やがて桜になる

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第1章 落葉襲来 編

第10話「ずっと応援してるから」

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5/7(火)
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
三回ほどインターホンが鳴って無遠慮に玄関を開ける音がする。廊下を歩いてきて俺の寝ているリビングに入ってきたのは

「はあ、まだ寝てるの?。久々に一緒に登校しようと思ってきてみたら……」

「…………」

「なんか言いなさいよー」

不満そうな村沢の声が聞こえるが内容はさっぱり理解していなかった。
昨日のショッピングモールでの出来事の後、結局寝て朝を迎えていた。

ただ、それだけが原因で今の今まで寝ていた訳ではない。意識はあったのだ。
ただ、昨日覗いた宮瀬さんの記憶。
守ってあげたい。そんな気持ちだけが先走って何もできない無力な自分に嫌気がさしていたのだ。
しかし、それだけで動けないでいたわけでもない。

今の力では宮瀬さんを到底守れない。夢の中で見た落葉さんは予想以上に宮瀬さんを封じていた。宮瀬さんの接続なくして俺は勝てないだろうに……。

何よりあの殺意と斬撃。間違いなく抵抗することなく殺られる。そんな恐怖が、俺を押し潰していた。
魔法に対する恐怖、落葉さんに対する恐怖。その2つの恐怖が一気に押し寄せてきて、俺は動けないでいた。

「えと……家政婦さんは…」
「はい、なんでしょうか?」

キッチンから出てきた宮瀬さんはエプロンを付けていて朝食の準備を終えていた。
ただ、今は宮瀬さんを見るのも辛い。
自分の無力さを自覚させられる。
助けたいのに、守りたいのに何もできない。そんな確かな気持ちが芽生えた俺はそれに縛られていた。

「朝からこんな調子なの?」

「はい、昨晩は早くに休まれて…」

「体調でも悪いの?」

「あ、いえ。そういうわけでは……」

村沢はなるほどね、と頷くとスタスタと俺に近づいてきて枕元に立つ。
ああ、また始まるよ。

「あんたも家政婦ならこいつの扱い方くらい覚えておきなさい!」

村沢は脱力しきった俺の両脇をつかむと引きずり、乱暴に椅子に座らせる。その後は宮瀬さんが作った食事を無理矢理突っ込まれ、またまた乱暴に両脇を掴まれ、今度は無理矢理立たされる。

「えと……家政婦さん?」

「あ、はい」

宮瀬さんは村沢の乱暴に目を丸くしていたが、村沢の声で我に帰る。

「そう言えば名前は?」

「宮瀬 紅葉です」

「よし、宮瀬さん。こいつの制服持ってきて!」

「は、はい!」

宮瀬さんが窓際にかけてある制服を小走りで取りに行く間に村沢は俺のパンツをそそくさと持ってくる。そして獣のような目付きになり……

「おら、脱げぇ!」

寝巻きを無理矢理脱がされ、ズボンも脱がされて一瞬にしてパンツだけになった俺を見て制服を持ってきた宮瀬さんは顔を真っ赤にして目を逸らすが、村沢は遠慮なしにパンツも一気に脱がせる。
一物を見ても反応しないのはいかがなものか。

しかし、そんなことはおかまいなしに、その後は強引に制服を着せられ、あっという間に引きずられて、ポカンと口を開けている宮瀬さんを残して家を出ていったのだった。

結局引きずられて遅刻ギリギリで教室に投げ込まれた俺は仕方なく席に着く。文字通り村沢は俺を投げ込みやがるもんだから節々が痛く、周囲の注目も集めていたが、すぐに机に突っ伏す。三木田や尾鎌さんが、何回も声をかけてくれたが、返事をする気力もなく結局そのまま放課後まで机に突っ伏していた。







航がああなるのには基本的には相当なワケがある。今朝は時間がなくて無理矢理動かしたけどダメだった。ケツを叩いても動かない航には別の方法をとらなきゃならない。

私は6時限目が終わると航の家に早足で向かった。インターホンを押すと一発で家政婦の宮瀬さんが出てきた。掃除機を持っているあたり掃除をしていたようだ。

「航は帰ってきてる?」

「いえ、西条さんはまだ……」

「ま、それはそれで好都合。上がらせてもらうね」

「あ、はい」 

宮瀬さんは下駄箱からスリッパを出すとリビングに通してくれて、椅子に座った私にお茶を出してくれる。宮瀬さんも対面に座る。

「ありがと。で、早速いいかしら?」

「はい……」

「昨日何があったの?航があそこまでなるなんて久しぶりだけど…」

「えと……その…」

宮瀬さんは俯いて何やら焦っている。なるほどやっぱりそうだったのね。
航がああなるのはあれしかない。

「西条さん……突風を起こしてしまって…。」

「突風?」

珍しい……航は炎を出したり、電撃を走らせたり、水を操ったことはあるけど風は聞いたことがない。
よく分からないけどなんか悔しいな……。

「はい。昨日ショッピングモールに出掛けていたんですがそこで……」

「なるほどね……」

最近は抑えられていたから忘れてるかと思ったけど周囲の目が気になって思いだしちゃったのね。…。
それにしても宮瀬さん、よくあんな魔法じみた話を私にしたわね……ちょっと面白い子なのかも。

「でもそれだけじゃないでしょ?。
航はそれくらいなら一晩寝たら最低でも起きることくらいするよ?」

「え?そうなんですか?」

絶対に何かある。
他に航を縛り付けている何かが。
しかし、こうも世話が焼けるとなると、航はやっぱ私がいないとまだダメか。
体も大きくなって大人になったかと思ったけどまだまだ私がいなきゃかな。
でもいつまでもというわけにはいかないのも事実………。

「思いあたることは?」

「いえ……あれからすぐに寝てしまったので。でも私もなんとかしてあげたいです。西条さん……凄く苦しそうですから……」

出会って数週間の他人のことなのにまるで自分のことのように、いやそれ以上に心を痛ませている様子の宮瀬さん。明らかにその表情は陰り、辛そうだ。

「へー、なるほどなるほど。いい家政婦さんじゃん。じゃ、こういう時、どうしたらいいか教えてあげる。」

「な、何か方法があるんですか!?」

宮瀬さんは身を乗り出して食い付いてくる。あまりの勢いに私は少し仰け反る。

「うん。とっておきの航がだーーいすきやつ!」

私はニシシと笑うと宮瀬さんに耳打ちをする。みるみる宮瀬さんの顔が赤くなっていく。耳打ちが終わり、顔を放す頃には宮瀬さんの顔は真っ赤になっていた。

「そそそそそんなことできません!恥ずかしいです!」

「あ、嫌じゃないんだ」

「あ、えと……!」

宮瀬さんをからかうように笑う。反応が可愛くてつい意地悪をしてしまう。

「ま、やらないなら明日私がやるからいいけどね~。じゃ、私は航を迎えに行ってくるから~」

慌てる宮瀬さんを背に家を出ていき学校に向かう。宮瀬さんがやらなければ私がやるだけとは言ったけど、本当は私がやっちゃダメなんだ…。航のことを考えるなら…









教室に着くと夕日の中一人、航が机に突っ伏していた。航と私以外誰もいない夕焼けの空間。オレンジ色の夕陽が窓から入ってきて私達を照らす。部活の声も少しずつまばらになってきているが、まだ少し騒がしい。いかにも青春という感じがしてなんとなく少しロマンチック。状況が違えばだけど。

「ほーら、航ー行くよー」

航の背中を優しく叩きながら声をかける。こう見ると随分と大きくなったものだ。小学校の頃は私のが大きかったのに。

「もー、起きないか。可愛い家政婦さんも待ってるよ?」

一瞬ピクッと背中が動くがそれ以上のことはなかった。
よっぽど辛いことがあったんだろう。
航は……航はいつもそうだ。誰にも言わずに独りで悩んで。不器用なくせに…。
だから私がいてあげなくちゃいけなくて、でももう私がいちゃいけなくて……。

そんな葛藤もあるけれど、こういう状況だと懐かしい事を思い出す。
航が仲間外れにされたらいつも私が航のとこに行って………でも素直じゃないもんだから中々話してくれなくて……。

そんな懐かしさに浸っていたら気づけば私は航を背負っていた。
航は抵抗することもなく『いつも通り』私に体重を預けている。
昔も航がいじめられて連れ帰る時はこうしてあげたことがあったっけ。
だけど、いくらなんでも重すぎる…。
でも久々に航に触れるのは気持ちいい。

教室に着いた時は私があれをやろうかと思ったけど、やっぱり宮瀬さんに任せよう。私がいつまでも航の側にいてあげられるわけじゃない。

それに………今の私にはこの航の温かさで十分。背中いっぱいに伝わる航の体温。ただ、それを感じているだけで私は幸せなんだろう。重さなんか気にならないのがその証拠だ。

運動部で鍛えているからか、航を背負って学校を出ていくことになんとか成功する。重いけどこの重さが心地いい。校門を出て住宅街を歩く。肌寒くなってきて西日が眩しい。

「航、何かあったの?」
「………」

聞こえてはいるんだろう。だけど反応はない。これもいつもの航だ。

「久々に航がこうなってるとこ見たなー。航のことだからまた誰かのことで悩んでるんでしょ?」
「………」

返事はないがゆっくりと航のマンションに向かう。陽は次第に落ちていき普段は人がそこそこいる住宅街には私達以外誰もいない。

「誰のことなの?それくらいは聞かせてほしいな」

長い沈黙。ゆっくりと歩いて住宅街を抜けて公園に行く。
公園は誰もいなくて子供達も帰ったようだ。
公園に入ると航は背中を力無く叩く。
降ろしてほしい合図だ。私が航の脚を支えていた手を離すと、航はゆっくりと降りる。急に軽くなって楽にはなったが、淋しくもある。
俯いた航は口をゆっくりと開く。

「誰とは言えない……。でもその人を守りたい…。確かなことは言えないけど、俺はそうしたい……」

航は枯れきった声を絞り出す。

「できないの?」

航は俯いたまま拳を握る。ああ航、本気で苦しんでいて、悩んでるんだ……。

「無理だ……。あまりにも無力すぎる…。俺じゃ……!」

悔しさのあまり拳を握り締め、声を裏返して言葉を絞り出す。
航から流れる涙がアスファルトにシミを作っていくのが分かる。次第にその量が増えていき、唇を噛み締め、嗚咽を漏らす航。それを見た瞬間

「………!?」

私は航を抱き締めていた。航の顔を肩に乗せてなだめるように頭を撫でていた。

「ごめんね、私には難しいことは分からない。でも航がしたいようにすればいいよ。どんな航でも私は一緒にいるから。ずっと………応援してるから」

言い終えると、私は両手で航の肩を掴んでしっかりと目を見る。航の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。

「だからその人のところに行ってあげて!きっとその人も苦しんでるから!」

しっかりと掴んでいた手を離し、少し強く肩を押す。

「いってこい航!あんたといると私、すごい楽しいから!だからきっとその人も航を必要としてるから!」

航の目に力が戻り、涙を拭って力強く頷くとマンションへ走り出した。

あーあ、やっちゃった。
また抱き締めちゃった。もうやらないって決めてたのにな…。私もゆっくりとマンションへ向かう。夕陽ももうすぐ沈む。航の温もりは背中から消えつつあった。









村沢さんが家を出てから一時間ほどでしょうか、西条さんが帰ってきたら村沢さんが言っていた『あれ』をやるべきか悩んでいると玄関が開く音がして玄関に小走りで向かいます。
玄関では西条さんが膝に手をついて息を切らせていました。額には汗をかいていて走って帰ってきたのが一目で分かります。

「お、お帰りなさい、西条さん。」

お互いに顔を合わせてしばらく無言のままでいます。先程、村沢さんから聞いたあれ……。本当なんでしょうか……。
でも私がやらないなら村沢さんがやるって言ってましたし…。村沢さんに……いえ、他の人にやられるのはなんだか納得しません!

半分自棄やけになって私は膝に手をついていた西条さんの後頭部に手を回して、勢いよく胸に抱き抱えました。
西条さんも最初は慌てていましたが、すぐに落ち着いておとなしくります。

誰かが入ってきたら相当気まずい状況ですが、そんなことより今は西条さんのちからになりたい。今はそれだけでした。

「西条さん……私、西条さんの記憶を覗いてしまいました…」

一瞬反応する西条さん。その体は微かに震えていて普段は見れない西条さんでした。覗いた罪悪感がないと言えば嘘になるでしょう。しかし、今はそれでも西条さんを受け止めたい。

「きっと私が見ていないとこでも辛いことは数えきれないほどあったと思います………でも大丈夫ですよ」

なだめるように西条さんの頭を撫でる。西条さんの落ち着いた吐息が胸に当たって少しくすぐったい。西条さんの吐息と体温で体が熱くなります。

「私は西条さんの味方ですから。私は側にいますから。だから………西条さんも側にいて下さい」

この気持ちが何なのかはまだわからない。ただ、西条さんを守りたい。
西条さんの側にいたい。
その確かな気持ちだけで今は十分。
そう思えました。
西条さんが顔を微かに上げて口ごもり、発した言葉はか細いものでした。

「………だけど俺は……宮瀬さんを守れない…。俺じゃ……。見たんだ宮瀬さんのお兄さん、落葉さんの太刀筋を……。」

きっと西条さんも私と同じで私の記憶を見たのでしょう。でも見てもらえて嬉しいとさえ感じています。

「ええ、兄さんの斬撃を回避するのは難しいでしょう。私もまともに見えたことはありません。でも大丈夫です。あの斬撃を私なら封じられると思うんです。」

「で、でも……見えないんじゃ」

弱気に俯く西条さんを再び胸に抱き抱えます。恥ずかしい……そんな感情はありません。ただ、今は西条さんに伝えなければいけない言葉がある。
私達を繋げた言葉を。

「大丈夫。私を信じて立ち向かって」

あの時のように西条さんを見つめる。
ただ、あの時とは違うものがありました。この先幾度となく窮地は訪れるでしょう。でもその度に西条さんとなら乗り越えていける。そんな感覚を確かに手にしていました。
私の言葉を聞いて西条さんは顔をあげ、弱気で曇っていた目に光が戻ります。

「分かった!」

西条さんもあの時のように頷くと勢いよく立ち上がります。ただ、あの時と違うのは何の迷いもなかったこと。
ただ、その一点で私はどうしようもなく嬉しかった。

「宮瀬さん、試したいことがあるんだ。夜いいかな?」

西条さんは力強い眼差しで私を見据えると、私にそう言いました。

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