1 / 7
※ side of Yomeiri ※ 1
しおりを挟むはじめてのキスは中学二年生の秋だ。
本人はキスではないと言い張るが、それ以来俺は何度か口唇を重ねては、自分とは違う柔らかな感触を甘いソフトキャンディのように味わって、彼女に「お前は俺のもので、俺はお前が大切だから、お前も自分のことを大切にしろ」とことあるごとに言い聞かせていた。
あれから六年。彼女は初めて出逢ったとき以上に瑞々しく美しく成長し、いまでも俺は彼女と関わる都度、恋に堕ちる。唇以外の場所だって欲しいとずっと思っていた。
だけど彼女が大切すぎて、傷つけるのが怖くて、俺は未だに手が出せずにいる。
ずっと一緒にいるからと誓ってくれたその言葉に甘えていたのも事実だ。だから。
俺はこの状況に目を疑っている。
「大義名分は立ったぞ。さぁ、僕を奪いたまえ!」
入る予定などなかったラブホテルの一室で。
俺――嫁入駿河は、大切にしていた彼女、大塚野原に、なぜか襲われそうになっている……
* * *
大塚野原。どっちも苗字に見えるが、「のはら」が名前の彼女は俺と同い年の女子大生だ。
中高一貫の私立学校で六年間一緒に過ごした腐れ縁で、俺の大切な女性でもある。美人薄命を素でいくような透き通った白い肌と艶やかな長い黒髪、ミステリアスな烏の濡れ羽色した凛とした一重の瞳と、ほんのり紫がかった血の気のない唇。小柄でふれただけで折れてしまいそうな華奢な外見とは裏腹に、わけあって幼少期をハードモードで過ごしたこともあり、芯は強く逞しい。
――そうでなければスニーカーを入り口で脱いですぐさまダブルベッドの前を陣取り、仁王立ちしていきなりストリップなどはじめるわけがない。
「の、野原っ、何を……っ」
「お互いに想いあっているにも関わらず、君が煮えきらない態度を取り続けるから僕は思い余って君に襲ってもらうよう一計を案じたのだよ」
「い、一計とな?」
しかも俺が襲うのは確定事項なのか。いやいやいや、ここではいそうですかと素直に頷けるわけないだろうが。俺は野原のことが大切で大切だから大切すぎてキスだけでこの七年間我慢し続けていたんだぞ。だというのにその張本人が「奪え!」と迫ってくるのはおかしくないか?
困惑する俺をよそに、野原は着ていた服を潔く脱ぎ捨てていく。まるで温泉旅行に来た子どもみたいだ。ベージュピンクのカーディガンにビジューレースのついたオフホワイトのブラウスとキャミソール……そしてカーディガンの色味に合わせたのであろうピンクグレイの襞つきフレアスカートをすとんと床に落とせば、薄手の黒ストッキング越しに現れたのは場違いなダークレッドのブラジャーにショーツのセット。てっきりパステルカラーで清楚にまとめたとばかり思ったのにここにきて深紅だと!? 何を考えているんだはしたない!
「あれ? もっと喜んでくれると思ったのに、反応が薄いね……嫁入くん、赤よりも黒レースの下着の方が良かった?」
「どっちも……」
「そうだよね、どうせぜんぶ脱いじゃうから下着の色なんか気にしないよねっ」
どっちもよくない、と言い返そうとした俺を遮って、彼女はあっけらかんと胸の谷間を見せつける。くっ……七年の年月のあいだに、それなりに成長をした恋しい少女の膨らみは毒だ。そのまま剥ぎ取って揉みしだいて舐めまわして堪能したいと思わないオトコなどオトコではない。だからといって素直に抱くかは別問題だが。
ふふっ、と妖艶な笑みを浮かべて自らブラジャーのホックを外そうとする彼女だったが、ここにきて緊張しだしたのか、さきほどまでの余裕綽々の表情が硬くなっている。
はじめての馴れない下着姿と俺の反応で今になって羞恥心が生まれたのだろう。今ごろ恥じらったところで手遅れだが。
思わず笑いが込み上げてくる。
「なっ……なにがおかしい」
「あーあ、強がっちゃって。可愛い」
結局お互いハジメテ同士なのだから、強がる必要などないというのに。
それに、ここまで彼女がお膳立てしてくれたのだ、すべてを彼女に委ねて童貞を捧げるなど、俺の矜持が許さない。
「そこまで言うなら、覚悟はできているってことだよな?」
「お、おぅ」
黒ストッキングに深紅の下着姿のまま、ベッドの前で途方にくれている扇情的な恋しいひとの姿を見て、俺はにやりとほくそ笑む。
野原の精一杯の誘惑もあって、すでに下半身はずしりと重たくなっている。このままお望みどおり奪ってやりたいところだが、彼女の思い通りにことが進むのもなんだか癪だ。
それに。
「――ほんとうに、身体はもう、大丈夫なんだろうな?」
……まだ、俺は不安だった。
いくら本人がもう大丈夫だ、だから抱いてくれと迫ってきたところで。素直に抱けないほんとうの理由がここにある。
彼女の身体が悲鳴をあげないか、俺との行為に耐えられるのか、負担をかけて寿命を縮めてしまうのではないか。
医大生の俺は、下手に知識があるから余計に手を出せないでいたのだ。
「うん。僕は、なるべく若いうちに嫁入と……駿河と子作りがしたい!」
だというのに野原は。
こういうときに限って苗字ではなく俺の下の名前を使う。
「君は僕をなんだと思っているんだ。根治手術によって、医師からは完治したとお墨付きをもらっているんだぞ? だというのにまだ僕を壊れ物のように扱うのか? たしかに常人と比べれば多少は疲れやすいとか、体力面でのハンデは残っているだろうけど、これも若いうちならカバーできるって……」
「それでいきなり子作りに飛躍するわけか……バカだなぁ」
懸命に説明する野原が愛しい。
俺は彼女の華奢な身体に腕を伸ばし、むきだしの肩を抱く。びくっ、と反応する彼女を見て、ああやっぱり強がっていたんだなと悟り、しずかにキスを落とす。唇以外の場所にキスをするのははじめてだから、柄にもなく緊張してしまった。
野原もそんな俺の行動に驚いたのか、頬を赤らめながら瞳を潤ませている。
「嫁入……何を」
「この程度で驚くことはないだろう? これからもっと大変なことをするつもりなら――……」
その言葉は、彼女の甘い唇によって吸いとられてしまった。
唇を重ねながら、俺はゆっくりと彼女の身体をベッドの上へ押し倒す。
「――ん。もう、驚かないぞ」
唇をはなしたとたん、上目遣いで宣言した野原を見て、俺もようやく覚悟を決める。
「つらかったら、ちゃんと教えろよ? なるべく痛くしないように……頑張るから」
童貞の癖に頑張るって何をだ、俺。七年間想いつづけている彼女とのハジメテを前に緊張しているのがバレバレではないか。
けれども野原は、そんな俺の言葉にも嬉しそうに頷いてくれた。
「しんじてる」
真っ白な布団の上に横たえた黒ストッキングに深紅の下着姿の彼女はとても映えていて、一幅の絵のようだ。
誰にも見せたくない恋しい女性の姿を目に焼き付けながら、俺は彼女の背中にあるブラジャーのホックを外す。
ふるん、とまろびでてきたふたつのふくらみの先端は、ふれられていたわけでもないのに、すでに期待していたかのように勃ちあがっていた。そして、左胸の、心臓の上には、彼女が戦った証が残っている。
俺はその、心臓の手術痕に、そっとキスをする――……
0
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
幼馴染みのアイツとようやく○○○をした、僕と私の夏の話
こうしき
恋愛
クールなツンツン女子のあかねと真面目な眼鏡男子の亮汰は幼馴染み。
両思いにも関わらず、お互い片想いだと思い込んでいた二人が初めて互いの気持ちを知った、ある夏の日。
戸惑いながらも初めてその身を重ねた二人は夢中で何度も愛し合う。何度も、何度も、何度も──
※ムーンライトにも掲載しています
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。
まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。
今日は同期飲み会だった。
後輩のミスで行けたのは本当に最後。
飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。
彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。
きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。
けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。
でも、あれから変わった私なら……。
******
2021/05/29 公開
******
表紙 いもこは妹pixivID:11163077
冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い
森本イチカ
恋愛
妹じゃなくて、女として見て欲しい。
14歳年下の凛子は幼馴染の優にずっと片想いしていた。
やっと社会人になり、社長である優と少しでも近づけたと思っていた矢先、優がお見合いをしている事を知る凛子。
女としてみて欲しくて迫るが拒まれてーー
★短編ですが長編に変更可能です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる