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Ⅲ 月下美人と皮肉な再会
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しおりを挟むエーヴァは堰が切れたように今までの出来事を訴えていた。
母親が外国から駆け落ち同然でヴェネツィアに来て自分を産んだこと、市民権を持つ父とちいさな店で織物を売って細々と暮らしていたこと、幸せな日々は流行病であっさり終焉を迎えたこと……
エーヴァの言葉を嘲ることも、遮ることもなく、老紳士は耳に止めていた。その隣でディアーナは瞳を潤ませてじっとしている。同情されたくて身の上話をしたわけじゃないのに、と思いながらも、生きるすべを見失っていたエーヴァは惨めな気持ちを隠すことなく、心のなかに溜まっていたものを吐き出していた。
同じような境遇の子どもなど、掃いて捨てるほどいるだろう。父親が市民権を持っていたことで奴隷に落ちずにすんだ自分など、まだマシなのだ。
それでも、誰からも受け入れられず、ひとりで生きなくてはいけないとなると、辛い。苦しい。淋しい。
「言いたいことは、それだけか?」
トンマーゾは憂鬱にさせるであろう鉛色の双眸から目をそらすことなく、孫娘と同じ色彩の瞳を向けて、話を聞いた。エーヴァがこくりと頷くと、彼もまたふむ、と頷く。
「ディアーナよ。この器量良しの銀の瞳のお嬢さんをお前の侍女にするがよい」
「ほんとう? やったぁ!」
声を弾ませるディアーナが、エーヴァの手をとり、ぶんぶんと腕を振る。
「その瞳の色、珍しくてとっても素敵ね! おじいちゃまの言うとおり、銀色に煌めいていて神秘的!」
「銀、色……?」
「うん!」
初めてだった。両親ですら重苦しい鉛みたいな色の瞳だと残念がっていたのに。
自分の瞳を銀色だと、そう言ってくれるひとたちがいるなんて。
「あたい、ディアーナ・モチェニーゴ。もうすぐむっつになるの!」
さらりと名乗られ、エーヴァは硬直する。
「え。モチェニーゴ家の末孫姫と同じ名前じゃ……!」
「同じも何も、あたいのことだよ。おじいちゃまはヴェネツィアのドージェ様なの」
どうりで、役人が気まずそうに姿を消していたはずだ。トンマーゾはディアーナの舌足らずな言葉に満足そうに頷き、エーヴァに問う。
「ご覧のとおり、儂が甘えさせておるからかディアーナは変わっておる。気に入った人間しか傍に置かないし、必要ないと判断すればすぐクビを飛ばす。幸か不幸か、お主はこのわがまま姫に選ばれたのだ」
ディアーナは祖父の前で「わがまま姫とは何よ」とぷりぷり文句を言っているが、彼は真摯な瞳でエーヴァを見続けている。断ることはできぬと権力者の圧力を乗せて。
トンマーゾの重圧に耐えながら、エーヴァは決意し、その場に跪く。
「――ありがたき幸せにござい、ます!」
もはや、エーヴァに選択肢はなかった。
こうしてエーヴァは前元首のトンマーゾ・モチェニーゴとその末孫姫、ディアーナに連れられて、新たな生活をはじめることとなったのである――……
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