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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
囚われた蝶と赤き龍の断末魔 02
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夕立の去った夜の日本橋本町。黄桜屋を破壊した赤き龍は綾音の放った破魔のちからに抗おうとしていたが、その場を包囲した軍人たちの手によって身体を捕縛されていた。本性のままでは言葉を発しない悪魔は特殊な麻縄をかけられた上で、翼を斬りおとされた。
「――呆気ないわね」
口から炎を吐かぬよう猿轡を噛まれた悪魔は綾音を睨みつけるだけでもはや騒ぐこともしない。斬りおとされた翼は払魔によって浄化され、山縣たちが回収していった。真夜子の仇、と恨めしそうに呟いていた将校は赤き龍の爪で腕に軽傷を負ってしまったが、命に別状はない。
綾音は赤き龍を危険な本性から人間に擬した姿に戻そうと試みるが、赤き龍は本性のまま死にたいのか彼女の挑発に乗るそぶりもない。
その様子を黙って見つめていた檜沢がぼそりと呟く。
「俺がやる」
「檜沢」
「千里、貸せ。奴の心を透視する」
そう言うや否や、檜沢の手が尾久の顎を掬い、濃厚な接吻で彼女の唾液を奪っていく。異能持ちである尾久と檜沢は互いの能力を体液の交換で高めあうことができるため、このような行為が行われるのは日常茶飯事のことだ。軍の内部では暗黙の了解となっているが、さすがに人前で堂々と行うのは恥ずかしいのか、尾久はきつく瞳を閉じて彼の腕のなかでじっとしている。
『見せつけおって、帝国の狗どもが』
「なんとでも言え。負け犬が」
檜沢と尾久の姿を見せつけられた赤き龍はうんざりした声で檜沢に告げる。
『まあよい。小生はここで死ぬ。破魔の姫君によって綺麗サッパリな』
「……そうか。それにしては余裕があるな」
『死ぬのはこの身のみ。悪魔の核はそう簡単に潰せまい』
「核、だと……?」
「核ですって?」
檜沢の言葉に重なるように綾音の声が周囲に響く。
帝都を騒がす魔物の多くは破魔のちからによって滅することが可能だが、地獄をはじめとした冥界の穴から来た強大な魔物や異国から渡ってきた魔物のなかには、本性とは異なる別の核を壊さない限り蘇る者が存在する。悪魔はその、核を有しているから自分は何度でも生まれ変われるのだと勝ち誇った声をあげる。
『あの姫君の胸に刻んだ蝶が羽ばたく時、帝都は地獄の底と化す』
「どういうことだ」
『彼女の胸にも核を埋め込んだのだよ。小生が一度死んでも、蘇れるように』
「姫の胸に……悪魔の核だと?」
『蝶は差核にすぎぬ。だが、精を与えられるごとに蝶の刻印は薄れ、魔力を蓄え冥界に潜ませた核へと送り込む。その魔力を浴びた核が、新たな赤き龍を死者の子壺から産み落とす……』
どこかうっとりした声音の悪魔に、檜沢が愕然とする。
猟奇的に犯されて殺された四人の令嬢のなかで、唯一、死後に子宮を引きずり出された被害者を檜沢は知っている。その理由が、次代の悪魔を孕ませるためだったとは……
「お前……本体に当たる核を真夜子嬢の子宮に遺したのか!?」
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