牢獄王女の恋

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 コーデリアも十五歳になれば少しは変わるだろうと思っていたガブリエルだったが、知識は成長しているがそれ以外は相変わらずだ。
 時間が空けば外に出て、ガブリエルのプレゼントした双眼鏡片手に空を見て鳥を見つけて遊んでいる。

「ガブリエル! 今日はすごいのよ! 虹が出たのよ!」
「雨が降ったからな」
「くっきりと見えて本当にきれいだったわ!」
「いいものが見られたな」
「うん!」

 仕事が終わり書斎からガブリエルが出てくると飛んできて、纏わりつくようにガブリエルの周りをウロチョロしながら一生懸命喋る。
 来たばかりのころは殆ど喋らなかったコーデリアだったが、喋ることが楽しいし返事があるのが嬉しいのだろう。最近ではもう少し黙ってもいいんじゃないか?というくらいよく喋る。
 しかしそれを許してしまうのだから、ガブリエルの方は随分変わったと言える。




 *****




「今日はねー。ガブリエルにプレゼントがあるのよ」

 コーデリアが楽しそうに何かを後ろ手に隠し、リビングのソファーに座るガブリエルの前に来た。
 ガブリエルの脳裏に先日『これはなに?』と持ってきた干からびたトカゲが浮かぶ。
 そんなものを拾って来るなと怒ったが、ガブリエルと使用人たちが想像以上に驚いたことを驚きながら大笑いしたコーデリアからのプレゼントだ。警戒しても仕方がない。
 訝し気な目をコーデリアに向けるが、コーデリアは楽しそうだ。

「なんだ? おかしなものだったら受け取らないぞ?」
「おかしなものってなに?」
「乾燥トカゲや虫の入ったどんぐり。蛇の抜け殻みたいにお前が持って帰って来ては使用人を脅かしているようなものだ」

 思い出しても鳥肌が立つが、コーデリアは変な物ばかり拾っては持って帰ってくる。
 何を見ても新鮮で、何を見ても面白く、何を見ても不思議なのだろうが、ガブリエルだけじゃなく使用人の悲鳴が屋敷に響くことになるので最近のコーデリアからのプレゼントは要注意だ。
 ガブリエルも幼い頃におかしなものを拾って来ては姉や両親や使用人を脅かしたこともあったが、覚えている限りでは十歳より下の年齢だった。
 コーデリアは外の世界に出てまだ二年くらいなので仕方ないとも思うのだが、十五歳の女子なのだからもう少し落ち着いてもよさそうなものだ。

「変なものじゃないもん。面白いものだもん。それに!これは他のものとは違うもん。ガブリエルへのプレゼントなんだから」

 ガブリエルはまだ訝しい目をコーデリアに向けている。
 コーデリアは口を尖らせて反抗して見せるが、ガブリエルにはコーデリアに言わなきゃいけないことがある。

「そうだ。お前エミリーからもらった菓子を夜中にベッドで食べただろう? ベッドに食べ物を持ち込んで食べてはいけない。今朝布団の上が菓子のくずだらけだったと聞いたぞ」

 モーガンが夕飯が足りなかったのかと心配してガブリエルに相談してきたのだが、ガブリエルにはただの食い意地だろうとわかっている。
 ガブリエルの言葉にコーデリアの肩が潜まる。昨夜こっそり食べたのは事実だ。

「もらったから。食べたくなっちゃって」
「お前がそうやって良くない事をすると、あげたエミリーが怒られてしまうかもしれないんだぞ?」
「エミリーは悪くないです……」
「もうしてはいけない」
「はい……」

 反省したように項垂れるコーデリアに、言わなくてはいけないことは言ったので元の笑顔に戻してやる。

「それで。プレゼントはなんだ? オレが喜びそうなものか?」

 ガブリエルが聞いてやると、コーデリアの顔が勢いつけて上がり顔に輝きが戻る。再び楽しそうにしながら両手を後ろに隠したままでガブリエルの隣に座る。
 まったく、こんな姿がかわいいと思えるようになってしまっているのだからガブリエルの父親っぷりも板についてきてしまった。

「見たいー?」
「見せに来たんだろう?」
「欲しいかなー?」
「見ないとわからないぞ?」
「喜ぶ、気がするけどなー」
「ったく。早く見せろ!」

 モジモジしながら勿体つけるコーデリアの腹を擽ると、キャッキャと笑いながら身体を捩る。
 ほんの二年少し前まではこんなガブリエルの姿は誰も想像できなかった。
 ガブリエルを見て使用人がほっこりとした気持ちを持つなんてありえない事だった。厳しい訳ではなかったが、こんな風に笑顔を見せて子供とじゃれたりするタイプではなかった。
 給料も悪くないし、留守も多い。細かいことは言わず、しっかりと仕事をすればそれだけでいいという主人だった。
 シャロンを含め何人かの女性が屋敷を訪れたがどの女性も手間を掛けたり使用人に高圧的な態度を取ったりすることはなかったので、趣味は悪くない。面倒じゃない女性を選んでいたのだろう。
 それが面倒でしかない少女を連れてきた時は使用人一同信じられなく驚いた。
 しかし最近では、コーデリアといるガブリエルが存外にしっくり見えて感じる。
 実は知らなかったガブリエルの本質だったのか、コーデリアを愛おしく面倒を見る姿を使用人は以前からの尊敬だけではなく好ましく思っていた。

「あのね。ラリサに作り方を教えてもらってね?」

 ガブリエルがどんな反応するのかと、しかし喜んでくれるに違いないという確信を持っているように。コーデリアは後ろに隠していた手を前に出し、持っていたものをガブリエルに見せた。

「作ったの。どう? かわいくない?」

 コーデリアが出してきたのは栞だった。
 短冊形の紙の上に押し花と四葉のクローバーが飾られた手作りのかわいらしい栞だ。

「この押し花をお前が作ったのか?」
「庭にあったお花とね、このクローバーはバートの所で見つけたの」

 コーデリアがガブリエルの顔を窺いながら説明する。
 ガブリエルはコーデリアから受け取った栞を手に取り、目元を緩ませた。

「上手に出来ているじゃないか。四葉を見つけるのは大変だったろう?」
「うん。ちょーっと、大変だったかなー? でもね!ガブリエルにあげようと思ったから頑張って探したんだよ」
「バートはお前が迷子になった時に助けてくれた男の子だな」
「そうなの。ヤギ飼ってるんだよ」
「彼の仕事の邪魔をしてはいけないことはわかっているな?」
「うん。ヤギが食べないところで探したよ」

 ガブリエルが栞をじっくりと見ている間、コーデリアは早く欲しい言葉を言って欲しくて身体がソワソワと動いてしまっている。
 気付いたガブリエルは可笑しくなってしまったが、コーデリアの欲しい言葉を言ってやる。

「これは素敵なプレゼントだ。ありがとうコーデリア」

 微笑んで言ったので、コーデリアはガブリエルが喜んでくれたことを確信したかのようにガブリエルの腕に飛びついた。

「ガブリエル本好きでしょ? でも読みかけをいつも端っこ折って印にしてるから」
「そうだな。早速これを使うことにしよう」

 ガブリエルが使うと約束してやるともう本当に嬉しくて幸せだと、コーデリアの身体がクネクネとしなり座っているガブリエルの膝に倒れ込む。
 勝手に膝を枕にしてガブリエルを見上げると、ガブリエルが頭を撫でてくれるのでコーデリアはさらに蕩ける。
 足まで上がるので、そこはガブリエルにパシリと軽くたたかれてしまう。

「女性が寝転んで足を上げたりしてはいけない」
「寝転ぶのはいいの?」
「本当はいけない。今日は特別だ」

 特別だと言うとコーデリアの顔はこれ以上ないほど崩れる。嬉しすぎているのだ。
 そんな顔を見るガブリエルの顔も、本人は気付いていないが相当に崩れてしまっている。

「今日はシャロンが来る日だろう?」
「そうだった! 支度しなきゃ!」

 コーデリアはガブリエルの膝から飛び起き、走って行こうとする。

「コーデリア待て!」

 ガブリエルの声にピタリと身体を固まらせる。

「走ってはいけないと、シャロンに教わらなかったのか?」
「はい……」

 ガブリエルに注意されて、背筋を伸ばし静々と歩き出す。
 ガブリエルはまだまだ子供だと思い頭を振った。
 しかし、ラリサに教えてもらったとは言えこんなものまで作れるようになったのかと感慨深く栞を見た。
 確実に小動物から少女へ成長はしている。無邪気は変わらないが成長がこれほど嬉しいものなのかと実感する。
 栞くらいいくらでも買える。金で出来た物や宝石の付いている物でも。
 しかしこのコーデリアが作った栞の方がガブリエルにとっては価値がある。
 上手に出来たとは言ったが、よく見ると花びらに皺が入っていて完璧ではない。
 それでもガブリエルにとっては何物にも代え難いコーデリアが作った栞だ。

「顔が緩みまくっているわよ?」

 声がして顔を上げると、シャロンが目の前に立っていた。
 変わらない華やかな装いに、揶揄うような微笑みだ。

「コーデリアが作ったんだ」

 持っていた栞を見せると、シャロンの目尻も下がる。

「かわいいわね」
「ああ」

 ガブリエルが素直に返事をすることが新鮮ではなくなっている。
 もうすっかりコーデリアの父親になってしまっているのだ。
 シャロンはそれがいいことだと思ったし、ガブリエルももうそれを否定しない。

 最近のふたりはすっかり母親父親状態になっているのだが、それはふたりの関係が夫婦のように進んだからではない。
 元々結婚する気のなかったふたりだが、最近は恋人でもなくなっている。
 コーデリアが邪魔をしたからではない。お互いの興味が薄くなってコーデリアに比重が置かれたからだ。
 恋人よりもコーデリアを挟んだ友人関係。身体の繋がりはなくなり、お互いが信頼し合いながらコーデリアを育てているので別のいい関係に進んだと言えるのかもしれない。
 シャロンとの関係が変わってもガブリエルはシャロンを大事な女性だと思っている。新たに恋人を作らないのは今はコーデリアで手いっぱいだからだ。
 シャロンもガブリエルとの関係がなくなっても寂しくはなかった。以前よりもずっとガブリエルを素晴らしい男性だと思っている。
 ここまでコーデリアを愛し育てている姿を、尊敬し友人として愛している。
 普通なら恋人でなくなれば壊れてしまう男女の関係も、コーデリアが繋ぎ更に深く信頼し合う良い関係を築けている。

「さっきあの娘はここを走って行こうとしたぞ」
「あなたといると嬉しくてはしゃいじゃうのよ」

 ガブリエルは片眉を上げて見せたが、そんな風に言われるとまた目尻が下がってしまいそうになるガブリエルだった。
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