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屋敷の朝は、
いつもより静かだった。
鳥の声は聞こえるのに、
人の気配だけが、
不自然なほど薄い。
それは、
嵐の前の静けさに似ていた。
私は、
廊下を歩きながら、
昨夜の侵入者の言葉を反芻していた。
——揺れている者が、二人。
王都に家族を残している者。
屋敷を心から愛している者。
(……どちらも、
理由としては十分すぎる)
人は、
裏切りたくて裏切るわけじゃない。
守りたいものがあるから、
選んでしまうだけだ。
「……ミサキ」
背後から、
レオニス様の声。
振り返ると、
彼はすでに“決断する顔”をしていた。
「……今から、
全使用人を集める」
「……確認、ですか」
「いや」
短く、
首を振る。
「——試す」
胸が、
わずかに締めつけられる。
広間に集められた使用人たちは、
皆、
戸惑いと緊張を隠しきれていなかった。
「……昨夜、
王都の刺客を捕らえた」
ざわめき。
「この屋敷の中に、
王都と繋がる者がいる」
一瞬、
空気が凍る。
「今すぐ名乗り出れば、
命は保証する」
静まり返る広間。
誰も、
動かない。
——当然だ。
名乗り出るということは、
すべてを失うということだから。
「……だが」
レオニス様の声が、
一段低くなる。
「今夜までに、
自ら動いた者がいれば、
それは“敵”とみなす」
その言葉に、
使用人たちの呼吸が揃って乱れた。
私は、
一人一人の顔を見た。
目を伏せる者。
唇を噛む者。
平静を装う者。
(……揺れてる)
その中で。
——エルナさんは、
微動だにしなかった。
表情も、
姿勢も、
いつも通り。
(……だからこそ、
怖い)
会は、
それだけで解散となった。
その夜。
私は、
眠れずにいた。
月明かりが、
部屋の床に細長く伸びている。
(……今夜、
動く人がいる)
根拠はない。
でも、確信があった。
——カチリ。
遠くで、
小さな音。
私は、
静かに身を起こした。
廊下へ出ると、
ランプの明かりが、
揺れている。
(……誰かいる)
足音を殺し、
影を辿る。
向かった先は——
帳簿庫とは逆方向。
(……裏門)
——ガチャ。
鍵の音。
次の瞬間。
「……やはり、
来たか」
低い声が、
闇を裂いた。
「——っ!」
振り向いた先にいたのは、
レオニス様。
そして。
その足元に、
立ち尽くす影。
「……エルナ、さん……」
彼女は、
手に小さな包みを持っていた。
「……ごめんなさい」
その声は、
震えていなかった。
「私は……
選んでしまった」
「……何を、ですか」
喉が、
痛い。
「屋敷を」
彼女は、
目を伏せる。
「この屋敷を守るために、
王都に情報を流した」
「……守る、ため?」
「王都は、
完全に潰すつもりだった」
静かな告白。
「でも、
少しずつ情報を渡せば、
“監視”で済むと思った」
——善意。
歪んだ、
善意。
「……あなたを、
巻き込むつもりはなかった」
「……でも、
結果的に——」
「……ええ」
彼女は、
頷いた。
「裏切りです」
沈黙。
長い、
沈黙。
「……処分は、
受けます」
その言葉に、
私は胸を締めつけられた。
「……でも」
彼女は、
私を見た。
「あなたは、
間違っていない」
「……」
「レオニス様の隣に立つ資格が、
ある人です」
——それは、
許しではなかった。
託す言葉。
レオニス様は、
静かに命じた。
「——拘束しろ」
使用人が、
動く。
エルナさんは、
抵抗しなかった。
連れて行かれる背中を、
私は見送った。
(……これが、
選択の結果)
「……ミサキ」
呼ばれて、
顔を上げる。
「これで、
もう引き返せない」
「……はい」
迷いは、
なかった。
「——なら、
次は攻める」
彼の目が、
はっきりと敵を見据える。
「王都が動く前に、
こちらから動く」
——覚悟が、
共有された瞬間だった。
いつもより静かだった。
鳥の声は聞こえるのに、
人の気配だけが、
不自然なほど薄い。
それは、
嵐の前の静けさに似ていた。
私は、
廊下を歩きながら、
昨夜の侵入者の言葉を反芻していた。
——揺れている者が、二人。
王都に家族を残している者。
屋敷を心から愛している者。
(……どちらも、
理由としては十分すぎる)
人は、
裏切りたくて裏切るわけじゃない。
守りたいものがあるから、
選んでしまうだけだ。
「……ミサキ」
背後から、
レオニス様の声。
振り返ると、
彼はすでに“決断する顔”をしていた。
「……今から、
全使用人を集める」
「……確認、ですか」
「いや」
短く、
首を振る。
「——試す」
胸が、
わずかに締めつけられる。
広間に集められた使用人たちは、
皆、
戸惑いと緊張を隠しきれていなかった。
「……昨夜、
王都の刺客を捕らえた」
ざわめき。
「この屋敷の中に、
王都と繋がる者がいる」
一瞬、
空気が凍る。
「今すぐ名乗り出れば、
命は保証する」
静まり返る広間。
誰も、
動かない。
——当然だ。
名乗り出るということは、
すべてを失うということだから。
「……だが」
レオニス様の声が、
一段低くなる。
「今夜までに、
自ら動いた者がいれば、
それは“敵”とみなす」
その言葉に、
使用人たちの呼吸が揃って乱れた。
私は、
一人一人の顔を見た。
目を伏せる者。
唇を噛む者。
平静を装う者。
(……揺れてる)
その中で。
——エルナさんは、
微動だにしなかった。
表情も、
姿勢も、
いつも通り。
(……だからこそ、
怖い)
会は、
それだけで解散となった。
その夜。
私は、
眠れずにいた。
月明かりが、
部屋の床に細長く伸びている。
(……今夜、
動く人がいる)
根拠はない。
でも、確信があった。
——カチリ。
遠くで、
小さな音。
私は、
静かに身を起こした。
廊下へ出ると、
ランプの明かりが、
揺れている。
(……誰かいる)
足音を殺し、
影を辿る。
向かった先は——
帳簿庫とは逆方向。
(……裏門)
——ガチャ。
鍵の音。
次の瞬間。
「……やはり、
来たか」
低い声が、
闇を裂いた。
「——っ!」
振り向いた先にいたのは、
レオニス様。
そして。
その足元に、
立ち尽くす影。
「……エルナ、さん……」
彼女は、
手に小さな包みを持っていた。
「……ごめんなさい」
その声は、
震えていなかった。
「私は……
選んでしまった」
「……何を、ですか」
喉が、
痛い。
「屋敷を」
彼女は、
目を伏せる。
「この屋敷を守るために、
王都に情報を流した」
「……守る、ため?」
「王都は、
完全に潰すつもりだった」
静かな告白。
「でも、
少しずつ情報を渡せば、
“監視”で済むと思った」
——善意。
歪んだ、
善意。
「……あなたを、
巻き込むつもりはなかった」
「……でも、
結果的に——」
「……ええ」
彼女は、
頷いた。
「裏切りです」
沈黙。
長い、
沈黙。
「……処分は、
受けます」
その言葉に、
私は胸を締めつけられた。
「……でも」
彼女は、
私を見た。
「あなたは、
間違っていない」
「……」
「レオニス様の隣に立つ資格が、
ある人です」
——それは、
許しではなかった。
託す言葉。
レオニス様は、
静かに命じた。
「——拘束しろ」
使用人が、
動く。
エルナさんは、
抵抗しなかった。
連れて行かれる背中を、
私は見送った。
(……これが、
選択の結果)
「……ミサキ」
呼ばれて、
顔を上げる。
「これで、
もう引き返せない」
「……はい」
迷いは、
なかった。
「——なら、
次は攻める」
彼の目が、
はっきりと敵を見据える。
「王都が動く前に、
こちらから動く」
——覚悟が、
共有された瞬間だった。
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