牢獄王女の恋

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 天使の家の食べ物はさすがだとコーデリアは感心してしまった。
 馬車で移動している時も、今まで食べたことの無い食べ物を沢山もらった。
 特に美味しかったのはグニュっとしたものが沢山入ったパンだ。
 ラリサが言うにはドライフルーツというものが入っているらしいのだが、甘かったりすっぱかったりするものがゴロゴロと入っていて本当に美味しかった。
 一緒に飲んだ茶という飲み物も最初は熱くて驚いたが、もうすっかり大好きだ。あれを飲むとおなかのなかまでホカホカになる。味も美味い。
 しかし家に着いてから出されたあの菓子というものは別格だ。神の御業を舌で知った。これは普通の人間の作れるようなものではない。いい匂いがして甘くて柔らかくて口の中を喜びでいっぱいにする。
 一口で終わってしまうのでみっつもらったそれはあっという間になくなってしまい皿の上のカスも勿体なくて拾ってしまった。そしたら天使が怒った。
 コーデリアは天使というものを詳しくは知らないが、ガブリエルは神の言葉を伝える使者だからガブリエルの言うことは神様の言うことだ。
 母から教えられた。神様は天にいていつでもコーデリアを見ている。神様の言葉はいつも正しく神様の言葉に従って生きなくてはいけない。今この場にいて寒さに耐えることも神様が与えているもので、それには必ず理由がある。
 話の半分もよくわからなかったが、とにかく神様の言葉は正しく神様の言葉に従わなくてはならない。
 だから神の言葉を伝える天使ガブリエルの言葉は従わなくてはならない神の言葉だ。
 怒られたということはしてはいけない事だったということだ。
 あまりに美味しすぎて夢中になってしまったが、これはしてはいけなかったことらしい。
 カスは拾ってはいけないが、モーガンに言えばもっと貰えるという。
 モーガンは今日初めて逢ったがラリサのようにとても優しい顔をしている。
 偉いと言うのでそうなのかと思ったら偉くなかった。やはり一番偉いのはガブリエルだ。天使なのだからそうなのだろう。
 コーデリアが欲しいものをくれるひとだというので、ガブリエルに言われた通り欲しいことを伝えるとまたみっつくれた。さらにふたつくれた。
 本当はもっと食べたかったが夕食が食べられないと困ると言う。それは大事なことだろうか? この菓子の方がコーデリアには大事だが、ガブリエルもモーガンと同じように思っていそうだったので諦めた。
 ちょっとがっかりしたが、ここにいればまた食べられるようなことがあるだろうか? 残ったそれは他の誰かが食べてしまうのだろうかと考えていると、音が鳴って女が入って来た。
 母ともラリサとも違う感じ。強いて言えばダイアナのような感じ。
 飛び出た乳房に驚いた。ダイアナもこんなには飛び出していなかったし、母は骨が浮いていて硬かった。自分のはもちろんぺったんこだ。

 こんな乳房が存在するとは!

 シャロンとガブリエルの会話はほとんど意味がわからなかったが、モーガンに連れられて部屋を出された。
 今日からここがお前の部屋だと言われたところへ戻されるのだと思ったが、モーガンが他にもひとがいるのを見に連れてってくれるという。
 みんな同じような恰好をして、モーガンのように優しい顔をしていた。
 天使の側にいるとみんな優しくなるのだろう。
 座っていろと言われた目の前にはキラキラと輝くものが置かれていた。
 つやつやで甘い匂いもしている。これは食べ物だろうか?
 じっと見ているとエミリーという女が『りんご好きですか? 食べますか?』と言われた。よくわからないが頷くと『じゃあ一緒に食べましょう』と言ってひとつを持って行ってしまった。食べましょうと言うので食べていいのだとわかりひとつを手に持って齧ってみた。

 かたい! あ! なんだこれ! なんかでてきた!
 
 かじったところから水が出て、それが甘い。驚愕するほど甘い。
 噛むとシャクシャクして面白い。りんごと言っていた。りんごは確か……母にりんごの話を聞いたことがあった気がしたが思い出せない。
 思い出すとかそれどころでもない。こんなすごいものがあるなんて信じられない。
 さっきは菓子を八個食べた。ということはこれも八個までは食べて大丈夫だ。
 勝手な解釈ではあったが目の前の籠には五個のりんごが入っていて、コーデリアはすべて食べてしまった。
 するとお腹がギューっと張って、胸まで苦しい気がした。
 エミリーが剥いて切ったりんごを持って戻って『まぁ! 全部そのまま食べてしまったのですか?』と驚いた声に驚き、気が付くと口から噴水のように食べたものが飛び出た。
 噴水を被ったエミリーが叫んだが、胃の内容物が飛び出てしまったら苦しかったことが嘘のようにすっきりしたのでコーデリアにはその事の方が大事だった。
 モーガンが座り込むエミリーに事の次第を確認しガブリエルも飛び込んできたが、コーデリアはギューっとして胸まで苦しかったのがすっきりしてホッとしていた。
 ガブリエル言われてモーガンとエミリーと部屋に戻って風呂に入れられた。
 エミリーに『大丈夫ですよ。気にしなくていいですよ』と何度も言われた。
 コーデリアは頷いて、言われた通り気にしなかった。

 夕飯まで部屋で待っていろと言われたのでひとりきりになった。ひとりきりの時間を過ごすのは慣れているし、どうすればいいかわかっている。
 この部屋にはあの元居た場所と違って大きな窓がある。
 コーデリアは窓辺に座って今までしていた通りのことをして過ごした。
 空を見て鳥が通り過ぎるのを待ったり、空の色が変わる瞬間にたまに見る事が出来る不思議な色が今日は見られるかを期待したりするのだ。
 この家の窓は低いところにあるので、空だけではなくいっぱいの草や遠くにある家も見える。
 小さかった空がこんなにも広がっているのだから見ているだけでドキドキしてくる。この窓からなら何年だって見続けても空はコーデリアを退屈させないだろう。
 見続けているうちに空は薄暗くなり今度は星がうっすらと見えてくる。
 更に暗くなると星はキラキラと輝くので、コーデリアはそれがこんなに沢山あるのだということを初めて知る。
 本当にここはすごいところだ。
 
 夕食はシャロンも一緒だった。
 シャロンは常ににこやかでコーデリアを興味深そうに見ていた。
 天使のご機嫌は人間の計り知れるものではないのでわからない。ただ、食事の量が少ないのは先ほど吐き出したことがいけなかったらしいというのはわかった。
 それでも食べたことのないものばかりで美味しかった。もっとあったらもっと食べられたが、もっとは出してもらえなかった。

 ラリサが着替えを手伝ってフカフカのベッドに入れられた。『ゆっくりお休みください』というと出て行ってしまったので、これからは一緒に寝ないのだとわかった。
 ひとりで寝ることは天使が来る前はいつものことだし慣れているはずだった。
 それが少しウトウトしそうになるのだがすぐに目が覚めて寝付けず、広い部屋は慣れてないので胸が少しモヤモヤして尻の穴がモジモジする感じがした。
 こんな時はいつものように星や月を見て過ごそうと思い窓辺に行った。
 さっき空を見ていた時は部屋も明るくて広いなーと嬉しく見ていたが、暗い部屋から見上げるとまるで違う風景になった。
 広がる暗闇に浮かぶ星が一層輝いて、ふと空が落ちてくるような感覚があった。
 はっと息を呑んで空から視線を剥がすが、身体が暗闇に包まれてあの元の場所に再び戻ったような錯覚がして恐怖が襲った。
 気が付けば下着を濡らしてしまっていた。
 着替えはラリサがくれるがラリサがどこにいるのかはわからない。
 でも天使の部屋は知っている。モーガンがこの部屋に来る途中のドアを指して『ここがガブリエル様のお部屋です』と教えてくれたのだ。
 コーデリアの部屋からひとつ挟んだドアだった。
 天使の顔を見ればちゃんとここにいられることが確認出来る気がしてコーデリアはガブリエルの部屋にそのままで向かった。

 コーデリアはノックというものを知らない。あの元居た場所ではされたこともなかったし、ここに来てからもラリサは気が付けばいるのでノックを聞いたことがない。
 だからガブリエルの部屋のドアも何もせずそのまま開けた。
 モゾモゾとベッドで動く姿が暗闇に慣れた目で見え、なにか声も聞こえているので側まで行く。
 ガブリエルがシャロンの上に身体ごと乗り、手がシャロンの足を持ち上げて撫でている。
 コーデリアには何をしているのかわからなかったが、シャロンがうっとりとした声を出しているのでガブリエルが乗っているが重くはないのかもしれないと思い更にまじまじと見ていた。
 その視線に気が付いたシャロンと目が合い、ガブリエルを振り向かせたと思ったら、ものすごい勢いで布団で身体を隠して怒鳴られた。
 コーデリアの身体がビクリを固まった。裸は見てはいけないものだったのだろうか? 怒られるものを見てしまったのだろうか?
 何をしに来たのか、眠れないのかと聞かれ、空が落ちてきそうになって怖くて漏らしたと伝えようと『ぬらした』と答えると、ガブリエルは布団に突っ伏した。
 シャロンに連れられて風呂場で着ている物を脱ぎ、身体を拭いてもらった。

「ひとりで寝るのが怖くなったの?」
「空を見ていたら空が落ちてきて、あの暗いところに戻りそうで怖くなりました。あそこはもう絶対にいやだから……」
「……そっかー。それは怖かったわね。大丈夫よ。あそこへはガブリエルが戻さないわ。大丈夫よ、安心していいわ。ああ見えて実は真面目で責任感だけはちゃんとあるひとよ」

 シャロンが『あそこ』をわかっているのかは知らないが、ガブリエルが戻さないから大丈夫だと言われて無意識に身体の力が抜けた。
 シャロンは微笑んで丁寧に身体を拭いてくれた。

「怖い時はいつでもガブリエルのところに来てもいいのよ。今日も一緒に寝ましょう。大丈夫よ、ここはあなたが安心していい場所なのよ」

 シャロンは親切だった。
 コーデリアの肩を撫でながらコーデリアの恐怖を消してくれた。
 ガブリエルは驚いた顔をしていたがベッドに入れてくれ、となりに寄り添ってくれた。
 ずっと気になっていた大きな乳房にガブリエルのように顔を突っ込むと、暖かくて柔らかくて気持ちが良かった。
 背中を叩かれていると母が生きていた頃毎夜してくれていたのを思い出した。
 シャロンのようにふわふわではなかったが、毎夜抱きしめて眠り、こうして背中を撫でたり叩いてくれた。
 懐かしくて胸がキュっとなって、暖かさで瞼が重くなり意識が遠のいた。


 夢現で思い出したが、りんごはアダムとイブが楽園を追い出された時に食べたものだ。
 神様が食べてはいけないと言ったのに食べたから追い出された。
 コーデリアはガブリエルがダメだと言ったものは決して食べないようにしなくてはと夢の中で決意した。
 それでもりんごはもう一度食べたいな……とも思いながら。
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