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第1章 落葉襲来 編
第9話「きみの孤独」
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ここは学校の教室だろうか。木造の古びた教室に座っていた。椅子も机も木製でかなり年季が入っている感じだ。周囲には教壇で黒板に魔方陣を書いて解説する腰の曲がった男性の老人と最前列で座る宮瀬さん以外誰もおらず、老人の声とチョークで黒板にカリカリと書く音だけが空間を支配していた。
俺はあのあと寝たはずだが、なぜこんな知らない場所に……。
見覚えはないが、似たような経験ならある。これは宮瀬さんと視界を共有しているんだ。そして前回から考えていたがこれは宮瀬さんの記憶なんだろう。そう思えば説明はできないが納得はいく。
教師とおぼしき老人の解説は何がなんだかさっぱりだが、それも終わったようだ。
「さて、紅葉様。今日はここまでです。次は皆さんと同じ授業ですから教室に戻ってくださいね。」
「はい。ありがとうございました」
授業が終わると老人は黒板をゆっくりと消しはじめる。宮瀬さんも広げていた教科書を革の鞄にしまって教室を出ていく。
廊下も木造になっており所々経年のせいか変色しているが、木材のにおいが気持ちを落ち着かせる。
廊下にいる生徒を見ると、ここは小学校なのだろうか。身長は高くはないが年相応に騒いでいて廊下を走り回ったりしている。
しかし謎の違和感がある。違和感を抱えながらも着いた宮瀬さんの教室は先程の教室の2つ隣ですぐに着く。
教室に入ると次の授業の教師だろうか、後ろ髪を団子にした細身の女性が教卓に教科書などを広げていた。
教室の生徒は休み時間特有のばか騒ぎをしていたが、宮瀬さんが入ってくるとこちらに気付いて、不気味なほどに急に静まり返る。
「紅葉様、魔力増強の特別授業は終わったのですか?」
「はい。滞りなく。」
「それはよろしかったです。さ、席についてください。」
教師に促され窓側の一番後ろの席に着く。外は一面くもり空が支配しており、教室も薄暗い。授業も始まっていくが、感じるのはまたも違和感。
何だろうか、俺とは違う意味で異物として扱われている感覚だ。
教室に入るなり生徒は静かになり、教師からの言葉使いは丁寧すぎる。
それだけが違和感の正体なのだろうか?。授業も終わり昼の時間になれば弁当を食べるために生徒は机をくっつけて食べ始めるが、誰一人として近寄ってこず宮瀬さんは一人で弁当を食べ始める。
周囲が何を話しているか気になって宮瀬さんが顔を向けると生徒は一斉に顔を逸らす。紅葉様がこちらを、畏れ多い、なんと巫女様が等とひそひそと囁く声が周囲から聞こえる。
ああ、そうか。異物は異物でも俺とは違って宮瀬さんは特別扱いされすぎているんだ。つまり違和感の正体はこれなんだ。意図的に距離をとられて特別扱いされる。きっとエデンでは俺が思う以上に儀式を行う宮瀬さんは特別視されているのだろう。
それがどれ程の孤独を生み続けたのだろうか。それがどれ程までに宮瀬さんを独りにしたのだろうか。それがどれ程苦しいだろうか。俺には推し量ることもできず、午後も孤独な宮瀬さんを見ていることしか出来なかった。
結局放課後まで誰も寄り付かず独りで下校していく。ただ、そんな孤独にも宮瀬さんの心は動じることなく、凍りついたかのような感情が伝わる。
それに加え曇り空に気分は暗くなるが、下校道は江戸時代に戻ったかと思うくらい和風の家が建ち並んでおり、タイムスリップしたように感じてしまう。
他の生徒もいるが相変わらず顔を意図的に合わせない。
宮瀬さんの家に着くとそこは以前見た和風屋敷で鹿威しの音が今日も聞こえていた。玄関に入ると宮瀬さん似の白髪の綺麗な和服を着た女性が玄関正面の階段から降りてきたところだった。
「あら、紅葉おかえりなさい。今日は家での鍛練ですよ。落葉も庭で待ってますから荷物は玄関に置いていいですからいってらっしゃい」
「はい、お母様」
母親に言われるがままに鞄を置いて玄関を出ていき、右手にある庭園に向かう。庭園は砂利が敷かれており、鹿威し、灯籠、池の中には鯉と立派なものだった。その静かな庭園の中心には以前も見た宮瀬さんのお兄さんが、真っ黒な和服を着て直立不動で待っていた。
「遅いぞ紅葉」
「申し訳ありません。」
普段からきつい目付きがより一層きつくなり、宮瀬さんを睨む。それに俺は怯んでしまうが、宮瀬さんは全く動じていない。
「まあ、いい。今日はお前の魔法に対する対策をしつつお前の魔力増強する鍛練だ。まさか逃げたしたり、反抗するなんてことはないとは思うが、万が一のためだ。」
「はい、心得ています」
先程から一貫して宮瀬さんの心は冷えきっていて悲しみも怒りもない。
ただあるのは虚無。何も寄せ付けず何も求めない。
「よし、では適当な魔法を使え」
「はい」
宮瀬さんは胸の前で手を合わせて詠唱をする。普段はこんなに長く詠唱をすることはないが大きな魔法でも使うのだろうか?。
足元に青い魔方陣もでてきて………
消えた!?
前方ではお兄さんが何か石を握り締めていて、その石には小さな刻印がされていた。
「なるほど。新しく作ったこの魔具、中々使えそうだ。」
「はい。詠唱、魔方陣が強制的にキャンセルされました。タイムラグもほとんどありません。」
魔具、恐らくお兄さんが握っている石のことだろうが詳細は分からない。
その後も宮瀬さんの詠唱をキャンセルするために杖、剣等様々な道具が出てきた。
その度に詠唱し、キャンセルされ、魔力が切れてきて膝をつけば胸ぐらを掴まれ、無理矢理立たされて詠唱させられて…。
これが宮瀬さんを殺すための鍛練……。
しかし、胸ぐらを掴まれても、突き飛ばされても、宮瀬さんからはほとんど感情が伝わってこない。
やっぱり納得できない。
こんなのおかしい。
宮瀬さんはただ辛いだけだ。何より死ぬためのレールをひたすら歩かされているだけだ。
学校でも皆から避けられて、家では死ぬためにボロボロになっても鍛練。
これでは宮瀬 紅葉という少女はどこにもおらず、ただ道具として儀式を行うために動かされているだけだ。
宮瀬 紅葉は誰にも認識されていない。
宮瀬 紅葉はエデンにはいなかった。
誰が彼女の存在を認めてくれたのだろうか。いや、恐らく誰もいない。
だからこそ宮瀬さんの心は冷えきっているのだろう。じゃあ、今の宮瀬さんはなんなんだ。
普段はクールだけどすぐに表情を変えて、焦って、笑って……そんな宮瀬さんはどうやって生まれたのだろうか。
結局鍛練は日が落ちても行われて、宮瀬さんが完全に立ち上がることができなくなるまで行われた。
庭園の砂利に突っ伏し魔力切れに近い状態であっただろう。息は荒く、呼吸がしづらい。陽は完全に落ちて、肌に刺さる砂利も冷えきっていた。苦しみはこんなにも伝わってくるのに………感情は凍りついたままだった。
「よし、ここまでだ。これだけやれば一日でかなりの魔力の増強ができたはずだ」
お兄さんは倒れている宮瀬さんを肩を持って軒から入り、部屋まで連れていく。
以前も見た狸の置物や掛け軸がある立派な和室には布団が敷かれており、そこに寝かされる。
体は疲労感で動かず、意識も途切れそうで視界が霞む。
「飲め。いつものだ」
そんな中、お兄さんに口に入れられたのは指一関節分もない小さなカプセル。
「朝になれば半分程くらいまでは魔力が回復している。じゃあな」
お兄さんはそれだけ言い残すと軒から再び庭に出ていく。
腰にかけていた刀を抜き振りかぶる………ヒュンッ。空気を裂くような音が袈裟斬りから少しして聞こえてくる。
早すぎる……。まるで見えなかった。
その後も連続して斬撃を繰り出したりと目にもとまらぬ斬撃が繰り返されていた。
その体捌きすらろくに目視することはできない。
捉えられない。まるで見えないのだ。
文字通り目にもとまらぬ早さの斬撃に俺は恐怖を確かに感じていた。
こんなやつと俺はあと2週間後に戦うのか?。
見えない斬撃。圧倒的な殺意。
その殺意にあてられただけで動けなくなりそうだ。いや、動けない。これだけは確信できた。
無理だ………あんなの勝てるわけがない…。異次元過ぎる。
しかし、こんな時でも宮瀬さんの心は動かない。冷たく凍りついている。
宮瀬さんはきっとずっとこんなことをやらされ続けてきたのだろう。
視界を共有しているだけでも吐きそうになる鍛練、そして自分がいないという孤独よりも辛い空虚感。
そんな思考をしていると以前のように意識を手放しそうになるが途端、光が視界を覆う。
眩しさに目をくらませるが目を開けると……まだ夜で部屋も先程と変わっていない。ただ違うのは座布団の上に置かれた水晶玉。
月明かりに照らされた水晶玉には宮瀬さんの顔が映っており、宮瀬さんはそこへ向かって両手の平を向けていた。
顔は地球に来た時と変わらずつい最近のことのようだ。
東堂くんが言っていた通り、王立図書館に忍び込んで見つけた本。
それによれば、東堂くんからもらったこの水晶玉で地球という場所が覗けます。そしてこの本に書いてある詠唱、刻印が完成すれば……。
水晶にはもう刻印がされています。
あとは詠唱をするだけ……。
ほんの少しの反抗心から生まれた人生で初めての反抗。
だから大丈夫。
一回だけだから。
そうしたらまた鍛練したりいい子にしてるから。
そんな宮瀬さんの言葉が心の中に響いている。
「水晶よ異界なる理に接続し、今その姿を映したまえ!」
詠唱が終わると宮瀬さんの顔が写っていた水晶玉が輝きだし、夜の繁華街を映し始める。
これは……地球だろうか。
先程の宮瀬さんの心に響いてきた言葉によればそうなのだろう。
「これが地球………私の知らない世界……」
凍りついていた宮瀬さんの心に初めて芽生えた憧れ。
凍りついた心が溶けていくように心は踊り必死になって水晶玉を覗き込んでいた。
繁華街で腕を組むカップル、飲み屋から出てきたサラリーマン、ビラを配る人、路上ライブをする若者。
様々な『異世界』が彼女の目に映り、憧れが増していく。
心は既に凍りついておらず、こんな言葉が響いていた。
逃げよう。こんな怖い世界、私のいない世界から。
宮瀬さんの心に確かな決意と、心の奥底から恐怖が沸き上がる。目標ができたからこそ恐怖をより強く自覚したのだろう。
そこまでで、視界が次第にぼやけていく。どうやら限界のようだ。視界も意識も闇に沈んでいき何も見えなくなる。宮瀬さんを守らねばならない。
ようやく生まれた彼女を殺してはならない。今までの曖昧な気持ちが固まっていくのを確かに感じていた。
だが、俺は落葉さんには手も足も出ないだろう……俺にできることなんて何があるだろうか…。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
~登場人物~
宮瀬落葉 180cm 75kg
宮瀬家には代々役割を執行するもの、それを監視する者がいる。落葉は後者にあたる紅葉の兄である。日本刀の使い手で紅葉の弱点を知り尽くしており、様々な魔具を使い紅葉を封じ込めることが可能。
また、目にも留まらぬ速さの体捌きと剣技は見切れた者はいないとされる。
俺はあのあと寝たはずだが、なぜこんな知らない場所に……。
見覚えはないが、似たような経験ならある。これは宮瀬さんと視界を共有しているんだ。そして前回から考えていたがこれは宮瀬さんの記憶なんだろう。そう思えば説明はできないが納得はいく。
教師とおぼしき老人の解説は何がなんだかさっぱりだが、それも終わったようだ。
「さて、紅葉様。今日はここまでです。次は皆さんと同じ授業ですから教室に戻ってくださいね。」
「はい。ありがとうございました」
授業が終わると老人は黒板をゆっくりと消しはじめる。宮瀬さんも広げていた教科書を革の鞄にしまって教室を出ていく。
廊下も木造になっており所々経年のせいか変色しているが、木材のにおいが気持ちを落ち着かせる。
廊下にいる生徒を見ると、ここは小学校なのだろうか。身長は高くはないが年相応に騒いでいて廊下を走り回ったりしている。
しかし謎の違和感がある。違和感を抱えながらも着いた宮瀬さんの教室は先程の教室の2つ隣ですぐに着く。
教室に入ると次の授業の教師だろうか、後ろ髪を団子にした細身の女性が教卓に教科書などを広げていた。
教室の生徒は休み時間特有のばか騒ぎをしていたが、宮瀬さんが入ってくるとこちらに気付いて、不気味なほどに急に静まり返る。
「紅葉様、魔力増強の特別授業は終わったのですか?」
「はい。滞りなく。」
「それはよろしかったです。さ、席についてください。」
教師に促され窓側の一番後ろの席に着く。外は一面くもり空が支配しており、教室も薄暗い。授業も始まっていくが、感じるのはまたも違和感。
何だろうか、俺とは違う意味で異物として扱われている感覚だ。
教室に入るなり生徒は静かになり、教師からの言葉使いは丁寧すぎる。
それだけが違和感の正体なのだろうか?。授業も終わり昼の時間になれば弁当を食べるために生徒は机をくっつけて食べ始めるが、誰一人として近寄ってこず宮瀬さんは一人で弁当を食べ始める。
周囲が何を話しているか気になって宮瀬さんが顔を向けると生徒は一斉に顔を逸らす。紅葉様がこちらを、畏れ多い、なんと巫女様が等とひそひそと囁く声が周囲から聞こえる。
ああ、そうか。異物は異物でも俺とは違って宮瀬さんは特別扱いされすぎているんだ。つまり違和感の正体はこれなんだ。意図的に距離をとられて特別扱いされる。きっとエデンでは俺が思う以上に儀式を行う宮瀬さんは特別視されているのだろう。
それがどれ程の孤独を生み続けたのだろうか。それがどれ程までに宮瀬さんを独りにしたのだろうか。それがどれ程苦しいだろうか。俺には推し量ることもできず、午後も孤独な宮瀬さんを見ていることしか出来なかった。
結局放課後まで誰も寄り付かず独りで下校していく。ただ、そんな孤独にも宮瀬さんの心は動じることなく、凍りついたかのような感情が伝わる。
それに加え曇り空に気分は暗くなるが、下校道は江戸時代に戻ったかと思うくらい和風の家が建ち並んでおり、タイムスリップしたように感じてしまう。
他の生徒もいるが相変わらず顔を意図的に合わせない。
宮瀬さんの家に着くとそこは以前見た和風屋敷で鹿威しの音が今日も聞こえていた。玄関に入ると宮瀬さん似の白髪の綺麗な和服を着た女性が玄関正面の階段から降りてきたところだった。
「あら、紅葉おかえりなさい。今日は家での鍛練ですよ。落葉も庭で待ってますから荷物は玄関に置いていいですからいってらっしゃい」
「はい、お母様」
母親に言われるがままに鞄を置いて玄関を出ていき、右手にある庭園に向かう。庭園は砂利が敷かれており、鹿威し、灯籠、池の中には鯉と立派なものだった。その静かな庭園の中心には以前も見た宮瀬さんのお兄さんが、真っ黒な和服を着て直立不動で待っていた。
「遅いぞ紅葉」
「申し訳ありません。」
普段からきつい目付きがより一層きつくなり、宮瀬さんを睨む。それに俺は怯んでしまうが、宮瀬さんは全く動じていない。
「まあ、いい。今日はお前の魔法に対する対策をしつつお前の魔力増強する鍛練だ。まさか逃げたしたり、反抗するなんてことはないとは思うが、万が一のためだ。」
「はい、心得ています」
先程から一貫して宮瀬さんの心は冷えきっていて悲しみも怒りもない。
ただあるのは虚無。何も寄せ付けず何も求めない。
「よし、では適当な魔法を使え」
「はい」
宮瀬さんは胸の前で手を合わせて詠唱をする。普段はこんなに長く詠唱をすることはないが大きな魔法でも使うのだろうか?。
足元に青い魔方陣もでてきて………
消えた!?
前方ではお兄さんが何か石を握り締めていて、その石には小さな刻印がされていた。
「なるほど。新しく作ったこの魔具、中々使えそうだ。」
「はい。詠唱、魔方陣が強制的にキャンセルされました。タイムラグもほとんどありません。」
魔具、恐らくお兄さんが握っている石のことだろうが詳細は分からない。
その後も宮瀬さんの詠唱をキャンセルするために杖、剣等様々な道具が出てきた。
その度に詠唱し、キャンセルされ、魔力が切れてきて膝をつけば胸ぐらを掴まれ、無理矢理立たされて詠唱させられて…。
これが宮瀬さんを殺すための鍛練……。
しかし、胸ぐらを掴まれても、突き飛ばされても、宮瀬さんからはほとんど感情が伝わってこない。
やっぱり納得できない。
こんなのおかしい。
宮瀬さんはただ辛いだけだ。何より死ぬためのレールをひたすら歩かされているだけだ。
学校でも皆から避けられて、家では死ぬためにボロボロになっても鍛練。
これでは宮瀬 紅葉という少女はどこにもおらず、ただ道具として儀式を行うために動かされているだけだ。
宮瀬 紅葉は誰にも認識されていない。
宮瀬 紅葉はエデンにはいなかった。
誰が彼女の存在を認めてくれたのだろうか。いや、恐らく誰もいない。
だからこそ宮瀬さんの心は冷えきっているのだろう。じゃあ、今の宮瀬さんはなんなんだ。
普段はクールだけどすぐに表情を変えて、焦って、笑って……そんな宮瀬さんはどうやって生まれたのだろうか。
結局鍛練は日が落ちても行われて、宮瀬さんが完全に立ち上がることができなくなるまで行われた。
庭園の砂利に突っ伏し魔力切れに近い状態であっただろう。息は荒く、呼吸がしづらい。陽は完全に落ちて、肌に刺さる砂利も冷えきっていた。苦しみはこんなにも伝わってくるのに………感情は凍りついたままだった。
「よし、ここまでだ。これだけやれば一日でかなりの魔力の増強ができたはずだ」
お兄さんは倒れている宮瀬さんを肩を持って軒から入り、部屋まで連れていく。
以前も見た狸の置物や掛け軸がある立派な和室には布団が敷かれており、そこに寝かされる。
体は疲労感で動かず、意識も途切れそうで視界が霞む。
「飲め。いつものだ」
そんな中、お兄さんに口に入れられたのは指一関節分もない小さなカプセル。
「朝になれば半分程くらいまでは魔力が回復している。じゃあな」
お兄さんはそれだけ言い残すと軒から再び庭に出ていく。
腰にかけていた刀を抜き振りかぶる………ヒュンッ。空気を裂くような音が袈裟斬りから少しして聞こえてくる。
早すぎる……。まるで見えなかった。
その後も連続して斬撃を繰り出したりと目にもとまらぬ斬撃が繰り返されていた。
その体捌きすらろくに目視することはできない。
捉えられない。まるで見えないのだ。
文字通り目にもとまらぬ早さの斬撃に俺は恐怖を確かに感じていた。
こんなやつと俺はあと2週間後に戦うのか?。
見えない斬撃。圧倒的な殺意。
その殺意にあてられただけで動けなくなりそうだ。いや、動けない。これだけは確信できた。
無理だ………あんなの勝てるわけがない…。異次元過ぎる。
しかし、こんな時でも宮瀬さんの心は動かない。冷たく凍りついている。
宮瀬さんはきっとずっとこんなことをやらされ続けてきたのだろう。
視界を共有しているだけでも吐きそうになる鍛練、そして自分がいないという孤独よりも辛い空虚感。
そんな思考をしていると以前のように意識を手放しそうになるが途端、光が視界を覆う。
眩しさに目をくらませるが目を開けると……まだ夜で部屋も先程と変わっていない。ただ違うのは座布団の上に置かれた水晶玉。
月明かりに照らされた水晶玉には宮瀬さんの顔が映っており、宮瀬さんはそこへ向かって両手の平を向けていた。
顔は地球に来た時と変わらずつい最近のことのようだ。
東堂くんが言っていた通り、王立図書館に忍び込んで見つけた本。
それによれば、東堂くんからもらったこの水晶玉で地球という場所が覗けます。そしてこの本に書いてある詠唱、刻印が完成すれば……。
水晶にはもう刻印がされています。
あとは詠唱をするだけ……。
ほんの少しの反抗心から生まれた人生で初めての反抗。
だから大丈夫。
一回だけだから。
そうしたらまた鍛練したりいい子にしてるから。
そんな宮瀬さんの言葉が心の中に響いている。
「水晶よ異界なる理に接続し、今その姿を映したまえ!」
詠唱が終わると宮瀬さんの顔が写っていた水晶玉が輝きだし、夜の繁華街を映し始める。
これは……地球だろうか。
先程の宮瀬さんの心に響いてきた言葉によればそうなのだろう。
「これが地球………私の知らない世界……」
凍りついていた宮瀬さんの心に初めて芽生えた憧れ。
凍りついた心が溶けていくように心は踊り必死になって水晶玉を覗き込んでいた。
繁華街で腕を組むカップル、飲み屋から出てきたサラリーマン、ビラを配る人、路上ライブをする若者。
様々な『異世界』が彼女の目に映り、憧れが増していく。
心は既に凍りついておらず、こんな言葉が響いていた。
逃げよう。こんな怖い世界、私のいない世界から。
宮瀬さんの心に確かな決意と、心の奥底から恐怖が沸き上がる。目標ができたからこそ恐怖をより強く自覚したのだろう。
そこまでで、視界が次第にぼやけていく。どうやら限界のようだ。視界も意識も闇に沈んでいき何も見えなくなる。宮瀬さんを守らねばならない。
ようやく生まれた彼女を殺してはならない。今までの曖昧な気持ちが固まっていくのを確かに感じていた。
だが、俺は落葉さんには手も足も出ないだろう……俺にできることなんて何があるだろうか…。
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~登場人物~
宮瀬落葉 180cm 75kg
宮瀬家には代々役割を執行するもの、それを監視する者がいる。落葉は後者にあたる紅葉の兄である。日本刀の使い手で紅葉の弱点を知り尽くしており、様々な魔具を使い紅葉を封じ込めることが可能。
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