28 / 57
chapter,5 (3)
しおりを挟む「泉観ちゃんが殺したわけないわよね?」
食堂で、やんわりと問われた。鈴代は無言で頷く。
それでも、自分を忌々しく感じている親族はここぞとばかりに責めたてるのだろう。こう見えても叔父夫婦は、まだ鈴代のことを理解してくれている方だ。
このことが外へ漏れ出すと、鈴代が悪役に変貌する。だから、親族にも本当のことは伝えていない。今は、まだ。
……自分の父親を手にかけようとした恐ろしき娘、しかも長年仕えていた執事をあんなに惨たらしい姿にするとは……虚実をまるで本当にあったことのように、彼らは囁きあい、呪うのだ、人殺しの魔女が、魔女がと。
鈴代はぶるっと首を左右に振り、玉貴を見上げる。背の高い叔母は、小声でそっと囁く。
「紗枝がここにいなくてよかったわね」
ここに紗枝がいたら、きっと真っ先に自分の娘を疑うわよ。人形のように美しく、恐ろしいほどに頭のいい自分の娘を、陥れるために。
「紗枝ってスズシロのお母さんのことか?」
玉貴と鈴代の会話を黙って聞いていた上城は、ここぞとばかり口を挟む。
「そうよ。あなたが春咲くんね」
応えたのは玉貴だった。上城は首を縦に振る。
鈴代玉貴。彼女は賢季の母親とは思えないほど若々しく見える。
ピンと伸びた背筋、洋館には不似合いなライトブラウンのショートボブ……まるでキャリアウーマンのようだと上城は考える。叔父の執務を傍らで手伝っているらしく、そうとうな切れ者とも言えよう。
「夏澄くんに似てきたわね」
「……父を知っているんですか?」
「だって。ジゼプ・コンツェルンの要員だったじゃない。財閥関連の子会社なら一通り顔を覚えているわ、取締役から常務くらいまではね。その中でも夏澄くんは印象的だったから」
「え」
困惑する上城を気にせず、玉貴は語る。それは、彼すら知らない父親の素顔。
「ロシアでのプロジェクトを命じたのは夫の会社の人間だと思うけど……彼ら、最低三十年はかかると思っていたのよ。その任務を遂行させるのに。だけど、夏澄くんは二十年しないで片付けちゃった」
父親は、昔からどこで何をしているのかよくわからない仕事をしていると思っていた。大金を動かす仕事だということを母親から知ったのはロシアで暮らしていた頃のこと。大きなグループ企業のうちの一社を若いうちに任されたが、それを一部の人間が認めなかったため、上の人間が海外の未開発事業の責任者に押し付けて地位を保っていたという話をぼんやり思い出す。彼は文句一つ言わずに仕事をこなしていた。だから三十年はかかるだろうと言われたプロジェクトを、二十年で成功させた……それは、上城が生まれる前から行われていた大事業。
だから上城は今、日本に、鈴代の目の前にいるのだ。父親が偉大なる名声を手に、堂々と帰還できたから。
「春咲くんが生まれる前の話ね。ロシアであなたのお母さんと出会って結婚して、あなたが生まれたそうだから……ハーフだっけ」
上城の両親がロシアで愛を育んだことを知っているのだろう、玉貴は懐かしそうに問う。
「いえ、クォーターです」
「でも綺麗な顔してるよね。男の子にとってみたら誉め言葉にならないのかもしれないけど」
「いえそんなことないですよ」
自分の顔を綺麗だと言われることは何度かあった。だが自分ではそれほどいい顔だと思えない上城は苦笑を浮かべる。そして、横で黙って話を聞いている鈴代を見つめる。
……彼女の方が綺麗だと思うんだけどなぁ。
玉貴は二人の様子を見て、初々しい恋人たちだと認識したのだろう、ぽんぽんと鈴代の頭を撫でる。その仕草が賢季と同じだったので、やはり親子なんだなぁと上城はなんとなく納得する。鈴代は嫌がることもなく、玉貴のされるがままになっている。
「叔母様」
「何かしら」
「わたしを疑いますか?」
「そうねぇ」
単刀直入に尋ねてきた姪を好ましく感じているのか、玉貴は微笑を浮かべる。
「疑う理由がないわ」
そして、無表情の鈴代に向けてあっさりと言い放つ。あなたが人を殺す理由など存在しないと。
その潔さに、上城は惹かれる。
鈴代はそんな上城に、少しだけ嫉妬する。
* * *
一人一人、鈴代邸の応接室で事情聴取を行うにつれて、平井はこの殺人事件も前回の殺人未遂事件同様にとても厄介なものであると認めざるおえなくなる。
それぞれがそれぞれに、何かを隠している。それが腑に落ちない。
「近淡海さん」
無表情なメイドは、平井の呼びかけで、俯いていた顔を少しだけ上げる。知人の死体を見てしまったショックからか、顔色は悪い。
「あなたは、この屋敷に一年半、勤務していらっしゃいますが、その間に何か変わったことはありましたか?」
近淡海緑子は、渋々口を開く。
「……何が変わったことなのか、わかりません」
「今日の出来事、先週の主人殺人未遂……みたいなことですよ」
平井は、緑子の表情を窺う。無言で虚空を見つめる姿は能面のようだ。
「ありません」
きっぱり言い切る緑子を見て、これ以上の追求はできないだろうと平井は頷く。そして矛先の角度をずらす。
「わかりました。質問を変えましょう」
緑子の双眸が暗く光る。それは、今までとはまったく違う質問だったから。
「あなたが本当に仕えている人間は、誰ですか」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる