最終バスで、初恋のお兄ちゃんに求婚したら

ささゆき細雪

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「懐中電灯だけじゃないぞ。非常食に飲料水、事故で動けなくなった時の予備電源に救急箱、防寒具にもなる寝袋に毛布。一晩二晩くらいなら問題ない」
「なんだか昔を思い出すね」
「お盆の肝試し大会のこと?」
「お兄ちゃんだけ懐中電灯持参しててお化け役の大人を逆に驚かせていたじゃない」

 こんな風に、とあたしが懐中電灯を顎に乗せればお兄ちゃんもクスクス笑う。

「あったねえ。モネちゃんも『いっき兄ちゃんがお化けになっちゃったぁ~!』ってギャン泣きしたっけ」
「泣いてないもん」
「いんや、泣いてた。だからお化けじゃないよって抱きしめてよしよししてあげたじゃないか。お化けは透明で冷たいからモネちゃんをぎゅーできないんだよって」
「恥ずかしいこと思い出させないでよぉ!」

 二十年近く前の話だ。まだ自然公園が整備される前で、黒戸のじいさんが生きてて、この山を切り売りする前のこと。当時五歳だったあたしは十歳のいっきお兄ちゃんを追いかけまわしては困らせていたものだ。近所の子どもたちのなかではいちばん年下だったあたしの面倒をいちばんみてくれたのも隣に住んでいたお兄ちゃんだったけど。
 あたしが思い出しているのと同じように、お兄ちゃんも感慨深そうに「んだんだ」と頷いている。

「あの頃のモネちゃんは可愛かったなぁ」
「悪かったわねいまのあたしは可愛くなくて」

 それだから同棲中の彼氏に裏切られて終バスに乗って寝過ごしてこんなことになってるんです、とふて腐れた表情でお兄ちゃんを見れば、制服姿のお兄ちゃんが慌てて言い返す。

「いまだって充分可愛いよ。だから放っておけないんじゃないか」
「ほんとう?」
「こうして再会できるとは思わなかったなぁ……桧林の家、いま誰も住んでないし」
「おばさんに聞いたの? そうだよ」

 あたしの実家は三年前から誰も住んでいない。五年前に父が亡くなってから母が施設に入ったからだ。あたしが高校を卒業してから大学の寮で生活していたこともあり、もともと身体の弱い母は入退院を繰り返した後、施設に入ることを選んだのである。将来的には売るかもしれない家の持ち主は母のままだが、いまはお隣の黒戸さんが定期的に部屋の空気を入れ替えたり草むしりの業者を入れたりしてくれている。無人とはいえそれほど荒れていないのはお兄ちゃんのお母さんのおかげだ。休みの日に実家に行くと、黒戸のおばさんに挨拶するのが当たり前なのだが、あたしが気にかけていたお兄ちゃんの行方は教えてくれなかった。上京して就職してそれっきりみたいなことは言っていたけれど……。

「お兄ちゃんこそなんでバスの運転手なんてしてるの」
「おふくろから聞いてない? 親父のこと」
「聞いてないよ、前に実家戻ったのお正月だったから」
「そっかー、じゃあ知らないのも仕方ないわな。春に脳梗塞で倒れちゃったんだよ」
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