正しいアヤマチのおかし方

ささゆき細雪

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※ side of Yomeiri ※ 1

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 はじめてのキスは中学二年生の秋だ。
 本人はキスではないと言い張るが、それ以来俺は何度か口唇を重ねては、自分とは違う柔らかな感触を甘いソフトキャンディのように味わって、彼女に「お前は俺のもので、俺はお前が大切だから、お前も自分のことを大切にしろ」とことあるごとに言い聞かせていた。
 あれから六年。彼女は初めて出逢ったとき以上に瑞々しく美しく成長し、いまでも俺は彼女と関わる都度、恋に堕ちる。唇以外の場所だって欲しいとずっと思っていた。
 だけど彼女が大切すぎて、傷つけるのが怖くて、俺は未だに手が出せずにいる。
 ずっと一緒にいるからと誓ってくれたその言葉に甘えていたのも事実だ。だから。
 俺はこの状況に目を疑っている。


「大義名分は立ったぞ。さぁ、僕を奪いたまえ!」


 入る予定などなかったラブホテルの一室で。
 俺――嫁入駿河よめいりするがは、大切にしていた彼女、大塚野原おおつかのはらに、なぜか襲われそうになっている……


     * * *


 大塚野原。どっちも苗字に見えるが、「のはら」が名前の彼女は俺と同い年の女子大生だ。
 中高一貫の私立学校で六年間一緒に過ごした腐れ縁で、俺の大切な女性でもある。美人薄命を素でいくような透き通った白い肌と艶やかな長い黒髪、ミステリアスな烏の濡れ羽色した凛とした一重の瞳と、ほんのり紫がかった血の気のない唇。小柄でふれただけで折れてしまいそうな華奢な外見とは裏腹に、わけあって幼少期をハードモードで過ごしたこともあり、芯は強く逞しい。

 ――そうでなければスニーカーを入り口で脱いですぐさまダブルベッドの前を陣取り、仁王立ちしていきなりストリップなどはじめるわけがない。

「の、野原っ、何を……っ」
「お互いに想いあっているにも関わらず、君が煮えきらない態度を取り続けるから僕は思い余って君に襲ってもらうよう一計を案じたのだよ」
「い、一計とな?」

 しかも俺が襲うのは確定事項なのか。いやいやいや、ここではいそうですかと素直に頷けるわけないだろうが。俺は野原のことが大切で大切だから大切すぎてキスだけでこの七年間我慢し続けていたんだぞ。だというのにその張本人が「奪え!」と迫ってくるのはおかしくないか?

 困惑する俺をよそに、野原は着ていた服を潔く脱ぎ捨てていく。まるで温泉旅行に来た子どもみたいだ。ベージュピンクのカーディガンにビジューレースのついたオフホワイトのブラウスとキャミソール……そしてカーディガンの色味に合わせたのであろうピンクグレイの襞つきフレアスカートをすとんと床に落とせば、薄手の黒ストッキング越しに現れたのは場違いなダークレッドのブラジャーにショーツのセット。てっきりパステルカラーで清楚にまとめたとばかり思ったのにここにきて深紅だと!? 何を考えているんだはしたない!

「あれ? もっと喜んでくれると思ったのに、反応が薄いね……嫁入くん、赤よりも黒レースの下着の方が良かった?」
「どっちも……」
「そうだよね、どうせぜんぶ脱いじゃうから下着の色なんか気にしないよねっ」

 どっちもよくない、と言い返そうとした俺を遮って、彼女はあっけらかんと胸の谷間を見せつける。くっ……七年の年月のあいだに、それなりに成長をした恋しい少女の膨らみは毒だ。そのまま剥ぎ取って揉みしだいて舐めまわして堪能したいと思わないオトコなどオトコではない。だからといって素直に抱くかは別問題だが。
 ふふっ、と妖艶な笑みを浮かべて自らブラジャーのホックを外そうとする彼女だったが、ここにきて緊張しだしたのか、さきほどまでの余裕綽々の表情が硬くなっている。
 はじめての馴れない下着姿と俺の反応で今になって羞恥心が生まれたのだろう。今ごろ恥じらったところで手遅れだが。
 思わず笑いが込み上げてくる。

「なっ……なにがおかしい」
「あーあ、強がっちゃって。可愛い」

 結局お互いハジメテ同士なのだから、強がる必要などないというのに。
 それに、ここまで彼女がお膳立てしてくれたのだ、すべてを彼女に委ねて童貞を捧げるなど、俺の矜持が許さない。

「そこまで言うなら、覚悟はできているってことだよな?」
「お、おぅ」

 黒ストッキングに深紅の下着姿のまま、ベッドの前で途方にくれている扇情的な恋しいひとの姿を見て、俺はにやりとほくそ笑む。
 野原の精一杯の誘惑もあって、すでに下半身はずしりと重たくなっている。このままお望みどおり奪ってやりたいところだが、彼女の思い通りにことが進むのもなんだか癪だ。
 それに。


「――ほんとうに、身体はもう、大丈夫なんだろうな?」

 
 ……まだ、俺は不安だった。
 いくら本人がもう大丈夫だ、だから抱いてくれと迫ってきたところで。素直に抱けないほんとうの理由がここにある。
 彼女の身体が悲鳴をあげないか、俺との行為に耐えられるのか、負担をかけて寿命を縮めてしまうのではないか。
 医大生の俺は、下手に知識があるから余計に手を出せないでいたのだ。

 
「うん。僕は、なるべく若いうちに嫁入と……駿河と子作りがしたい!」


 だというのに野原は。
 こういうときに限って苗字ではなく俺の下の名前を使う。

「君は僕をなんだと思っているんだ。根治手術によって、医師からは完治したとお墨付きをもらっているんだぞ? だというのにまだ僕を壊れ物のように扱うのか? たしかに常人と比べれば多少は疲れやすいとか、体力面でのハンデは残っているだろうけど、これも若いうちならカバーできるって……」
「それでいきなり子作りに飛躍するわけか……バカだなぁ」

 懸命に説明する野原が愛しい。
 俺は彼女の華奢な身体に腕を伸ばし、むきだしの肩を抱く。びくっ、と反応する彼女を見て、ああやっぱり強がっていたんだなと悟り、しずかにキスを落とす。唇以外の場所にキスをするのははじめてだから、柄にもなく緊張してしまった。
 野原もそんな俺の行動に驚いたのか、頬を赤らめながら瞳を潤ませている。
 
「嫁入……何を」
「この程度で驚くことはないだろう? これからもっと大変なことをするつもりなら――……」

 その言葉は、彼女の甘い唇によって吸いとられてしまった。
 唇を重ねながら、俺はゆっくりと彼女の身体をベッドの上へ押し倒す。
 
「――ん。もう、驚かないぞ」

 唇をはなしたとたん、上目遣いで宣言した野原を見て、俺もようやく覚悟を決める。

「つらかったら、ちゃんと教えろよ? なるべく痛くしないように……頑張るから」

 童貞の癖に頑張るって何をだ、俺。七年間想いつづけている彼女とのハジメテを前に緊張しているのがバレバレではないか。
 けれども野原は、そんな俺の言葉にも嬉しそうに頷いてくれた。

「しんじてる」
 
 真っ白な布団の上に横たえた黒ストッキングに深紅の下着姿の彼女はとても映えていて、一幅の絵のようだ。
 誰にも見せたくない恋しい女性の姿を目に焼き付けながら、俺は彼女の背中にあるブラジャーのホックを外す。
 ふるん、とまろびでてきたふたつのふくらみの先端は、ふれられていたわけでもないのに、すでに期待していたかのように勃ちあがっていた。そして、左胸の、心臓の上には、彼女が戦った証が残っている。
 俺はその、心臓の手術痕に、そっとキスをする――……
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