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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
囚われた蝶と赤き龍の断末魔 03
しおりを挟む『ああ。すでに次の本性を産み落とす器は地獄の花嫁が用意している。軍を裏切った女にぴったりの演出だろう?』
「……それじゃあ、核をいますぐ滅することはできないんだな?」
『あの姫君を殺したところで意味はないよ。どうせ冥界で他の魔物に襲われて精を浴び、それが真夜子の子壺に流れてくるだけだ。活性化する時期を考えれば、一月も経たぬうちに小生は帝都に復活するだろう。今回の討伐はそのはじまりにすぎぬ』
「畜生!」
毒づく檜沢を横目に、綾音は涼しい顔をしている。自分の同胞が悪魔の苗床にされ、縁戚の姫君と資が睦みあうことでその悪魔に魔力を供給してしまうというのに、なぜ彼女はそこまですっきりした顔をしているのだろう?
その様子に悪魔も気づいたのか、「彼女はなぜ絶望しない?」と檜沢に戸惑いの視線を送る。
「――ぺえらぺらぺらぺらぺらぺらと、よくもまあ饒舌に語らったわね。それで、言いたいことはもうおしまい?」
どこか面倒くさそうに、綾音が柏手を打ち始める。彼女が手のひらをパチ、と小気味良く叩いた瞬間、鋭い風が赤き龍の鼻をスパンと斬った。赤黒い瘴気を帯びた血を頬に浴びた綾音は、痛がりもしない悪魔にフンと鼻を鳴らす。
唖然とする軍の人間たちと悪魔を前に、綾音だけが臨戦態勢を崩さない。
「綾音嬢!?」
「要するに地獄の底から蘇ってきた赤き龍を核ごとやっつければいいだけのことでしょう? 安心なさい、あたしの可愛い双子の妹が教えてくれたわ」
未来から時空を越えて、時を翔るちからで綾音のもとへ舞い降りてきた半分の女神。彼女が教えてくれた大正十三年の晩秋の帝都に赤き龍の姿はなかった。このことから、綾音は赤き龍に勝利した未来を確信している……油断はまだ、できないけれど。
自分に譲ってくれた破魔のちからを返したい綾音のために、歴史をすこしだけ変えに来た未来の有弦の花嫁が未だに持っている切り札――それを、今度はあたしが利用させてもらう番だ。
『双子の妹?』
「そう。彼女はあたしよりも強大な破魔のちからを発揮することができるの……冥穴を塞ぐことだって、ね」
彼女が資と出逢いなおして、初恋をやり直す姿を見守ってきた綾音は、ふたりに岩波山を託して傑と新たな人生を過ごそうと心に決めた。
悪魔が蘇る日、それは来る長月朔日に違いない。
時を翔けてきた音寧が生きる未来の綾音は、震災に巻き込まれて傑と死んだとされているが、きっと赤き龍と共倒れした結果だろう。悪魔の蘇りを阻止するため、命を賭して冥界の穴を塞いだことで、帝都から魔の気配を遮断したのだ。
音寧が知らせてくれた傑と自分の死の原因とされた震災もそのときの副産物にすぎない。魔を封じ込めたことで、いきなり清められた土地が暴走した……のかもしれない。ここに生きる綾音はその未来を知らないから、なんとも言えないけれど。
だから音寧は何も知らないまま、資のもとへお嫁に来た……彼の身に岩波山の祝福にも似た呪詛が受け継がれたことも知らずに。
すべては綾音と音寧が胎のうちで、破魔の異能を交換して、時空の歪みを生み出してしまったことが原因だ。
『なに』
「いくら蘇ろうとしたところで無駄ってこと。黙ってあたしに殺されなさい」
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