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西暦2092年

亡き父の肖像~ナキチチノショウゾウ~

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「嵐が来る?」

闇の中で”十河 遥”はそう呟く。目の前には世界最高の未来予知能力を持つ”キール”が立っている。

「戦いの匂いが迫っている――、東京、それも政治の中心である永田町――」

「まさか――国会議事堂?!」

「――そうだ、それもかなり大きな争いが起こる」

「それは――」

新国家建設を目指す”十絶旺陣”にとっては、かの永田町は攻略するべき拠点の一つである。
しかし、自分たちは今のところそこを攻略する作戦を立ててはいない。ならば――、

「どこぞのテロリスト? あるいは――」

”十河 遥”は顎に手を当てて考える。そして――、

「面白い――、皆出発の準備をしろ」

「我々も動くので?」

そう遥に聞くのは遥の補佐を務めるヴェルマーである。

「ああ――、どこぞのテロリストの好きにはさせん。
そいつらの利益をこっちが頂く」

そう言って遥はニヤリと笑う。

「下手をすれば”女神”とやりあうことに――」

それでも言い募るヴェルマーに、遥は凶悪な笑みを浮かべて言い放った。

「直接、永田町が狙われるなら――、そう言うことだ。
その混乱は”女神”の目をも欺くだろう――。ならばその時が、”女神”と決着をつけるチャンスだ」

「――ふう、ならばキール。未来予測をもとに作戦立案を――」

そのヴェルマーの言葉にキールは頷いた。
闇の中で遥が――、十人の超能力者がそれぞれの想いを巡らせる。

嵐が来る――。


◆◇◆


西暦2092年5月24日、11:38――。
国会議事堂の一室で内閣総理大臣”鹿嶋 蓮司”が秘書と会話していた。

「本当にこのまま、この場に残るので?」

「当然だ――、俺がこの場から逃げてどうする」

「しかし――」

それでも心配そうな表情で答える秘書に鹿嶋は言う。

「国が保有する超能力兵器――、”月影の姫”が未来予測を出したのは知っている。
その内容もな――、でも、だからこその警戒態勢だろ?
日本最高の戦力を結集して国会を守っている。国会議事堂は再び血で穢れることはありえない」

「それはそうですが――」

「それにだ――、今”私”が狙われているなら、その相手を迎撃しその意図をくじくチャンスだともいえる。
これから先に生きる人々のために、何が何でも禍根を断たねばならん――」

「総理――」

「市民には避難命令は出ているんだろう?
ここにいるのは、仕事をするべき”私”だけだ――」

”鹿嶋 蓮司”は秘書に対して笑顔で答える。

「君も早くここを退去しなさい――。巻き込まれることになるぞ?」

「私は――総理のお側にいます」

「そうはいかんさ――。君の身が心配だ」

「総理――」

その時、”鹿嶋 蓮司”は一つの覚悟を決めていた。
数日前、国家所属の超能力者が一つの予言を行った。
それは、今日この日――、そしてしばらく後に国会が襲われ”自分が命を落とす”というものである。
――ならば、国会を離れれば彼は助かるのではないのか?
そう言う考えもあったが、その場合無差別な破壊活動によって、多くの死者が出ると予言されていた。
自分が逃げれば人々に犠牲者が出る。いわば、国民を人質に取られたのと同じであり、それゆえに”鹿嶋 蓮司”にとって逃げるという選択肢はなかった。

「早くここを退去するんだ。君がいると足手まといになるのがわからんか?」

そうきつく言い募る総理に、秘書は後ろ髪を引かれる想いでその場を去る。
こうして、国会には”鹿嶋 蓮司”たった一人が残ることになった。

(――父さん)

鹿嶋は過去に思いをはせる。
かつて自分を可愛がってくれた父親は、いつも笑顔を絶やさない人であった。
隙を見ればオヤジギャクを飛ばす父親に、いつも鹿嶋は苦笑いさせられてきた。
そして、その陽気な姿は実際は表の顔でしかなくて――、

(結局――俺にも素顔は見せてくれなかった)

その裏には、自分をも越えるRONへの憎しみがあった。
RONの起した戦火で妻を失った父は、ただRONに復讐すべくすべてを裏で淡々とこなしていたのだ。
沖縄紛争の原因である米軍撤退や、駐屯軍縮を裏で手引きしていたのは父であり、それによってRONを沖縄という罠に引き入れ――。
その戦い以来、RONへの世論は好戦的なものへと大きく変わっていった。RONは公然の敵国となり国交が失われてかなり長い年月が経つ。

そして――、

(国会で父さんは暗殺された――)

自分にとってもRONは敵であることには変わりがない。しかし、自分には父のようなあまりに非道な真似は出来ない。
父は、はっきりと国民すらも復讐の道具としていた。最愛の妻以外は”どうでもよかった”のである。
それが失われたからこそ、もはや世界を巻き込むつもりでRONへの復讐にひた走ったのだ。

(俺がいても復讐をやめなかったんだから――、結局そういうコトだったんだよな)

父は、結局、自分――”鹿嶋 蓮司”を愛することはなかったんだろう。
蓮司を愛しているなら、自身の破滅すら望む行為に走ることはなかったのだから。

(俺は――父さんみたいにはならない。
父さんのように国会議事堂で死ぬことはない)

そう――、それは父への、置いてきぼりにされた息子としてのささやかな復讐。

(俺は父の背を見て政治家を目指した――、そしてそれは今も変わらない。
それは、父を目標として進むという事ではない。
俺は俺の道を進む――、国民を犠牲にしない――、俺独自の道を示してみせる。
父さんの進んだ道は間違っていたのだという事を証明してみせる――)

――そのためにこそ”鹿嶋 蓮司”は総理大臣を目指し、そしてその地位に立っているのだから。

国会の時計が正午を指し示す。
いまだ沈黙が支配する国会議事堂に、不意に無数の足音が響き始めた。

「来たか――」

鹿嶋は座っている椅子から立ち上がって、扉に耳をつけて外の様子をうかがった。
その耳に、かすかに独特の言語が聞こえてきた。それは――、

『目標がこの場にいることは確認している――、
敵が動くより早く目標を捉えるんだ――』

それはまさしく中国語であった。

(やはり――)

鹿嶋はそれが当然という様子で目を瞑る。
今、国会議事堂は、RONの超能力者によって構成された特殊戦略部隊”龍牙刃”の侵攻を受けていたのである。
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