牢獄王女の恋

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 ガブリエルはエミリーにコーデリアのバスルームを使っていいからふたりで綺麗になってこいと言った。
 エミリーは泣きそうになりながらコーデリアを連れたモーガンと一緒に二階にあるコーデリアの部屋にある風呂場へ向う。
 食堂を片付けるよう他のメイドに言い残してガブリエルはぐったりしながらシャロンとリビングに戻った。
 この短期間で二度も吐瀉物まみれのコーデリアを見ることになるとは。
 食べるという本能はやはり野生。
 気の毒な少女だとはわかっているし、同情もしている。しかし躾の行き届いた人間としか接したことの無いガブリエルが理解するには野生すぎる到着初日の有り様に、頭痛が当分治らないだろうことを確信してしまう。

「面白そうな子供だわ」
「無責任なことを言うな……」

 楽しそうに笑っているシャロンを睨んでみるが、無関係のシャロンなので無責任なのは当たり前のことだ。




 *****




 あんなことがあったため、かわいそうではあるがコーデリアの夕食はシャロンの半分程度の量だった。

「夕方盛大に吐いたんだ。お前には段階を踏んで食事の量を調整する」

 旅の初日はパンやサンドウィッチだったから負担も少なかったのだろう。
 二日目で吐いたので翌日から帰宅までもオートミールやスープとパンといった負担にならない食事だった。
 それが帰宅した途端食べ放題をしてしまってあの参事を起こしたのだ、ガブリエルは食事の調整はきちんとしなくてはいけないと胆に銘じた。
 コーデリアは不満な顔もせず出されたものをフォークだけで食べた。
 そのフォークの持ち方も逆手で本来なら注意すべきだったが、ガブリエルは何も言わずそのまま食べさせた。
 今日はもうコーデリアに使う体力は使い切ってしまっている。
 メニューは火の通った野菜や魚がメインだったし、パンもひとつしか渡さなかったので負担にはならないだろう。
 風呂は済んでいるので食事が終わるとラリサに寝かしつけるよう頼んだ。
 ガブリエルはシャロンを連れて自室に戻り、ソファーでワインを飲みながら旅の間にコーデリアにあったことを話して愚痴った。

「本当に、オレに子供を預けるなんてどうかした話だ。どうすればいいのかさっぱりわからないよ」
「あらー、楽しい旅だったじゃない。退屈しなかったでしょ?」
「オレは退屈が好きなんだよ」
「それはわたしが退屈な女だってこと?」
「刺激は君だけで充分だっていう話しだよ……」

 ガブリエルはシャロンの首に顔を寄せた。
 唇を這わせるとくすぐったそうにしながらガブリエルの頬をシャロンの手が包む。
 慣れた手つきでシャロンの腰に回した手で背中を撫でドレスのボタンを外していくと、シャロンの手がガブリエルのジャケットの中に入り肩を撫でるようにして内側から脱がした。
 くちづけを繰り返しながらドレスを脱がすと、ガブリエルはシャロンを抱きかかえてベッドへ移動する。
 何度も繰り返されたことのある手順で裸になったふたりが隙間なくぴったりと重なり、ガブリエルの唇や指がシャロンを喜ばせる。
 ふたりの息が上がるほどの熱の交換に夢中になって気付かなかった。
 シャロンが息を呑んだが、ガブリエルはそれが最中によくある喜びだと思い手を止めなかった。

「ガブリエル! ちょっと待って!」
「待たない」
「違う! ちょっと待って!」
「だめだ、待てない」
「見られてるからっ!!」

 ガブリエルは胸にうずめていた顔を咄嗟に上げてシャロンを見る。
 シャロンが両手で胸を隠しながら顎でガブリエルの肩越しの向こうを指す。
 嫌な予感がガブリエルを包みゆっくりと振り返ると、白い影がぼんやりと浮かんで見える。

 コーデリア!!!

 声にならない叫びをあげて、ガブリエルは足元に丸まった布団を掴んで引き上げシャロンと自分の裸を隠した。

「なんでこんなところに!」

 焦って声が大きくなる。
 コーデリアはガブリエルの声に身体をビクリとさせた。

「ちょっと、子供に怒鳴ったらだめよ」

 シャロンに背中を撫でられて、ガブリエルは頭を振って冷静な自分を探した。

「コーデリア、何をしているんだ。部屋で寝ていたんじゃないのか? 眠れないのか?」

 出来る限り落ち着いた声で話しかけ、コーデリアを窺う。
 なにか違和感がある。ネグリジェを握ってモジモジしている。

「ひとりで寝るのが怖かったのかしら?」

 シャロンに言われて、牢獄ではひとりで寝ていたが旅の間はラリサと同室だったことを思い出す。
 初めての広い部屋で寝るのが怖くなったのかもしれないとガブリエルは思ったが、なにか別の違和感がある。

「ぬらしました……」

 コーデリアがガブリエルに向かって言うのだが、意味が解らなかった。
 何のことかと考えていると、シャロンが先に気が付いた。

「ガブリエル。この娘、おもらししちゃったのかも……」

 ガブリエルは抱えた布団の中に頭を突っ込んだ。

 なんてことだ……。勘弁してくれ……。
 上からの次は下からもなのか。トイレの躾は出来ていたはずなのに……。

「とにかく洗って着替えないと」

 シャロンがベッドカバーを引っ張り身体に巻きつけると、バスルームへ行きガブリエルのガウンを着て戻って来た。
 半ば放心していたガブリエルだったが、脱ぎ捨てた寝間着のズボンを拾って履きラリサを呼びに行こうとしたのをシャロンに止められた。

「旅から帰ってやっとひとりで休めるのに起こすのは気の毒だわ」

 老年のラリサを気遣ったシャロンはコーデリアの肩を抱いた。

「君が洗うのか?」
「あなたにこの娘の始末が出来るの?」
「馬鹿を言うな」
「じゃあしょうがないじゃない。このままにはしとけないでしょ」

 唖然とするガブリエルを放置して、シャロンはコーデリアを風呂場へ連れて行った。
 コーデリアのお漏らしにも驚いたが、シャロンがそれを世話することにも驚きしかない。
 子供が好きだと言う話しは聞いたことがないし、自分と同じで面倒ごとを歓迎しない、誰かの世話を進んでするようなタイプの女じゃないと思っていた。
 しかし状況が状況でもあるのでガブリエルが本来ならやらなくてはならないことだったが、シャロンがやってくれるならありがたいとしか言えない。
 風呂場からの水音を聞きながら、ガブリエルは服を着替えてコーデリアの部屋に着替えを取りに行った。
 部屋を見渡して思う。ガブリエルにはこの程度の広さは当たり前のものだが、あの狭い牢獄の中で生まれた時から暮らしていたことを考えれば広すぎるかもしれない。
 今日初めての家でこの部屋で寝ろと言われても馴染めなかったのだろう。
 ひとりは慣れていてもここは慣れた空間ではない。環境は良くなっても簡単には馴染めないのだろう。あの饐えた匂いしかない暗く冷たい場所がコーデリアの世界のすべてで、あそこしか知らなかったのだから。
 クローゼットを探しネグリジェとドロワーズを見つけて部屋に戻ると、ちょうどシャロンが風呂場から出て来た。

「寝間着を取ってきた」
「あら、それくらいは出来たのね」

 シャロンに渡すとチクリと嫌味を言ってから再び風呂場へ戻って行った。
 さて、ではどうするか。
 やはりラリサには悪いが起こしてコーデリアの部屋で寝てもらうか。一緒に嘔吐まみれになって風呂にも入ったエミリーに頼むと言う手もあるか。
 エミリーならまだ十代で若いからコーデリアの相手にいいかもしれない。
 慣れるまでの暫くの間だけでも……。
 ベッドに腰掛けコーデリアの夜を誰に任せるか思案していると、背中の方でごそごそと動く気配がして振り返る。

「シャロン!」
 
 思わず声を上げてしまった。
 ガブリエルの声に驚いたように目を丸くしたふたりが動きを止めて見つめる。

「なんでコーデリアをこのベッドの中に入れているんだ!」
「ひとりで部屋に戻すなんてかわいそうじゃない」
「だからってオレのベッドで一緒に寝るつもりか?」
「しょうがないでしょ。わたしも一緒にいてあげるから、三人で寝ましょ」

 ガブリエルの動揺をよそにシャロンはコーデリアをベッドの中央に寝かすと、枕を頭の下へ入れてやり布団を顎まで引いてやった。

「大丈夫よ。大丈夫」

 シャロンがコーデリアの額を撫でてやると、コーデリアは先ほどガブリエルに向けて見開いた大きな目をゆっくりと閉じ、ごそごそと横を向きなると隣に横たわっているシャロンのふくよかな胸にすり寄って顔をうずめた。

「あらまあ」

 肘を付いて頭を支えながら、シャロンは胸に縋るコーデリアを受け止めるように背中に手を回して、あやすようにポンポンと背中をリズミカルに優しくたたき続けた。
 ガブリエルは諦めたようにベッドに入り、シャロンと向かい合って横になった。

「君に母性があったとは驚きだ」
「わたしも知らなかったわよ」
 
 知らなかったと言いながらもシャロンの顔は優しく微笑み、まるで母親のようにコーデリアを慈しんでいるように見える。
 安心したのか背中に感じるリズムが気持ちよかったのか、コーデリアは暫くすると規則正しい寝息を立て始めた。
 コーデリアが眠ったことを確認してからシャロンが口を開いた。
 
「ねぇ。もしかしてこの娘、親がいないの? 虐待とか受けていたんじゃない?」

 普通の娘でないことはシャロンじゃなくてもわかるだろうが、真実を教えることは出来ない。

「親はいない。気の毒な環境で育った娘だ」

 ガブリエルに言えることはこれくらいだ。
 詳しい話は出来ないのだろうと察したシャロンはそれ以上を聞かなかった。

「あなた、ちゃんとこの娘を愛してあげられる?」
「オレの仕事は教養とマナーの講師だよ。出来ることはしてやるつもりだ」

 ガブリエルはそれだけ言うと目を閉じた。
 シャロンは小さなため息を吐いてコーデリアを見つめていた。
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