃ちあがったままの乳首と臍にも軟膏を擦り込まれ、スカートのなかから太ももを撫であげたのちに蜜を湛えた花園にもたっぷり、蜜口の入り口から蜜壁まで施され――身体がじわじわと熱くなる。
「ぁあんっ! それ、いやあぁ……っ!」
「俺と姫の初めての夜だ。緊張するから、たくさん塗って、たくさん気持ちよくなるといい。ぜんぶ忘れて俺のことだけ、感じておくれ……」
強引な資の愛撫がここにきてやさしいものへと変わる。けれどもじゃらりという重たい鎖の音で、音寧はハッと我に却る。
このまま交わったら、きっと正気に戻った資さまは後悔する――いまの彼には、何かが憑いている……?
資がさんざん口にしていた“魔”の存在にようやく気づいた音寧は、燻されるように熱くなる身体に抗いながら、瞳を閉じて気配を探る。
幸か不幸か、さんざん絶頂に追いやられたことで、音寧はふだん気づかないソレを捉えることができていた。
――あやねえさまが教えてくださった邪気祓いの祝詞で、資さまから払うのです、おとね。
淫猥な笑みを浮かべる資を前に、心の中で自分を叱咤した音寧は瞳を見開き、彼を見据える。
青みがかった黒い瞳に煌めきを取り戻した音寧は、キッと睨みつけ、資の動きを縫いとめた。
「……な?」
「吐普加美依身多女」
神道の呪いが目の前の存在に通用するかはわからない。
けれど、彼からソレを引き離すことさえできれば。
「祓い給へ 清め給へ 護り給へ 幸はへ給へ……資さまの邪な心につけ込んだ悪しきモノっ、出ていって!」
身体が熱くて苦しいなか、音寧は資に向けて言霊を叫ぶ。
「――わたしの旦那さまっ、目を覚ましてっ!」
その、刹那。
資の口からぽこっ、と黒い霞のようなものが零れ落ちた。
え、と驚く音寧が資を見つめれば、彼は安堵した表情で、こくりと頷き、軍服のポケットから白い手袋を取り出し素早く装着する。
「吐普加美依身多女 祓い給へ 清め給へ 護り給へ 幸はへ給へ 天徳 地恩 清浄 光明 天徳 地恩 清浄 光明……」
するすると祝詞を唱えあげ、逃げ出そうとする黒い霞の方へ手袋を向けパンパン! と柏手打てば、それは呆気なく白手袋のなかに吸い込まれてしまった。
資が手にしていた白い手袋が真っ黒く染まっていた。まるで煤掃除をしているみたいだと場違いなことを思いながら、音寧は目を白黒させる。
「資さ……ま」
手袋を脱ぎ捨てた資は何も言わず、柱に吊るされた音寧の鎖をかちゃりと外し、半裸で貪られていた彼女の身体を自分の手元へ引き寄せ、悔しそうに声を滲ませる。
「姫。俺は……貴女に、何を」
「あぁ……よかった、いつもの、資さま……はぁっ」
「姫?」
「くるしい、の……お薬、塗られて……」
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