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——最初に気づいたのは、私だったと思う。
私はこの屋敷で十年以上仕える使用人、エルナだ。
冷酷領主レオニス様の屋敷に、
女の気配など必要ないと信じてきた一人でもある。
だからこそ、
あの夜を境にした変化が、はっきり分かった。
「……見回りの人数を増やせ」
翌朝、食堂での指示。
声はいつも通り低く、簡潔。
だが、その内容が違っていた。
「屋敷内の巡回を重点的に。
特に——」
一瞬、言葉が途切れる。
「……ミサキの部屋の周囲は、念入りにだ」
食堂が、静まり返った。
(……今、なんと?)
私だけじゃない。
他の使用人たちも、明らかに動揺している。
「……かしこまりました」
誰かが答え、
ようやく空気が動き出した。
だが、そのざわめきは止まらない。
「ミサキ、って……」
「追放者の?」
「領主様、自分で名前を……?」
名前を呼ぶ。
それは、この屋敷では特別な意味を持つ。
役割で呼ぶのが常だった。
「使用人」「兵」「村人」。
——個人として扱うことなど、ほとんどない。
(……まさか)
その日の昼、厨房でのこと。
ミサキがいつも通り、
静かに作業をしていた。
「おはようございます」
誰にでも、同じ丁寧さ。
だが、以前と違う。
彼女の周囲には、
妙な緊張が漂っていた。
——視線。
羨望。
探るような目。
「……何か、ありましたか?」
私が声をかけると、
彼女は少し困ったように笑った。
「いえ……ただ、皆さんの様子が」
(……無自覚)
そのことが、
逆に厄介だった。
午後、屋敷の廊下で
レオニス様とすれ違ったときのことだ。
「……エルナ」
呼び止められ、
私は背筋を伸ばす。
「昨日の件だが」
——昨日。
夜の騒ぎ。
盗賊の侵入。
「ミサキの様子はどうだ」
心臓が、はっきり音を立てた。
(……様子、を気にする?)
「……少し疲れているようですが、
作業には支障はありません」
「そうか」
それだけ言って、
歩き出す。
——だが。
数歩進んでから、
足を止めた。
「……無理は、させるな」
短い言葉。
命令とも、
忠告ともつかない。
(……決定的だわ)
私は確信した。
その夜、
使用人たちの間で噂が爆発した。
「領主様、あの子の部屋の近くで見回りしてた」
「昨日、剣を抜いて真っ先に駆けつけたって」
「……まさか」
羨望と、不満。
特に、長く仕えてきた女性使用人たちの視線は鋭い。
(守られている、追放者)
それは、
妬まれやすい立場だ。
——そして、危うい。
数日後。
書斎から出てきたレオニス様が、
廊下の先にいるミサキを見つけた。
「……ミサキ」
名を呼ぶ声が、
明らかに柔らかい。
「はい」
彼女が振り返る。
「今日は、もう休め」
「え? ですが、まだ——」
「命令だ」
有無を言わせない口調。
だが、その目は、穏やかだった。
「……ありがとうございます」
彼女が頭を下げ、去っていく。
その背中を、
レオニス様は、しばらく見つめていた。
——気づいていない。
ご自身が、
どんな目をしているか。
(……これは)
恋だ、とは言えない。
だが。
守ると決めた者を見る目。
それを、
私は初めて見た。
同時に、
胸の奥がざわつく。
(……嵐が来る)
王都。
追放の理由。
そして、屋敷内の感情。
この静かな変化は、
必ず、波紋を広げる。
——その中心にいるのが、
ミサキだということを。
彼女は、
まだ、知らない。
私はこの屋敷で十年以上仕える使用人、エルナだ。
冷酷領主レオニス様の屋敷に、
女の気配など必要ないと信じてきた一人でもある。
だからこそ、
あの夜を境にした変化が、はっきり分かった。
「……見回りの人数を増やせ」
翌朝、食堂での指示。
声はいつも通り低く、簡潔。
だが、その内容が違っていた。
「屋敷内の巡回を重点的に。
特に——」
一瞬、言葉が途切れる。
「……ミサキの部屋の周囲は、念入りにだ」
食堂が、静まり返った。
(……今、なんと?)
私だけじゃない。
他の使用人たちも、明らかに動揺している。
「……かしこまりました」
誰かが答え、
ようやく空気が動き出した。
だが、そのざわめきは止まらない。
「ミサキ、って……」
「追放者の?」
「領主様、自分で名前を……?」
名前を呼ぶ。
それは、この屋敷では特別な意味を持つ。
役割で呼ぶのが常だった。
「使用人」「兵」「村人」。
——個人として扱うことなど、ほとんどない。
(……まさか)
その日の昼、厨房でのこと。
ミサキがいつも通り、
静かに作業をしていた。
「おはようございます」
誰にでも、同じ丁寧さ。
だが、以前と違う。
彼女の周囲には、
妙な緊張が漂っていた。
——視線。
羨望。
探るような目。
「……何か、ありましたか?」
私が声をかけると、
彼女は少し困ったように笑った。
「いえ……ただ、皆さんの様子が」
(……無自覚)
そのことが、
逆に厄介だった。
午後、屋敷の廊下で
レオニス様とすれ違ったときのことだ。
「……エルナ」
呼び止められ、
私は背筋を伸ばす。
「昨日の件だが」
——昨日。
夜の騒ぎ。
盗賊の侵入。
「ミサキの様子はどうだ」
心臓が、はっきり音を立てた。
(……様子、を気にする?)
「……少し疲れているようですが、
作業には支障はありません」
「そうか」
それだけ言って、
歩き出す。
——だが。
数歩進んでから、
足を止めた。
「……無理は、させるな」
短い言葉。
命令とも、
忠告ともつかない。
(……決定的だわ)
私は確信した。
その夜、
使用人たちの間で噂が爆発した。
「領主様、あの子の部屋の近くで見回りしてた」
「昨日、剣を抜いて真っ先に駆けつけたって」
「……まさか」
羨望と、不満。
特に、長く仕えてきた女性使用人たちの視線は鋭い。
(守られている、追放者)
それは、
妬まれやすい立場だ。
——そして、危うい。
数日後。
書斎から出てきたレオニス様が、
廊下の先にいるミサキを見つけた。
「……ミサキ」
名を呼ぶ声が、
明らかに柔らかい。
「はい」
彼女が振り返る。
「今日は、もう休め」
「え? ですが、まだ——」
「命令だ」
有無を言わせない口調。
だが、その目は、穏やかだった。
「……ありがとうございます」
彼女が頭を下げ、去っていく。
その背中を、
レオニス様は、しばらく見つめていた。
——気づいていない。
ご自身が、
どんな目をしているか。
(……これは)
恋だ、とは言えない。
だが。
守ると決めた者を見る目。
それを、
私は初めて見た。
同時に、
胸の奥がざわつく。
(……嵐が来る)
王都。
追放の理由。
そして、屋敷内の感情。
この静かな変化は、
必ず、波紋を広げる。
——その中心にいるのが、
ミサキだということを。
彼女は、
まだ、知らない。
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