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* * *
「ゃだぁ、ぬるぬるする」
「シャワーで洗ってるだけなのにいやらしいこと言うな」
また襲うぞ、という嫁入の甘い声が水音とともに内耳に届く。
彼とのセックスの結果、意識を失って数刻。時間を確認すれば夜の九時で、既にホテルの窓の向こうは真っ暗になっていた。
慌てる僕を見て「お前が寝ている間に延長手続きしといたから」とちゃっかり応える嫁入。それを聞いてホッとしたからか、ぐぅとお腹が鳴ってしまった。「ピザ頼んでおいたぞ」という彼の言葉通り、ベッドサイドのテーブルに食べかけのマルガリータピザが入った箱が置いてある。僕が眠っている間に黙々と食べていたらしい。どおりで目覚めのキスがトマトの味だったわけだ。
裸にガウン姿のまま、ありがたくピザを食べて、僕たちはお風呂に入った。
「だって、嫁入また勃ってきてる」
「だまってくれ……その口塞ぐぞ?」
初めてのラブホテルのバスルームは白と灰色が基調のシックな色使いだった。大理石でできたお風呂には嫁入が準備したのであろうクリームイエローのお湯がなみなみと注がれていて、ほのかに南国のフルーツのような香りがしている。
その横で僕たちは身体を洗いっこしている。時間を気にしなくていいという彼の言葉どおり、僕たちはお互いの身体を丹念に洗い合った。互いの体つきが異なることを改めて自覚し、一対のおとことおんなになったことを目と手と口で確認しあった。
さすがに四度目のセックスは致さなかったけれど、ふだん自分でもなかなか洗わない秘処を恋人に献身的に清められてしまうこのプレイにゾクゾクしなかったといえば嘘になる。
「……ね」
「なんだよ」
「大丈夫だったでしょ?」
「……ああ」
洗いっこを終えて、ちゃぷんとお湯につかって。
ふたりで身体を寄せ合って、軽くキスして。
僕は笑う。
「嫁入は心配しすぎなんだよ。そこが良いところでもあるけど」
「そうか?」
「七年も律儀にキスだけ、って。僕だって我慢できなくなっていたんだぞ。三年前にも完治したから大丈夫だって遠まわしに言ったのに」
「言ったか?」
僕が頷けば、彼もまたちくしょうと苦笑する。
「ほんとうなら、俺の方から誘うべきだったんだろうな……ちょっと情けないな」
「ううん。こうして正しくアヤマチを冒せたから僕は満足しているよ」
「アヤマチねぇ」
恋人同士と口先では言い合いながら、いままで友達以上の腐れ縁のようなぬるま湯の関係に甘んじていた僕と嫁入。どこかで一歩を踏み出さない限り、これ以上の関係を望めないと焦っていた僕はアヤマチと称して彼をラブホテルへ連れ込んだ。杜撰な計画にしては、うまくいったように思う。まさか彼が延長の手続きまで取るとは考えもしなかったけれど。
「――それだけ望まれていたとなると、期待に応えなくちゃいけないなぁ」
「ひゃっ!」
ぱしゃ、と湯のなかから立ち上がった嫁入はおもむろに僕を抱き上げ、バスルームから飛び出していく。
まだ身体を拭いてもいないのに、と焦る僕を無視して鏡天井のベッドルームへ戻った嫁入は、ぽたぽたお湯を滴らせながらもつれ込むようにベッドに乗る。お風呂に入ってほのかに赤らんでいた裸体が鏡に映る。その様子を満足そうに見て、彼は勝ち誇ったように笑う。
「一夜のアヤマチで終わらせるわけないだろ? 夜はまだつづく。ゆっくりじっくり何度でも愛してやるから、野原」
「は……んっ」
「もっと、犯させろ」
お湯なのか愛液なのかわからないけれど、嫁入の指先がふたたび僕の蜜口に入って、くちゅくちゅと音を立てはじめる。僕の身体を気遣いながら、僕が彼の分身を欲しがるように。
冒険するという意味合いでの「冒す」を強姦するという意味合いでの「犯す」に捉えた嫁入は、僕がどうしてほくそ笑んだのか、きっとわかっていないだろう。
なんせ、悪役じみた表情で「犯させろ」と口にした彼の姿もまた、ゾクゾクしてしまうほどカッコいい。
命がけのエッチだなんて彼を怯えさせないで、もっとおねだりすればよかった。とはいえいまさらだ。これからもっとおねだりすればいい。耳元で「この淫乱」とか「すけべ」とかその低い声で囁いて欲しい。きっとすぐに昇天する。
「今夜は、いつもとは違う夜になるね」
そして僕たちはまたひとつになる。
今度は焦らしあうようなそれでいて充足感のあるスローなセックス。慈しみあうように求め合う姿は、欠けていたパズルのピースを埋め尽くす作業にも似ている。
いつもとは違うラブホテルでのハジメテの夜。まるで時間が止まってしまったかのように身体をぴたりと重ねあった結果、僕は駿河の一部になれた。彼の子どもをこの身に宿す日も、そう遠くないといい。
――鏡に映るふたりの初々しい一夜のアヤマチは、とてもじゃないが、アヤマチになりそうにない。
~ fin. ~
「ゃだぁ、ぬるぬるする」
「シャワーで洗ってるだけなのにいやらしいこと言うな」
また襲うぞ、という嫁入の甘い声が水音とともに内耳に届く。
彼とのセックスの結果、意識を失って数刻。時間を確認すれば夜の九時で、既にホテルの窓の向こうは真っ暗になっていた。
慌てる僕を見て「お前が寝ている間に延長手続きしといたから」とちゃっかり応える嫁入。それを聞いてホッとしたからか、ぐぅとお腹が鳴ってしまった。「ピザ頼んでおいたぞ」という彼の言葉通り、ベッドサイドのテーブルに食べかけのマルガリータピザが入った箱が置いてある。僕が眠っている間に黙々と食べていたらしい。どおりで目覚めのキスがトマトの味だったわけだ。
裸にガウン姿のまま、ありがたくピザを食べて、僕たちはお風呂に入った。
「だって、嫁入また勃ってきてる」
「だまってくれ……その口塞ぐぞ?」
初めてのラブホテルのバスルームは白と灰色が基調のシックな色使いだった。大理石でできたお風呂には嫁入が準備したのであろうクリームイエローのお湯がなみなみと注がれていて、ほのかに南国のフルーツのような香りがしている。
その横で僕たちは身体を洗いっこしている。時間を気にしなくていいという彼の言葉どおり、僕たちはお互いの身体を丹念に洗い合った。互いの体つきが異なることを改めて自覚し、一対のおとことおんなになったことを目と手と口で確認しあった。
さすがに四度目のセックスは致さなかったけれど、ふだん自分でもなかなか洗わない秘処を恋人に献身的に清められてしまうこのプレイにゾクゾクしなかったといえば嘘になる。
「……ね」
「なんだよ」
「大丈夫だったでしょ?」
「……ああ」
洗いっこを終えて、ちゃぷんとお湯につかって。
ふたりで身体を寄せ合って、軽くキスして。
僕は笑う。
「嫁入は心配しすぎなんだよ。そこが良いところでもあるけど」
「そうか?」
「七年も律儀にキスだけ、って。僕だって我慢できなくなっていたんだぞ。三年前にも完治したから大丈夫だって遠まわしに言ったのに」
「言ったか?」
僕が頷けば、彼もまたちくしょうと苦笑する。
「ほんとうなら、俺の方から誘うべきだったんだろうな……ちょっと情けないな」
「ううん。こうして正しくアヤマチを冒せたから僕は満足しているよ」
「アヤマチねぇ」
恋人同士と口先では言い合いながら、いままで友達以上の腐れ縁のようなぬるま湯の関係に甘んじていた僕と嫁入。どこかで一歩を踏み出さない限り、これ以上の関係を望めないと焦っていた僕はアヤマチと称して彼をラブホテルへ連れ込んだ。杜撰な計画にしては、うまくいったように思う。まさか彼が延長の手続きまで取るとは考えもしなかったけれど。
「――それだけ望まれていたとなると、期待に応えなくちゃいけないなぁ」
「ひゃっ!」
ぱしゃ、と湯のなかから立ち上がった嫁入はおもむろに僕を抱き上げ、バスルームから飛び出していく。
まだ身体を拭いてもいないのに、と焦る僕を無視して鏡天井のベッドルームへ戻った嫁入は、ぽたぽたお湯を滴らせながらもつれ込むようにベッドに乗る。お風呂に入ってほのかに赤らんでいた裸体が鏡に映る。その様子を満足そうに見て、彼は勝ち誇ったように笑う。
「一夜のアヤマチで終わらせるわけないだろ? 夜はまだつづく。ゆっくりじっくり何度でも愛してやるから、野原」
「は……んっ」
「もっと、犯させろ」
お湯なのか愛液なのかわからないけれど、嫁入の指先がふたたび僕の蜜口に入って、くちゅくちゅと音を立てはじめる。僕の身体を気遣いながら、僕が彼の分身を欲しがるように。
冒険するという意味合いでの「冒す」を強姦するという意味合いでの「犯す」に捉えた嫁入は、僕がどうしてほくそ笑んだのか、きっとわかっていないだろう。
なんせ、悪役じみた表情で「犯させろ」と口にした彼の姿もまた、ゾクゾクしてしまうほどカッコいい。
命がけのエッチだなんて彼を怯えさせないで、もっとおねだりすればよかった。とはいえいまさらだ。これからもっとおねだりすればいい。耳元で「この淫乱」とか「すけべ」とかその低い声で囁いて欲しい。きっとすぐに昇天する。
「今夜は、いつもとは違う夜になるね」
そして僕たちはまたひとつになる。
今度は焦らしあうようなそれでいて充足感のあるスローなセックス。慈しみあうように求め合う姿は、欠けていたパズルのピースを埋め尽くす作業にも似ている。
いつもとは違うラブホテルでのハジメテの夜。まるで時間が止まってしまったかのように身体をぴたりと重ねあった結果、僕は駿河の一部になれた。彼の子どもをこの身に宿す日も、そう遠くないといい。
――鏡に映るふたりの初々しい一夜のアヤマチは、とてもじゃないが、アヤマチになりそうにない。
~ fin. ~
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