静かなふたり

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16 side Juliet-2

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 少しでも自分を気に入ってもらえるように、初日にオデルがマリリンを『エルフ』と言いふざけて見せたことに乗って、『人間です』と返したことをジュリエットからもしてみようと思った。
 ステファンと一緒にいるオデルが以前前夫と侍女のしていたことに見えてドアを閉めてしまってから、そんなはずあるわけないと再びドアを開け『愛人ですの?』と聞いてみた。
 すると『失礼な。オレの従者だ』と答え、更にふざけた会話は続いた。
 たったそれだけのことがジュリエットには面白く、楽しかった。
 ふざけたことを言っても怒ることなく、ありのままのジュリエットでいてもオデルは不機嫌になったりしなかった。
 無表情であってもジュリエットを受け入れてくれていると感じ、無理に笑顔を作ろうと努力する必要もなく過ごせた。
 上手くコミュニケーションが取れず、いらぬ心労を掛けているだろう使用人に編んだものを贈ると、使用人たちが大げさなくらい喜んで見せてくれた。素直になれずつい『暇つぶしに編んだもの』と言ってしまったが、その後もずっと使ってくれているのが嬉しかった。
 それに気が付いたオデルに『オレのはないのか』と聞かれて、心臓がキュっと締まった。
 必要はないと言われたがオデルの為に作ったら受け取ってもらえるかもしれないと嬉しくなったからだ。
 何を作ろうか悩みながら図案を考えることも楽しかった。
 そんな準備をしている時だった、オデルの前妻が屋敷に来た。
 ジュリエットはシルビアを知らない。十年社交界から遠ざかっていれば自分より年下の貴族女性はほとんどわからない。
 オデルが愛していたかもしれない女性はどんな方なのか知りたかった。
 こんなことは良くないかもしれないと思ったが、どうしてもシルビアを見たかった。
 部屋に戻るよう気遣うケイトに言われたが、玄関へ向かってしまった。
 リーブスが外で対応しているとわかり扉を開けた。立っていたのは小柄でかわいらしいタイプの、ジュリエットとは正反対の女性だった。
 今は疲れて苦労が顔に出ているが、この女性ならばオデルと結婚したばかりの頃はさぞかわいらしく輝いていただろうと想像出来た。
 ショックだった。この女性をオデルが愛したのだとしたら、自分では到底愛されるはずがない。
 もちろんもう終わったふたりだとわかっているが、あまりのタイプの違いに愕然とした気分だった。
 せめて今の妻らしくきちんと挨拶しなくてはと思うのだがすぐに言葉が出てこなかった。
 オデルがすぐ後ろに来ていることに気が付いたのはシルビアが縋るようにオデルの腕を掴みに行ったからだ。

『旦那様。突然来て申し訳ありません。でも話を聞いてほしいのです。お願いです旦那様』

 縋る声も可愛らしく、オデルの腕の中にすっぽりと納まる身体は長身のジュリエットでは無理だ。
 しかし必死の形相と様子で、ただオデルに逢いに来ただけではないことがわかる。
 もしかしたら彼女は金の無心に来たのかもしれないとジュリエットは思った。
 現在のシルビアの状況がどうなのかをジュリエットは知らない。ジュリエットに噂話を教える人間はいないし、駆け落ちの話も使用人の会話を聞きかじったから知っている程度だ。
 知りたい気持ちがないとは言わないが、オデルに聞くのは憚られる。自分も前の結婚のことをオデルに聞かれたら躊躇してしまう。惨めな話はしたくない。
 もしシルビアが本当に金の無心で来たのなら、ジュリエットはそれを知らない方がいいと思った。
 シルビアはきっと今の妻であるジュリエットに知られたくないだろう。同じ女だからわかる、ジュリエットがもし前夫の所へ金の無心に行ったとしたら現妻には後で知られるかもしれないと思っても同席はされたくないだろう。
 しかしオデルはジュリエットに同席を求めた。ジュリエットは拒否した。それでもオデルは求めた。しかしジュリエットは拒否した。
 シルビアの気持ちを汲んだだけじゃない。オデルは前夫のようなことはしないと思っている。信じたい。
 それでも冷静でいるのは難しく、自室に戻っても落ち着かず、マリリンにお茶を出されてもゆっくり飲んではいられなかった。
 玄関に馬車が用意されたのか蹄の音がして、オデルがジュリエットの部屋に来た。
 話しは終わったようでジュリエットの目の前に指輪を出して見せた。
 『彼女はこれを返しに来た。君のだ』と言い差し出す。
 ガロポロ家の女性が受け継いできたものだというそれはエメラルドの美しい指輪だ。
 『複雑か?』と聞かれたが、そんなことあるはずがない。ガロポロ家の女性が受け継いできた指輪をオデルはジュリエットに渡したのだ。嬉しくないはずがない。
 もとはシルビアに渡したものでも、今はジュリエットがこれを受け継いでいく女性だと認められているのだ、正式な妻だと言われているのだ。
 国王に認められた婚姻でもちろん正式に妻であるのだが、こうして形を渡され、オデル自身からそうなのだと示されたのだ。
 本当に自分が付けていいのか確認したくて『着けたほうがよろしいですか?』と聞くとジュリエットの好きにしていいと言う。
 ジュリエットは胸がいっぱいになり顔が緩んでいるのを感じた。
 しかしどうしてそんな風に感じたのかが不思議なくらいジュリエットの表情はいつもと変わらぬ無表情だったので、オデルにはその喜びは残念だが伝わっていない。




 オデルがリビングで共に時間を過ごしてくれるようになった。
 長い時間ではないが、ジュリエットが編み物をしているのを目の前に座って見ている。
 会話らしい会話は殆ど無いが、一緒に時間を過ごせるだけでジュリエットには嬉しかった。
 会話を探さなくても、黙っていても許されていることも、ジュリエットを安心させた。
 その日もふたりで黙って過ごしていると、本を片付けていたマリリンが梯子から落ちた。
 悲鳴を上げたマリリンを探すと、床に落ち梯子の下敷きとなっていた。
 ジュリエットは一瞬で血の気が引くのを感じた。
 駆け寄ると顔には苦痛で現れており、ジュリエットは冷静ではいられなかった。傍からは冷静そのものであったが、内心は動揺し混乱していた。
 このかわいいマリリンに何かあっては、ジュリエットが落ち着いていられるわけがない。なにも出来ないこの娘がジュリエットは大切なのだ。
 マリリンを抱き上げるために震えそうな手を身体に差し入れると、オデルが止めた。
 
『重いだろう。変わるから貸しなさい』

 自分は大女でこんなに小さなマリリンくらいは簡単に運べると思った。そしてそんなことは誰も疑いもしないだろうと。
 しかしオデルは。

『そうか。それでも寄越しなさい。今の君に預けるのは危ない。顔から血の気が引いているぞ』

 ジュリエットが動揺していることに気が付き、ジュリエットを普通の女性のように気使いマリリンを抱えて移動させた。
 その後マリリンはステファンに運ばれ捻挫だろうということで暫く仕事を休むことになったのだが。
 マリリンの為に菓子を買ってやろうと出かけた馬車の中で、ジュリエットは胸をドキドキとさせていた。
 マリリンは心配ない。捻挫は治るし、足以外は元気な様子だと聞いていたから。
 それでもドキドキし出したのはオデルを思い出したからだ。
 オデルがマリリンをジュリエットから引き取った時、ジュリエットは普通の、いやマリリンのような小さな女性になったような気がした。
 紳士であれば当たり前の行動でも、ジュリエットはそんな気使いをされたことがない。
 ジュリエットには重いと引き取り、ジュリエットの顔色が悪いことを察して心配してくれたことが嬉しかった。
 マリリンが痛い思いをしているのにこんな風に思うのはいけないかもしれないが、オデルがジュリエットを小さな女性扱いしてくれたことが嬉しかった。
 オデルが優しくて、嬉しいのだ。
 しかしその後マリリンがいないことをオデルが気にしたことで、良くない不安は去来する。
 オデルは前妻の不貞で離縁している。
 だからではないが、オデル自身は不貞をするような男性ではないと無意識に思い込んでしまっていたが、前夫はジュリエットの侍女に手を出したことがあるのを思い出してしまったのだ。
 そしてオデルにだけはそれをして欲しくなかった。
 オデルを失い、マリリンまでも失うかもしれないからだ。
 確認するのは失礼なことだとわかっていたが、どうしても聞かずにはいられなかった。
 マリリンを気にしているのかと聞くと、オデルはなんの動揺もなくジュリエットの気に入っている娘だからだと答えた。
 さらにそんなことはしないとはっきり言ってくれた。
 もちろん、もしマリリンに感心があったとしても妻に聞かれて素直に答える夫などいない。
 しかしジュリエットは信じようと思った。そして失礼なことを聞いたことを詫びた。
 
『その経験ならオレにもある。安心していい、使用人に手を出すようなことは絶対にない』

 念を押すように言われ、ジュリエットは恥ずかしくなった。
 嫉妬しているつもりはなかったが、そのように聞こえただろうかと思ったのだ。
 妻なのだから嫉妬する権利はあるが、面倒な女だと思われただろうか? そう思うと胸がチクリと痛んだ。
 安心したと答えたが、決して心底安心しているわけではなかった。
 もしオデルが前夫と同じことをしたら、ジュリエットは前夫よりも大きな苦痛を受けるだろうとわかってしまった。
 愛されたいと期待するのは馬鹿だと思うのに、心の底ではオデルに愛されたいのだ。
 オデルが他の女性を愛するのはいやだと独占欲が込み上げてくるのだ。
 嫉妬ではないと思ったが、やはりこれは嫉妬だ。
 ジュリエットは止めることが出来ないほどオデルを愛してしまっていた。





 簡単に関心を持ってもらえるとか、ましてや愛してもらえるとは思わなかったが、オデルに少しでも自分の愛情を知って欲しかった。
 かと言ってもそのような態度を自分が上手く表せるとは思えない。
 言葉にして直接的に伝えることも、その場で拒絶されたらジュリエットは自分がどれほど傷つくだろうかを想像できる。
 少しでも伝えるためにジュリエットが出来ることは少ない。その少ない中でも編み物ならばと思った。
 作ったものを受け取ってもらえればそれだけで嬉しい。もし使ってもらえたらそれほど嬉しいことはない。
 ジュリエットの気持ちをわかってもらえないかもしれない。それでも伝わるように想いを込めて編むことは出来る。
 それが出来るだけでも幸せだと思える。
 ジュリエットはオデルの為にひざ掛けを編むことにした。
 カーディガンと悩んでひざ掛けにしたのは、カーディガンを着てもらえないのをがっかりするより、ひざ掛けならオデルが使っているかどうかを知らずに済むからだ。
 書斎に持って行ってしまえば、ジュリエットは書斎に行くことは殆ど無いから期待をしなくて済む。
 図案を考えて糸を選んでいる時も楽しかった。
 男性であるオデルが使いやすい落ち着いたものにしよう。モチーフはこれ、糸はこちらにしようと、傍からはそうは見えなかっただろうがジュリエットはだいぶ浮かれながら選んだ。
 ちょうど編み上がりにオデルは目の前にいた。大げさに包んでリボンを掛けいかにもプレゼントですと渡す勇気がなかったジュリエットには好都合だった。
 このままたいしたものではないように渡せば、オデルも重荷にはならず、無理して使う必要もないだろう。
 もちろん使ってもらいたい気持ちはある。そんなことがあったらどれほど嬉しいか。
 ただ、押し付けで無理やり使ってもらいたくはないから、ジュリエットは今渡してしまおうと決めた。
 編み上がりを確認してから畳み、オデルに差し出すと、いつもと変わらないオデルがこれはなんだと聞いてきた。
 
『ひざ掛けです。あなたに編みました』

 あなたに編んだと言うべきかを寸前まで迷ったが、それくらいは伝えたい気持ちが勝った。
 オデルは短く『使おう』と言い、書斎に向かった。
 渡せただけで、受け取ってもらえただけで安心した。
 それだけで満足だとジュリエットは思った。
 それが数日後、オデルはジュリエットを喜ばせるようなことをしてくれた。
 いつものように編み物をして過ごしていると出かけていたオデルが帰宅し、そのまま着替えもせずにリビングに向かった。
 そしてなんの前触れもなく長方形の箱を胸ポケットから出しジュリエットに差し出した。
 なんなのかと聞くと『君のものだ』と言うので受け取り開けてみた。
 以前指輪を貰った時は前妻シルビアから返ってきてガロポロ家の女性が受け継ぐものだとそのまま渡された。
 今回の箱はリボンこそ着いていないが、明らかに新品で、指輪と同じエメラルドがあしらわれたダイヤのネックレスだった。
 それも簡単に手に入るようなものではなく、一見で相当高価なものだとわかる品物だ。
 どうしてこんなものを渡すのかと動揺していると、『ひざ掛けの礼』だと言う。
 とてもオデルに贈ったひざ掛けに見合うものではない。
 これひとつで家を買えるだけの価値はあるだろうとジュリエットでもわかる。
 しかしオデルはジュリエットの贈ったひざ掛けに見合っているという。
 ジュリエットは胸が熱くなった。
 熱くなって、苦しくなって、どうかこの喜びがオデルに伝わって欲しいと思った。
 そして微笑んで見せようと努力したが、その努力は無駄だった。ジュリエットはそのつもりでも、傍から見ればまったく変わらない無表情だったからだ。
 自分が上手く微笑めていないことはオデルが『気に入っただろうか?』と聞いてきたからわかった。
 どうして微笑んでいるつもりなのにそう出来ていないのか悲しくなったジュリエットだったが、喜んでいるとどうしても伝えたくて『これでも喜んでおります』と言った。
 オデルの返事はいつも通り素っ気なかったが、言ったからには伝わっているだろう。それがどれほどにまでは無理だとしても。
 そして思った。自分と同じように表情を表に出すのが苦手なオデルだからこうして物で感謝を伝えようと思ったのかもしれないと。
 ガロポロ家がいくら金持ちであってもこれほどのものなら高価なはずだ。
 そんな高価な物を贈ろうと思ってくれた。本当に気に入ってくれたのかもしれない。
 考えて堪らず、ジュリエットはオデルにひざ掛けを喜んでくれたのか聞いてしまった。
 するとオデルは喜んでいると答え、更に『使っている、ありがとう』と言葉にしてくれた。
 自分のような女にこれほどの幸せを貰うことが出来るとは。
 値段ではない。もちろんネックレスは嬉しかったが、オデルがひざ掛けを喜び感謝を伝えてくれたことが幸せだった。
 ジュリエットは生まれて初めて感じる幸せにうっとりとしてしまっていた。
 後ろにいて一部始終を見ていたマリリンが自分のことのようにはしゃぎ、着けて見せろとせがんで来た。
 本当はこのマリリンのように自分の心もはしゃいでいる。ジュリエットもこの素敵な贈り物、オデルの気持ちを着けて見せたかった。
 胸躍らせながら首に飾ると、マリリンが似合うと言うので嬉しくて照れてしまったが、その照れは例のごとく誰も気がついてはいない。
 その日一日マリリンは上機嫌でジュリエットの周りをまとわりついていた。
 心なしか他の使用人も笑顔が多く感じた。
 ステファンがオデルと一緒に宝石商に行ったことを話したのかもしれないと思うと、また少しジュリエットは照れた。
 もちろんそのこともわまりの人たちには、例のごとくだ。

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