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monologue,4
想いを託されたシューベルト + 2 +
しおりを挟む月曜日の天気は雨だった。午前中に屋敷内で雑務を終わらせた俺とネメは、“星月夜のまほろば”三号棟の鍵を手に、ぬかるんだ山道を歩いている。木陰に咲いている瑠璃草のちいさな青白い花も、雫に濡れて寒そうに見えた。
世間ではそろそろ夏休みがはじまる頃合いだが、今年は梅雨前線がなかなか動かず、ネメと出かけた土曜日の五月晴れが嘘のように、昨日からふたたびじっとりとした霧雨の日がつづいている。
「あーあ、なんだかさんざんな天気ね」
「仕方ないだろ、まだ梅雨が明けていないんだから」
この日のネメは白と水色のストライプシャツにデニムという動きやすそうな恰好をしていた。体中にまとわりつくような雨のせいで、すでにシャツがしっとり濡れていて、なかの下着がうっすら浮かび上がっているのが心臓に悪い。そのことに気づいていない彼女はすたすたと前を歩きながら、空模様を憂いている。
「天気予報だと夕方までに一度やむみたいだけど、暗くなるから戻るときは懐中電灯があった方がいいかもね」
「戻るつもりなのか?」
「え」
「添田に本日月曜から一泊二日、ふたりの利用ってことで利用者名簿にチェックさせておいたから屋敷に戻る必要はないぞ」
「で、でも」
「これも俺の仕事だ。自分が管理している別荘の人気物件を実際に利用することで、不満な点や必要だと求められるものを理解できる。いわばモニターみたいなものだ」
いかにもそれらしい理屈を挙げているが、俺はネメとふたりきりで一晩を過ごしたいだけだ。
訝し気な表情を向ける彼女は、不承不承頷いたが、どこか不服そうにこちらを見つめている。
「それで、ふたり?」
「俺がひとりで泊まったところで、楽しくもなんともないだろ……俺はネメとふたりでゆっくりしたいんだから、な」
「な、じゃないでしょ……! 当初の目的は夫の遺言書を探すことで」
「だからそれも一緒にするんだよ。ネメだって雲場池のカフェテラスで言っていたじゃないか、目星がついているって」
「あれは……勘みたいなものだから」
ネメが俺に言った遺言書の在り処の候補は二か所。
ひとつは玄関先の重たい木彫りの置き物の下、そしてもうひとつがリビングの壁に飾られている額縁の裏だ。
別荘管理、清掃の仕事をしているネメがふだん出入りをしている室内で、重たい置き物を動かしたり額縁に入った絵画をわざわざ掃除することは年に一度くらいしかないと言っている。インテリアに紛れさせている可能性が高いのは俺も考えていたが、額縁のなかに忍ばせた可能性は思い浮かばなかった。ネメは管理庫にあった小さな額縁用の鍵も持ってきている。たぶん、額縁のなかの、絵画の裏側に遺言書が隠されていると、確信しているのだろう。
「と、とにかくふたりきりでコテージに泊まるだなんて……きゃっ!」
「ネメ!?」
ズボッ、というおおきな音とともに先を歩いていたネメの身体が沈む。どうやら泥に足をとられて転んでしまったようだ。慌てて立ち上がらせ、「大丈夫か」と確認すれば、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くして「平気よ」と強がっている。あたまから足の先まで泥と木の葉がかかった状態で「平気」も何もないだろ、と俺は呆れながら彼女を抱き上げ、三号棟の鍵を奪い取る。
「ちょ、っとアキフミ! 彼方にまで泥がついちゃう!」
「どうせこんな天気だ。それに、俺も一緒に汚れれば一緒に風呂に入れるだろ?」
「……もぅ、やだ、変態っ!」
そう言いながらすりすりと顔を胸元に寄せてくるネメを見て、俺は笑う。
長野支社で火傷した彼女をシャワー室に連れ込んで我慢できずにふれてしまったときのことを思えば、こんな風に嫌がるそぶりを見せながらも素直に俺の腕のなかで甘えてくれるなんて夢のようだ。いや、もしかしたら俺はずっと、夢を見ているのかもしれない。初恋の彼女を自分の花嫁にするために、諦めきれずに追い求めていたのだから。
「その変態と結婚するんだよ、ネメは」
「う……そ、それはそうなんだけど」
しどろもどろになりながらネメは顔を隠してしまう。
そんな彼女を愛おしく思いながら、俺はゆっくりと三号棟へつづく階段をのぼり、木製の扉に鍵を差し込んだ。
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