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Ⅸ 月下美人は商人の花嫁
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「その髪、染めているんでしょう?」
「えっと、なんのことでしょうか」
黒髪のリリはイデアの唐突な問いかけにきょとんとした表情で応える。
コンスタンティノープルに入る前に寄港したテッサロニキで拾った彼女のことを、イデアは疑っていた。無理矢理結婚させられそうになったからこの土地から逃げ出したいとエーヴァに助けを求めたリリ。彼女が何者かわからないままエーヴァは彼女を同行者として認め、エーヴァに甘いダヴィデもまた彼女の同行を許すことにしてしまった。
テッサロニキはもともと東ローマ帝国領で、コンスタンティノープルに次ぐおおきな町として知られている。だが、オスマン帝国がコンスタンティノープルを包囲したのと同様にテッサロニキも現在、オスマン軍によって封鎖されている。コンスタンティノープルと異なるのは、現時点でヴェネツィア共和国が支配下に置いており、テッサロニキ自体を独立国家のように扱っているところだろう。オスマン軍はヴェネツィアを牽制する形でテッサロニキを、東ローマ帝国が守るコンスタンティノープルを包囲するように追い詰めているものの、すぐさま戦に入ることもなく、年月だけが経過している。
祖父が自死を選んだティモール朝との戦いで失った土地を回復するため、スルタンは東方を優先したかったのだろう。だが、戦う余力のない東ローマやヴェネツィアを刺激しないために弄した策を前に、イデアは複雑な表情を浮かべる。
その横顔を凝視していたリリは、もしかしたら気づいていたのかもしれない。イデアがオスマンの人間だということに。
「……染めている、ってわかっちゃいますかね?」
「ダヴィデとエーヴァちゃんは気づいていないみたいだけど、まだらな部分があるよ」
イデアが指摘すれば、リリは苦笑を浮かべ、渋々頷く。
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