メンヘラ転生ヒロインは監禁されるくらいがちょうどいい

ささゆき細雪

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 ハーマリアが見る夢はきまって黒髪の少女が背の高い男性を追いかけ回す夢だ。
 少女の名前は「ナルミ」、男性の名前は「キオ」。
 ナルミは、トキオレナークにある貴族の子女が通うような学園、「タンダイ」に通っている。
 キオは「ダイガク」ではないが「センモン」と呼ばれる機関に通っているようだった。

 ふたりは馬車よりもごつい移動装置「デンシャ」のなかで出逢い、恋人同士になった。
 告白したのはナルミの方だ。ハーマリアは女性の方が男性をリードする姿を物珍しそうに見つめていた。
 ハーマリアの姿は向こうには見えないらしい。彼女は嬉しそうにキオとの距離を縮めていくが、彼はちょっとだけ退いているようだった。それもそうだ、ことあるごとに彼女は「結婚」をほのめかし、自傷行為を繰り返していたのだから。
 なぜナルミがこうも焦っていたのか、ハーマリアは知っている。

 そうか――あれは、前世のわたしなのね。

 播磨家の一人娘として大切に育てられた鳴海には、生まれた頃から定められた婚約者がいた。その相手は自分の親よりも年上の男である。甘やかされて育った鳴海がいくらイヤだと反発しても、それだけは破棄できないのだと諭されていた。
 女子短大を卒業したらその男のもとに嫁がされることになっていた鳴海は、別の男と既成事実、あわよくば子どもをつくれば逃れられるのではないかととんでもないことを思いつき、男を物色しはじめる。分の悪い賭けだが、精神的に追い詰められていた鳴海は老人の妻になるよりぜんぜんマシだと考えていた。
 そこで目に留まったのが、専門学校生の騎生だ。毎朝同じ電車に乗っている、背が高くて整った顔立ちをしている男。直感した。彼が自分を救ってくれるはず、と。

 ――じゃあ、キオがルイスホレイスなの?

 ハーマリアが瞬きすると、場面が切り替わる。
 くるくるまわる観覧車に、メリーゴーランド、猛スピードで降りていくジェットコースター……
 オレンジ色のカボチャやおばけの装飾があちこちに見られるそこは、遊園地。
 鳴海と騎生はさまざまな乗り物に乗って、デートを楽しんでいる。その姿はどこにでもいるような恋人同士。
 けれど鳴海はキャラメル色のコートを脱ぎたがらない。不審がる騎生だったが、彼女は終始コートを羽織ったままだった。
 恋人同士になってから一ヶ月が経過していた。鳴海は騎生に依存していた。けれど騎生は鳴海からの束縛を喜んでいるきらいがあった。
 鳴海は両親の前で彼の存在を隠していたが、デートの前日に浮かれすぎたからか、羽目をはずすのはほどほどにしろと釘を刺されたらしい。苛立ちのあまりカッターナイフでザクザク手首を切って、部屋の床を血まみれにしてしまった。
 世間体を大事にする両親は娘を精神科に連れていくなどとんでもないと言って、自傷行為を咎めるだけだった。自分で通院したこともあったが費用を捻出できず、けっきょく通うのをやめてしまった。こんなポンコツな箱入りお嬢様を嫁に欲しがるなんて婚約者もどうかしてるとハーマリアは苛立つが、ハーマリアが鳴海の婚約者の姿を見ることは叶わなかった。
 なぜなら鳴海はハロウィンの夜に不慮の事故で死んでしまったから。デートの最中、とつぜん降り始めた大雨を回避するため騎生が安全な場所まで連れていこうとした矢先に。

 ――結婚してくれなきゃ、死んじゃいます……!

 ハロウィンと呼ばれる行事が繰り拡げられる遊園地で、鳴海はコートを脱ぎ捨てて黒いベビィドールの姿になっていた。
 両親の庇護下から抜けるには結婚するのが手っ取り早い、そのためには騎生と既成事実をつくってしまえばいい。そうなれば色仕掛けだ。店頭でハロウィンにぴったりな黒い下着に一目惚れした鳴海は小悪魔のコスプレに挑む。恥ずかしいからコートは着たままで。
 子どもができたとなれば婚約破棄だって簡単にできるはず、と鳴海は冷たい雨が降りだすなか、黒い下着姿で騎生に迫ろうとしていた。なのに彼の姿が忽然と消えている……?
 雷鳴に気づいた騎生は彼女をこのままにしておけないと避難場所まで荷物を置きに走っただけなのに。
 自分から逃げたのだと鳴海は誤解し、彼を追いかけるべく走り出した瞬間、足を滑らせ固いコンクリートの壁にあたまを打ち付け、て――……
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