10 / 19
第1章 落葉襲来 編
第10話「ずっと応援してるから」
しおりを挟む
10話を読む前に1話のシナン戦を読み返していただくと良いかもしれません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
5/7(火)
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
三回ほどインターホンが鳴って無遠慮に玄関を開ける音がする。廊下を歩いてきて俺の寝ているリビングに入ってきたのは
「はあ、まだ寝てるの?。久々に一緒に登校しようと思ってきてみたら……」
「…………」
「なんか言いなさいよー」
不満そうな村沢の声が聞こえるが内容はさっぱり理解していなかった。
昨日のショッピングモールでの出来事の後、結局寝て朝を迎えていた。
ただ、それだけが原因で今の今まで寝ていた訳ではない。意識はあったのだ。
ただ、昨日覗いた宮瀬さんの記憶。
守ってあげたい。そんな気持ちだけが先走って何もできない無力な自分に嫌気がさしていたのだ。
しかし、それだけで動けないでいたわけでもない。
今の力では宮瀬さんを到底守れない。夢の中で見た落葉さんは予想以上に宮瀬さんを封じていた。宮瀬さんの接続なくして俺は勝てないだろうに……。
何よりあの殺意と斬撃。間違いなく抵抗することなく殺られる。そんな恐怖が、俺を押し潰していた。
魔法に対する恐怖、落葉さんに対する恐怖。その2つの恐怖が一気に押し寄せてきて、俺は動けないでいた。
「えと……家政婦さんは…」
「はい、なんでしょうか?」
キッチンから出てきた宮瀬さんはエプロンを付けていて朝食の準備を終えていた。
ただ、今は宮瀬さんを見るのも辛い。
自分の無力さを自覚させられる。
助けたいのに、守りたいのに何もできない。そんな確かな気持ちが芽生えた俺はそれに縛られていた。
「朝からこんな調子なの?」
「はい、昨晩は早くに休まれて…」
「体調でも悪いの?」
「あ、いえ。そういうわけでは……」
村沢はなるほどね、と頷くとスタスタと俺に近づいてきて枕元に立つ。
ああ、また始まるよ。
「あんたも家政婦ならこいつの扱い方くらい覚えておきなさい!」
村沢は脱力しきった俺の両脇をつかむと引きずり、乱暴に椅子に座らせる。その後は宮瀬さんが作った食事を無理矢理突っ込まれ、またまた乱暴に両脇を掴まれ、今度は無理矢理立たされる。
「えと……家政婦さん?」
「あ、はい」
宮瀬さんは村沢の乱暴に目を丸くしていたが、村沢の声で我に帰る。
「そう言えば名前は?」
「宮瀬 紅葉です」
「よし、宮瀬さん。こいつの制服持ってきて!」
「は、はい!」
宮瀬さんが窓際にかけてある制服を小走りで取りに行く間に村沢は俺のパンツをそそくさと持ってくる。そして獣のような目付きになり……
「おら、脱げぇ!」
寝巻きを無理矢理脱がされ、ズボンも脱がされて一瞬にしてパンツだけになった俺を見て制服を持ってきた宮瀬さんは顔を真っ赤にして目を逸らすが、村沢は遠慮なしにパンツも一気に脱がせる。
一物を見ても反応しないのはいかがなものか。
しかし、そんなことはおかまいなしに、その後は強引に制服を着せられ、あっという間に引きずられて、ポカンと口を開けている宮瀬さんを残して家を出ていったのだった。
結局引きずられて遅刻ギリギリで教室に投げ込まれた俺は仕方なく席に着く。文字通り村沢は俺を投げ込みやがるもんだから節々が痛く、周囲の注目も集めていたが、すぐに机に突っ伏す。三木田や尾鎌さんが、何回も声をかけてくれたが、返事をする気力もなく結局そのまま放課後まで机に突っ伏していた。
航がああなるのには基本的には相当なワケがある。今朝は時間がなくて無理矢理動かしたけどダメだった。ケツを叩いても動かない航には別の方法をとらなきゃならない。
私は6時限目が終わると航の家に早足で向かった。インターホンを押すと一発で家政婦の宮瀬さんが出てきた。掃除機を持っているあたり掃除をしていたようだ。
「航は帰ってきてる?」
「いえ、西条さんはまだ……」
「ま、それはそれで好都合。上がらせてもらうね」
「あ、はい」
宮瀬さんは下駄箱からスリッパを出すとリビングに通してくれて、椅子に座った私にお茶を出してくれる。宮瀬さんも対面に座る。
「ありがと。で、早速いいかしら?」
「はい……」
「昨日何があったの?航があそこまでなるなんて久しぶりだけど…」
「えと……その…」
宮瀬さんは俯いて何やら焦っている。なるほどやっぱりそうだったのね。
航がああなるのはあれしかない。
「西条さん……突風を起こしてしまって…。」
「突風?」
珍しい……航は炎を出したり、電撃を走らせたり、水を操ったことはあるけど風は聞いたことがない。
よく分からないけどなんか悔しいな……。
「はい。昨日ショッピングモールに出掛けていたんですがそこで……」
「なるほどね……」
最近は抑えられていたから忘れてるかと思ったけど周囲の目が気になって思いだしちゃったのね。…。
それにしても宮瀬さん、よくあんな魔法じみた話を私にしたわね……ちょっと面白い子なのかも。
「でもそれだけじゃないでしょ?。
航はそれくらいなら一晩寝たら最低でも起きることくらいするよ?」
「え?そうなんですか?」
絶対に何かある。
他に航を縛り付けている何かが。
しかし、こうも世話が焼けるとなると、航はやっぱ私がいないとまだダメか。
体も大きくなって大人になったかと思ったけどまだまだ私がいなきゃかな。
でもいつまでもというわけにはいかないのも事実………。
「思いあたることは?」
「いえ……あれからすぐに寝てしまったので。でも私もなんとかしてあげたいです。西条さん……凄く苦しそうですから……」
出会って数週間の他人のことなのにまるで自分のことのように、いやそれ以上に心を痛ませている様子の宮瀬さん。明らかにその表情は陰り、辛そうだ。
「へー、なるほどなるほど。いい家政婦さんじゃん。じゃ、こういう時、どうしたらいいか教えてあげる。」
「な、何か方法があるんですか!?」
宮瀬さんは身を乗り出して食い付いてくる。あまりの勢いに私は少し仰け反る。
「うん。とっておきの航がだーーいすきやつ!」
私はニシシと笑うと宮瀬さんに耳打ちをする。みるみる宮瀬さんの顔が赤くなっていく。耳打ちが終わり、顔を放す頃には宮瀬さんの顔は真っ赤になっていた。
「そそそそそんなことできません!恥ずかしいです!」
「あ、嫌じゃないんだ」
「あ、えと……!」
宮瀬さんをからかうように笑う。反応が可愛くてつい意地悪をしてしまう。
「ま、やらないなら明日私がやるからいいけどね~。じゃ、私は航を迎えに行ってくるから~」
慌てる宮瀬さんを背に家を出ていき学校に向かう。宮瀬さんがやらなければ私がやるだけとは言ったけど、本当は私がやっちゃダメなんだ…。航のことを考えるなら…
教室に着くと夕日の中一人、航が机に突っ伏していた。航と私以外誰もいない夕焼けの空間。オレンジ色の夕陽が窓から入ってきて私達を照らす。部活の声も少しずつまばらになってきているが、まだ少し騒がしい。いかにも青春という感じがしてなんとなく少しロマンチック。状況が違えばだけど。
「ほーら、航ー行くよー」
航の背中を優しく叩きながら声をかける。こう見ると随分と大きくなったものだ。小学校の頃は私のが大きかったのに。
「もー、起きないか。可愛い家政婦さんも待ってるよ?」
一瞬ピクッと背中が動くがそれ以上のことはなかった。
よっぽど辛いことがあったんだろう。
航は……航はいつもそうだ。誰にも言わずに独りで悩んで。不器用なくせに…。
だから私がいてあげなくちゃいけなくて、でももう私がいちゃいけなくて……。
そんな葛藤もあるけれど、こういう状況だと懐かしい事を思い出す。
航が仲間外れにされたらいつも私が航のとこに行って………でも素直じゃないもんだから中々話してくれなくて……。
そんな懐かしさに浸っていたら気づけば私は航を背負っていた。
航は抵抗することもなく『いつも通り』私に体重を預けている。
昔も航がいじめられて連れ帰る時はこうしてあげたことがあったっけ。
だけど、いくらなんでも重すぎる…。
でも久々に航に触れるのは気持ちいい。
教室に着いた時は私があれをやろうかと思ったけど、やっぱり宮瀬さんに任せよう。私がいつまでも航の側にいてあげられるわけじゃない。
それに………今の私にはこの航の温かさで十分。背中いっぱいに伝わる航の体温。ただ、それを感じているだけで私は幸せなんだろう。重さなんか気にならないのがその証拠だ。
運動部で鍛えているからか、航を背負って学校を出ていくことになんとか成功する。重いけどこの重さが心地いい。校門を出て住宅街を歩く。肌寒くなってきて西日が眩しい。
「航、何かあったの?」
「………」
聞こえてはいるんだろう。だけど反応はない。これもいつもの航だ。
「久々に航がこうなってるとこ見たなー。航のことだからまた誰かのことで悩んでるんでしょ?」
「………」
返事はないがゆっくりと航のマンションに向かう。陽は次第に落ちていき普段は人がそこそこいる住宅街には私達以外誰もいない。
「誰のことなの?それくらいは聞かせてほしいな」
長い沈黙。ゆっくりと歩いて住宅街を抜けて公園に行く。
公園は誰もいなくて子供達も帰ったようだ。
公園に入ると航は背中を力無く叩く。
降ろしてほしい合図だ。私が航の脚を支えていた手を離すと、航はゆっくりと降りる。急に軽くなって楽にはなったが、淋しくもある。
俯いた航は口をゆっくりと開く。
「誰とは言えない……。でもその人を守りたい…。確かなことは言えないけど、俺はそうしたい……」
航は枯れきった声を絞り出す。
「できないの?」
航は俯いたまま拳を握る。ああ航、本気で苦しんでいて、悩んでるんだ……。
「無理だ……。あまりにも無力すぎる…。俺じゃ……!」
悔しさのあまり拳を握り締め、声を裏返して言葉を絞り出す。
航から流れる涙がアスファルトにシミを作っていくのが分かる。次第にその量が増えていき、唇を噛み締め、嗚咽を漏らす航。それを見た瞬間
「………!?」
私は航を抱き締めていた。航の顔を肩に乗せてなだめるように頭を撫でていた。
「ごめんね、私には難しいことは分からない。でも航がしたいようにすればいいよ。どんな航でも私は一緒にいるから。ずっと………応援してるから」
言い終えると、私は両手で航の肩を掴んでしっかりと目を見る。航の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
「だからその人のところに行ってあげて!きっとその人も苦しんでるから!」
しっかりと掴んでいた手を離し、少し強く肩を押す。
「いってこい航!あんたといると私、すごい楽しいから!だからきっとその人も航を必要としてるから!」
航の目に力が戻り、涙を拭って力強く頷くとマンションへ走り出した。
あーあ、やっちゃった。
また抱き締めちゃった。もうやらないって決めてたのにな…。私もゆっくりとマンションへ向かう。夕陽ももうすぐ沈む。航の温もりは背中から消えつつあった。
村沢さんが家を出てから一時間ほどでしょうか、西条さんが帰ってきたら村沢さんが言っていた『あれ』をやるべきか悩んでいると玄関が開く音がして玄関に小走りで向かいます。
玄関では西条さんが膝に手をついて息を切らせていました。額には汗をかいていて走って帰ってきたのが一目で分かります。
「お、お帰りなさい、西条さん。」
お互いに顔を合わせてしばらく無言のままでいます。先程、村沢さんから聞いたあれ……。本当なんでしょうか……。
でも私がやらないなら村沢さんがやるって言ってましたし…。村沢さんに……いえ、他の人にやられるのはなんだか納得しません!
半分自棄になって私は膝に手をついていた西条さんの後頭部に手を回して、勢いよく胸に抱き抱えました。
西条さんも最初は慌てていましたが、すぐに落ち着いておとなしくります。
誰かが入ってきたら相当気まずい状況ですが、そんなことより今は西条さんのちからになりたい。今はそれだけでした。
「西条さん……私、西条さんの記憶を覗いてしまいました…」
一瞬反応する西条さん。その体は微かに震えていて普段は見れない西条さんでした。覗いた罪悪感がないと言えば嘘になるでしょう。しかし、今はそれでも西条さんを受け止めたい。
「きっと私が見ていないとこでも辛いことは数えきれないほどあったと思います………でも大丈夫ですよ」
なだめるように西条さんの頭を撫でる。西条さんの落ち着いた吐息が胸に当たって少しくすぐったい。西条さんの吐息と体温で体が熱くなります。
「私は西条さんの味方ですから。私は側にいますから。だから………西条さんも側にいて下さい」
この気持ちが何なのかはまだわからない。ただ、西条さんを守りたい。
西条さんの側にいたい。
その確かな気持ちだけで今は十分。
そう思えました。
西条さんが顔を微かに上げて口ごもり、発した言葉はか細いものでした。
「………だけど俺は……宮瀬さんを守れない…。俺じゃ……。見たんだ宮瀬さんのお兄さん、落葉さんの太刀筋を……。」
きっと西条さんも私と同じで私の記憶を見たのでしょう。でも見てもらえて嬉しいとさえ感じています。
「ええ、兄さんの斬撃を回避するのは難しいでしょう。私もまともに見えたことはありません。でも大丈夫です。あの斬撃を私なら封じられると思うんです。」
「で、でも……見えないんじゃ」
弱気に俯く西条さんを再び胸に抱き抱えます。恥ずかしい……そんな感情はありません。ただ、今は西条さんに伝えなければいけない言葉がある。
私達を繋げた言葉を。
「大丈夫。私を信じて立ち向かって」
あの時のように西条さんを見つめる。
ただ、あの時とは違うものがありました。この先幾度となく窮地は訪れるでしょう。でもその度に西条さんとなら乗り越えていける。そんな感覚を確かに手にしていました。
私の言葉を聞いて西条さんは顔をあげ、弱気で曇っていた目に光が戻ります。
「分かった!」
西条さんもあの時のように頷くと勢いよく立ち上がります。ただ、あの時と違うのは何の迷いもなかったこと。
ただ、その一点で私はどうしようもなく嬉しかった。
「宮瀬さん、試したいことがあるんだ。夜いいかな?」
西条さんは力強い眼差しで私を見据えると、私にそう言いました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
5/7(火)
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
三回ほどインターホンが鳴って無遠慮に玄関を開ける音がする。廊下を歩いてきて俺の寝ているリビングに入ってきたのは
「はあ、まだ寝てるの?。久々に一緒に登校しようと思ってきてみたら……」
「…………」
「なんか言いなさいよー」
不満そうな村沢の声が聞こえるが内容はさっぱり理解していなかった。
昨日のショッピングモールでの出来事の後、結局寝て朝を迎えていた。
ただ、それだけが原因で今の今まで寝ていた訳ではない。意識はあったのだ。
ただ、昨日覗いた宮瀬さんの記憶。
守ってあげたい。そんな気持ちだけが先走って何もできない無力な自分に嫌気がさしていたのだ。
しかし、それだけで動けないでいたわけでもない。
今の力では宮瀬さんを到底守れない。夢の中で見た落葉さんは予想以上に宮瀬さんを封じていた。宮瀬さんの接続なくして俺は勝てないだろうに……。
何よりあの殺意と斬撃。間違いなく抵抗することなく殺られる。そんな恐怖が、俺を押し潰していた。
魔法に対する恐怖、落葉さんに対する恐怖。その2つの恐怖が一気に押し寄せてきて、俺は動けないでいた。
「えと……家政婦さんは…」
「はい、なんでしょうか?」
キッチンから出てきた宮瀬さんはエプロンを付けていて朝食の準備を終えていた。
ただ、今は宮瀬さんを見るのも辛い。
自分の無力さを自覚させられる。
助けたいのに、守りたいのに何もできない。そんな確かな気持ちが芽生えた俺はそれに縛られていた。
「朝からこんな調子なの?」
「はい、昨晩は早くに休まれて…」
「体調でも悪いの?」
「あ、いえ。そういうわけでは……」
村沢はなるほどね、と頷くとスタスタと俺に近づいてきて枕元に立つ。
ああ、また始まるよ。
「あんたも家政婦ならこいつの扱い方くらい覚えておきなさい!」
村沢は脱力しきった俺の両脇をつかむと引きずり、乱暴に椅子に座らせる。その後は宮瀬さんが作った食事を無理矢理突っ込まれ、またまた乱暴に両脇を掴まれ、今度は無理矢理立たされる。
「えと……家政婦さん?」
「あ、はい」
宮瀬さんは村沢の乱暴に目を丸くしていたが、村沢の声で我に帰る。
「そう言えば名前は?」
「宮瀬 紅葉です」
「よし、宮瀬さん。こいつの制服持ってきて!」
「は、はい!」
宮瀬さんが窓際にかけてある制服を小走りで取りに行く間に村沢は俺のパンツをそそくさと持ってくる。そして獣のような目付きになり……
「おら、脱げぇ!」
寝巻きを無理矢理脱がされ、ズボンも脱がされて一瞬にしてパンツだけになった俺を見て制服を持ってきた宮瀬さんは顔を真っ赤にして目を逸らすが、村沢は遠慮なしにパンツも一気に脱がせる。
一物を見ても反応しないのはいかがなものか。
しかし、そんなことはおかまいなしに、その後は強引に制服を着せられ、あっという間に引きずられて、ポカンと口を開けている宮瀬さんを残して家を出ていったのだった。
結局引きずられて遅刻ギリギリで教室に投げ込まれた俺は仕方なく席に着く。文字通り村沢は俺を投げ込みやがるもんだから節々が痛く、周囲の注目も集めていたが、すぐに机に突っ伏す。三木田や尾鎌さんが、何回も声をかけてくれたが、返事をする気力もなく結局そのまま放課後まで机に突っ伏していた。
航がああなるのには基本的には相当なワケがある。今朝は時間がなくて無理矢理動かしたけどダメだった。ケツを叩いても動かない航には別の方法をとらなきゃならない。
私は6時限目が終わると航の家に早足で向かった。インターホンを押すと一発で家政婦の宮瀬さんが出てきた。掃除機を持っているあたり掃除をしていたようだ。
「航は帰ってきてる?」
「いえ、西条さんはまだ……」
「ま、それはそれで好都合。上がらせてもらうね」
「あ、はい」
宮瀬さんは下駄箱からスリッパを出すとリビングに通してくれて、椅子に座った私にお茶を出してくれる。宮瀬さんも対面に座る。
「ありがと。で、早速いいかしら?」
「はい……」
「昨日何があったの?航があそこまでなるなんて久しぶりだけど…」
「えと……その…」
宮瀬さんは俯いて何やら焦っている。なるほどやっぱりそうだったのね。
航がああなるのはあれしかない。
「西条さん……突風を起こしてしまって…。」
「突風?」
珍しい……航は炎を出したり、電撃を走らせたり、水を操ったことはあるけど風は聞いたことがない。
よく分からないけどなんか悔しいな……。
「はい。昨日ショッピングモールに出掛けていたんですがそこで……」
「なるほどね……」
最近は抑えられていたから忘れてるかと思ったけど周囲の目が気になって思いだしちゃったのね。…。
それにしても宮瀬さん、よくあんな魔法じみた話を私にしたわね……ちょっと面白い子なのかも。
「でもそれだけじゃないでしょ?。
航はそれくらいなら一晩寝たら最低でも起きることくらいするよ?」
「え?そうなんですか?」
絶対に何かある。
他に航を縛り付けている何かが。
しかし、こうも世話が焼けるとなると、航はやっぱ私がいないとまだダメか。
体も大きくなって大人になったかと思ったけどまだまだ私がいなきゃかな。
でもいつまでもというわけにはいかないのも事実………。
「思いあたることは?」
「いえ……あれからすぐに寝てしまったので。でも私もなんとかしてあげたいです。西条さん……凄く苦しそうですから……」
出会って数週間の他人のことなのにまるで自分のことのように、いやそれ以上に心を痛ませている様子の宮瀬さん。明らかにその表情は陰り、辛そうだ。
「へー、なるほどなるほど。いい家政婦さんじゃん。じゃ、こういう時、どうしたらいいか教えてあげる。」
「な、何か方法があるんですか!?」
宮瀬さんは身を乗り出して食い付いてくる。あまりの勢いに私は少し仰け反る。
「うん。とっておきの航がだーーいすきやつ!」
私はニシシと笑うと宮瀬さんに耳打ちをする。みるみる宮瀬さんの顔が赤くなっていく。耳打ちが終わり、顔を放す頃には宮瀬さんの顔は真っ赤になっていた。
「そそそそそんなことできません!恥ずかしいです!」
「あ、嫌じゃないんだ」
「あ、えと……!」
宮瀬さんをからかうように笑う。反応が可愛くてつい意地悪をしてしまう。
「ま、やらないなら明日私がやるからいいけどね~。じゃ、私は航を迎えに行ってくるから~」
慌てる宮瀬さんを背に家を出ていき学校に向かう。宮瀬さんがやらなければ私がやるだけとは言ったけど、本当は私がやっちゃダメなんだ…。航のことを考えるなら…
教室に着くと夕日の中一人、航が机に突っ伏していた。航と私以外誰もいない夕焼けの空間。オレンジ色の夕陽が窓から入ってきて私達を照らす。部活の声も少しずつまばらになってきているが、まだ少し騒がしい。いかにも青春という感じがしてなんとなく少しロマンチック。状況が違えばだけど。
「ほーら、航ー行くよー」
航の背中を優しく叩きながら声をかける。こう見ると随分と大きくなったものだ。小学校の頃は私のが大きかったのに。
「もー、起きないか。可愛い家政婦さんも待ってるよ?」
一瞬ピクッと背中が動くがそれ以上のことはなかった。
よっぽど辛いことがあったんだろう。
航は……航はいつもそうだ。誰にも言わずに独りで悩んで。不器用なくせに…。
だから私がいてあげなくちゃいけなくて、でももう私がいちゃいけなくて……。
そんな葛藤もあるけれど、こういう状況だと懐かしい事を思い出す。
航が仲間外れにされたらいつも私が航のとこに行って………でも素直じゃないもんだから中々話してくれなくて……。
そんな懐かしさに浸っていたら気づけば私は航を背負っていた。
航は抵抗することもなく『いつも通り』私に体重を預けている。
昔も航がいじめられて連れ帰る時はこうしてあげたことがあったっけ。
だけど、いくらなんでも重すぎる…。
でも久々に航に触れるのは気持ちいい。
教室に着いた時は私があれをやろうかと思ったけど、やっぱり宮瀬さんに任せよう。私がいつまでも航の側にいてあげられるわけじゃない。
それに………今の私にはこの航の温かさで十分。背中いっぱいに伝わる航の体温。ただ、それを感じているだけで私は幸せなんだろう。重さなんか気にならないのがその証拠だ。
運動部で鍛えているからか、航を背負って学校を出ていくことになんとか成功する。重いけどこの重さが心地いい。校門を出て住宅街を歩く。肌寒くなってきて西日が眩しい。
「航、何かあったの?」
「………」
聞こえてはいるんだろう。だけど反応はない。これもいつもの航だ。
「久々に航がこうなってるとこ見たなー。航のことだからまた誰かのことで悩んでるんでしょ?」
「………」
返事はないがゆっくりと航のマンションに向かう。陽は次第に落ちていき普段は人がそこそこいる住宅街には私達以外誰もいない。
「誰のことなの?それくらいは聞かせてほしいな」
長い沈黙。ゆっくりと歩いて住宅街を抜けて公園に行く。
公園は誰もいなくて子供達も帰ったようだ。
公園に入ると航は背中を力無く叩く。
降ろしてほしい合図だ。私が航の脚を支えていた手を離すと、航はゆっくりと降りる。急に軽くなって楽にはなったが、淋しくもある。
俯いた航は口をゆっくりと開く。
「誰とは言えない……。でもその人を守りたい…。確かなことは言えないけど、俺はそうしたい……」
航は枯れきった声を絞り出す。
「できないの?」
航は俯いたまま拳を握る。ああ航、本気で苦しんでいて、悩んでるんだ……。
「無理だ……。あまりにも無力すぎる…。俺じゃ……!」
悔しさのあまり拳を握り締め、声を裏返して言葉を絞り出す。
航から流れる涙がアスファルトにシミを作っていくのが分かる。次第にその量が増えていき、唇を噛み締め、嗚咽を漏らす航。それを見た瞬間
「………!?」
私は航を抱き締めていた。航の顔を肩に乗せてなだめるように頭を撫でていた。
「ごめんね、私には難しいことは分からない。でも航がしたいようにすればいいよ。どんな航でも私は一緒にいるから。ずっと………応援してるから」
言い終えると、私は両手で航の肩を掴んでしっかりと目を見る。航の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
「だからその人のところに行ってあげて!きっとその人も苦しんでるから!」
しっかりと掴んでいた手を離し、少し強く肩を押す。
「いってこい航!あんたといると私、すごい楽しいから!だからきっとその人も航を必要としてるから!」
航の目に力が戻り、涙を拭って力強く頷くとマンションへ走り出した。
あーあ、やっちゃった。
また抱き締めちゃった。もうやらないって決めてたのにな…。私もゆっくりとマンションへ向かう。夕陽ももうすぐ沈む。航の温もりは背中から消えつつあった。
村沢さんが家を出てから一時間ほどでしょうか、西条さんが帰ってきたら村沢さんが言っていた『あれ』をやるべきか悩んでいると玄関が開く音がして玄関に小走りで向かいます。
玄関では西条さんが膝に手をついて息を切らせていました。額には汗をかいていて走って帰ってきたのが一目で分かります。
「お、お帰りなさい、西条さん。」
お互いに顔を合わせてしばらく無言のままでいます。先程、村沢さんから聞いたあれ……。本当なんでしょうか……。
でも私がやらないなら村沢さんがやるって言ってましたし…。村沢さんに……いえ、他の人にやられるのはなんだか納得しません!
半分自棄になって私は膝に手をついていた西条さんの後頭部に手を回して、勢いよく胸に抱き抱えました。
西条さんも最初は慌てていましたが、すぐに落ち着いておとなしくります。
誰かが入ってきたら相当気まずい状況ですが、そんなことより今は西条さんのちからになりたい。今はそれだけでした。
「西条さん……私、西条さんの記憶を覗いてしまいました…」
一瞬反応する西条さん。その体は微かに震えていて普段は見れない西条さんでした。覗いた罪悪感がないと言えば嘘になるでしょう。しかし、今はそれでも西条さんを受け止めたい。
「きっと私が見ていないとこでも辛いことは数えきれないほどあったと思います………でも大丈夫ですよ」
なだめるように西条さんの頭を撫でる。西条さんの落ち着いた吐息が胸に当たって少しくすぐったい。西条さんの吐息と体温で体が熱くなります。
「私は西条さんの味方ですから。私は側にいますから。だから………西条さんも側にいて下さい」
この気持ちが何なのかはまだわからない。ただ、西条さんを守りたい。
西条さんの側にいたい。
その確かな気持ちだけで今は十分。
そう思えました。
西条さんが顔を微かに上げて口ごもり、発した言葉はか細いものでした。
「………だけど俺は……宮瀬さんを守れない…。俺じゃ……。見たんだ宮瀬さんのお兄さん、落葉さんの太刀筋を……。」
きっと西条さんも私と同じで私の記憶を見たのでしょう。でも見てもらえて嬉しいとさえ感じています。
「ええ、兄さんの斬撃を回避するのは難しいでしょう。私もまともに見えたことはありません。でも大丈夫です。あの斬撃を私なら封じられると思うんです。」
「で、でも……見えないんじゃ」
弱気に俯く西条さんを再び胸に抱き抱えます。恥ずかしい……そんな感情はありません。ただ、今は西条さんに伝えなければいけない言葉がある。
私達を繋げた言葉を。
「大丈夫。私を信じて立ち向かって」
あの時のように西条さんを見つめる。
ただ、あの時とは違うものがありました。この先幾度となく窮地は訪れるでしょう。でもその度に西条さんとなら乗り越えていける。そんな感覚を確かに手にしていました。
私の言葉を聞いて西条さんは顔をあげ、弱気で曇っていた目に光が戻ります。
「分かった!」
西条さんもあの時のように頷くと勢いよく立ち上がります。ただ、あの時と違うのは何の迷いもなかったこと。
ただ、その一点で私はどうしようもなく嬉しかった。
「宮瀬さん、試したいことがあるんだ。夜いいかな?」
西条さんは力強い眼差しで私を見据えると、私にそう言いました。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
清掃員と僕の密やかな情状
MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。
青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。
肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。
44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる