牢獄王女の恋

小ろく

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 スーミア王国の王都ワイエスの街外れにあるサリバン監獄は、ガブリエルの今までの人生に最も縁のない建物だった。
 まさかこんなところに来なくてはならなくなるとは今日の夕方までは想像もしなかった。
 冷え冷えとするのは石造りの物々しい外観のせいだけではなく、中に入っても寒く薄暗く冷たい空気が全身を包む。
 
 なんでオレがこんなところに……。
 
 黒いマントのフードを深く被り、ひとりの男に付いて歩くガブリエルからは愚痴しか出てこない。
 コツコツと靴音が響く細い回廊を進み、螺旋階段を降り地下へ。かび臭く湿った空気が纏わりつき、喫えた臭いがする。
 特別凶悪犯が住まうこの地下室の最奥、そこにガブリエルの目的がある。
 
「旦那様、ここでございます」
 
 案内した男が立ち止まる。
 重く汚い木のドアにあるのぞき窓の蓋を開け、ガブリエルは中を覗いた。
 中には薄い使い込まれて凹んだ染みだらけのマットレスの敷かれたベッドと衝立がひとつ。衝立の後ろに排泄用の穴があるのだろう。
 天井の近くに小さな長方形の鉄格子が填め込まれた窓がひとつ。窓と言ってもガラスは填め込まれていないので雨風は入り放題だ。
 部屋を見渡してから目的のものだろう塊を見る。
 ベッドの上、毛布の塊にしては大きいので中に人が入っているだろうことがわかる。
 ガブリエルがのぞき窓を閉め男に頷くと、男はその牢獄の扉の鍵を開けた。
 カチャリと錠の外れる音が静寂に響き、毛布の塊がビクリと動いた。
 扉が開きガブリエルが中へ入ると、塊が振り向く。
 毛布を頭から被り小さく畳んだ身体に巻き付けて、目元だけが隙間から出ている。
 無表情なグレーの瞳がじっとガブリエルを見る。
 ガブリエルもその瞳を見つめながら、目だけが出ている塊の前に進んだ。
 
「コーデリアか?」
 
 ガブリエルがその塊に声をかけると、巻かれていた毛布が解け中身が出て来た。
 滑り落ちた毛布から現れたのは、湿ってぼさぼさの金髪の痩せた小さな顔の少女。
 頬はこけて頬骨が浮き出て、大きなグレーの瞳が大きく見開かれてガブリエルを見つめる。
 
「神父さまですか?」
 
 小さな唇から出たソプラノの幼い声がガブリエルに尋ねる。
 
「いいや、違う。俺はガブリエル。お前を迎えに来た」
 
 見開かれた瞳が更に大きくなり、唇が大きく開く。
 
「天使さまが迎えに来たぁ……」
 
 驚きを隠さずため息のような声で、まさか感動しているのかもしれないとガブリエルは思った。
 その感動は間違っている。天使の名前は付けられているが、ガブリエルは天使ではない。
 
「残念ながらそれも違う。しかしここよりはマシなところへ連れて行くから安心しろ」
 
 低い声で抑揚もなく、説明すらないのだから安心出来る要素はひとつもない。
 それでも少女は毛布を脱いで粗末な綿のワンピース姿でベッドから立ち上がった。
 その足も腕も折れそうなほどやせ細った貧相な身体をしていたが、ガブリエルを見上げる少女には不思議な力があった。
 
 これも血によるものなのか……。
 
 ガブリエルは見下ろして少し感心してから少女の身体を脱いだマントで包み、子供を抱えるように片腕で抱き上げた。
 見た目通り軽く、尻からも浮き出た骨が腕に当たった。
 
「コーデリアで間違いないな」
「はい。わたしの名前はコーデリアで間違いないです」
「よし。行こう」
 
 ひとかけらの笑顔もないガブリエルの顔をコーデリアは抱きかかえられながらまじまじと見つめていた。
 なにか言いたげに見られているのはわかっているガブリエルだったが、まずはここから一刻も早く出たかったので視線を無視した。
 この饐えた空気が身体に染み付きそうで気持ちが悪かった。ここで死んでいった者の恨みが臭うように漂って掴まりそうな気分にもなる。
 過去の亡霊が追いかけてくる前にここを出てしまいたい。
 牢獄を出るとドアを閉め、男に付いて来た道を戻った。
 ここの誰がいなくなっても、きっと誰も気にはしないだろう。
 コーデリアが誰で、どうしてここに居たのかを知る者はほんの数人しかいない。
 その誰からも漏れる心配がないと言い切れるのは、知っている人間はガブリエル以外にはガブリエルの叔父夫婦とこの男だけだからだ。
 叔父夫婦は言わずもがな、男も叔父が信頼している手の者だ。
 コーデリアは存在自体なかったことにされた少女だから他の誰が知る由もない。
 サリバン監獄を出ると来た時に繋いであった馬車に乗り込む。御者は一緒に出てきた男が来た時同様務めた。
 コーデリアを馬車に座らせ走り出すと、ガブリエルは今日何度目かの大きなため息を吐いた。
 本当に面倒なのはこれからなのだ。
 この娘のせいで生活が変わっていくことに一抹どころか盛大な不安が襲い、頭痛がするガブリエルだった。
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