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ダイキライの葬列
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寮に帰ってきたのは午後六時だった。
郵便受けにあたし宛の葉書があったので、ふと立ち止まって読む。
母からの写真葉書。
「……咲いたんだ、あの薔薇」
写真の裏に、嬉しそうな母の言葉が添えられている。
「咲いたよ! ……か」
消印は九月一日。本当に、秋の訪れと共に開いたみたいだ。
血のように真っ赤な薔薇。
諫早と二人でわざわざ種苗センターまで選びにいった薔薇の苗。
思った通りの花の色が、我が家の花壇で自己主張をしている。よく見るとまだまだ蕾が見える。これからどんどん花をつけるのだろう。
「我が家がパッと明るくなりました。今度小松君と二人でおいで……はい、そうさせて頂きます」
部屋に戻ると先に楓は浴室に行ってしまったようだ。よし、今のうちに日記帳の封印を解いてしまおう。
花瓶の下に、金の剥げた鍵。
あたしの机の上に、日記帳。
カチ。
小さな音を立てて、鍵は開いた。
重々しい表紙をゆっくり開く。
ブホッ。
綿埃が部屋の中へ散らばる。
三年間放置されたままの日記帳。
「……は?」
中身は。
真っ白だった―――……!
「……ヤラレタ」
彼女なら、やりかねない。
第一、あの彼女が日記だなんて乙女みたいなことをすると思うか?
思えない……もしくは三日坊主で終了してしまうだろう。
でも、これは見事な程に白い。彼女の筆跡すら存在していない。こんな日記帳に鍵をかけ、恋人に鍵を渡すなんて、彼女らしい。
折角、ここまで辿り着いたというのに、なんて馬鹿げた結末。
「ん?」
ペラペラと捲っていくと、最後から数ページ前に、しっかり貼り合わせてある場所がある。
真っ赤なマニュキアでなぐり書きがされた跡だ。
もう、必要ないから……
爪を切っていた時に、彼女が言っていた言葉を反芻しながら、マニュキアが糊みたいにくっついているそのページをゆっくりと剥がしていく。
『アタシ、アンタのことダイキライだよ』
「茉莉花ぁあー!」
そのページを発作的にビリリと引き裂き、発狂寸前であたしは声を張り上げる。
叫びながら日記帳を思い切り投げ出す。
ドスン、と大きな音。
下階の人に驚かれるかもしれない、でも、でも……畜生!
死んでまでこの妹をおちょくるつもりか!本当に、大胆な姉め!
折角真っ赤な薔薇を贈ってやったというのに、恩を仇で返しやがって……
憤ったあたしは形振り構わず日記帳を思いっきり投げつける。壁に、床に、天井に……自暴自棄になって放り投げる。
薔薇の一輪挿しに当たって水が飛び散る。
幸い花瓶は割れなかった。それでも頑丈な日記帳はなかなか壊れない。いっそのこと、白で埋め尽くされている全部のページを破り捨ててやろうか?
でも、あたしはその手を止める。
彼女が書いていないのなら、これからあたしが書けばいい。
彼女が絶対に経験することのないこれからを。
だからあたしは黒サインペンを取り出す。
今日から、書いてやる。
「茉莉花の命日。日記の中身は真っ白。悔しいからあたしが書くことにする!」
殆ど勢いでペンを動かしているから手に黒いインクがくっつく。それでも構わずあたしは天国で意地悪く笑みを浮かべているであろう彼女に罵詈雑言を浴びさせる。
「あたしだって、あたしだって……あんたのこと、ダイキライ……大嫌いなんだから!」
ダイキライの葬列。
やっぱりあんたには薔薇の葬列より、こっちの葬列の方が似合うわ。
あたしはひたすらダイキライの呪文を唱えつづける。
自然と涙声。罵る力が失われて―――
哀しくなんかないのに、嗚咽が勝手に、流れつづける。
いつまでも、いつまでも……
―――fin.
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