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chapter,4 (4)
しおりを挟む東金円。それが鈴代の前で命を絶ったクラスメイトの名前。上城が、知ろうとして知ることのできなかった過去の情報。
「でも、本当に何も覚えていないんだ」
鈴代は、わからないと、上城に告げる。
これで何度目だろう。彼女が自分の体験したであろう事柄を「わからない」と一言で放棄したのは。
本当に鈴代が何も覚えていないのか、それともあえて何も言わないのか、まだ、上城には理解できない。きっと、賢季も同じような状況なのだろう。だから上城は鈴代の漆黒の瞳を見て、頷く。
「そっか」
鈴代を追い詰めるような言葉をかけても、きっと彼女は同じ反応しかしないだろう。それなら、その東金豊という人間に話を聞いた方が何か新しいことがわかるかもしれない。
そう考えているのが推測できたのか、鈴代が誘う。
「なんなら今日、うちに来る?」
* * *
ブレザーのリボンタイをほどいて、ブラウスのボタンを一つ一つはずしていく。
制服からメイド服に着替える時間は五分強。最初の頃は十分以上戸惑っていたが、三日もすると慣れてきたのか、素早く準備することができるようになった。
両親には友人の紹介でハウスメイドのバイトを始めるとだけ言っておいた。もともと自分のことは自分で責任を持って行う豊を両親は信頼している。それに、放課後から夜九時までという限られた時間だったこともあり、特に文句も言われなかった。部活のある水曜日と金曜日は実質二時間ちょっとしか働けないのだが、それは仕方のないことだ。
学校から鈴代邸まで歩いて十分少々。バイトが禁止されているわけでもないので豊は制服で堂々と通っている。
この三日間でわかったことは、泉観の学校は授業の後に補講があるらしく、帰りはいつも五時前後だということ、部活には何も所属していないということ、改めて綺麗な女の子だということ……このくらいだろうか。
円の死について、いきなり問いただすわけにもいかない。自分が誰であるかばれないように行動しなければいけない。それは、ある意味スパイ行為に近いものかもしれない。
「無駄だと思うよ」
「なっ」
長い回廊をモップがけしながらぶつぶつ考え事をしていた豊に、賢季が声をかける。どこから現れたのか、神出鬼没な感も否めない彼を、豊は苦手だと認識する。
「泉観の方が君を観察する側に回る。ユタカはその裏をかくくらいしないと、彼女の正体を破ることはできない」
「つまり、あたしの正体はバレバレってこと?」
「だって、自分で自己紹介しただろ。東金豊です、って」
「……あ」
すっかり忘れていた。自分の身元はすでに敵方に知れ渡っているのだ。これではこっそりスパイ行為などできるわけがない。
「むしろ、殺された円の姉だということを知らしめて、本当に泉観が彼女を殺したのか堂々と調べに回った方が、僕としては安心できるし、今後の展開も変わってくると思うんだよね」
「……あんた、謀ったわね」
こっそり鈴代邸のメイドとして侵入して情報を集めてみないか、という提案は、嘘だったのだろう、賢季の楽しそうな、意地悪そうな態度を見ると。
「騙される方が悪いよ。それに」
賢季は窓の向こうから少女と少年がこちらへ向かってくるのを確認して、ほくそえむ。
「ここまできて、逃げ帰ることももう、できないだろ?」
その通りだ。引き返したら、もっと後悔するだろう。それなら、開き直って真実を追い求める方がいいに決まっている。
賢季の言いたいことを理解した豊は、負けじと笑顔を見せる。
「そうね。あたしが人殺しの魔女の謎を解いてやるんだから」
豊が諦めないと心に決めていることを、賢季は頼もしく、また、嬉しく思う。だから。
「それは頼もしい。ご褒美に面白いことを教えてあげよう」
賢季はちょっとした秘密を、誰にも教えるなよと、豊に託す。
豊は思いがけない情報に、眼を丸くする。
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