呪法奇伝ZERO・平安京異聞録~夕空晴れて明星は煌めき、遥かなる道程に月影は満ちゆく~

武無由乃

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第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~

第十七話 荒太郎は金剛の杖で迎え撃ち、道満はその真髄を見抜く

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「――」「――」

 霊山のふもと、その森で二人の男が相対する――。
 それは――、一人は蘆屋道満――、もう一人は頼光四天王の荒太郎である。
 静かに睨み合う二人の間には――、実際にはすでに戦いが始まっていた。

(――かの荒太郎殿は、補助術が専門――、直接戦闘において拙僧おれより上であるとは思えん――)

 ――しかし、

(だが彼は頼光四天王が一人――、そう簡単に倒れることはないだろう。――おそらくは……、その身を強化したうえでの杖術の一撃か?)

 それに対し荒太郎は――、

(道満殿は――攻撃に関する呪を得意とすると聞く――。近接戦でも――かの茨木童子と互角にやり合ったという話を聞いた)

 ――だから

(本来ならば――距離を離しての攻撃呪が有利であろうが――。拙者はそれが得意ではない)

 荒太郎は――、
 他の頼光四天王の戦力を強化し、その力を数倍にも引き上げる事を仕事としている。あくまで後方支援が専門だが――、

(――だが、拙者には得意の杖術がある――)

 その技術は遥かに人間版離れしており、実際自身の強化呪を用いずとも岩を砕く程度の事は出来る。
 それは――、要するに直接戦闘において、呪を攻撃強化に回す必要がないという事であり――。

(近接戦が得意とはいえ――、あくまで術師である道満殿が相手ならば――、呪を強化に回して完封することが出来よう)

 そう一瞬のうちに思考した二人は、お互いの間合いを探り合いそして――、静かに動いた。

 ――!!

 音もなく荒太郎の杖が横凪にされる。それをしゃがんでかわした道満は印を結んで呪を唱えた。

「――オン!!」

 道満の頭上を荒太郎の杖が高速で通り過ぎる。その瞬間にも道満はその手を足元の地面に伸ばしていた。

「――?!」

 次の瞬間、荒太郎の足に蔦草が伸びて絡みつく。

(――動きを止める腹か!!)

 一瞬で判断した荒太郎は、振り抜いた杖を大きく振りかぶって頭上へと振り上げ――、

「はあああああああ!!」

 気合一閃――、地面へと振り下ろした。

 ズドン!!

 衝撃と土煙――、地面がかすかに揺れて大地にひびが入る。

「?!」

 それを見て道満は一瞬驚き――、そして次の判断で空を見た。

「は――!!」

 一息の声と共に頭上から荒太郎が落下してくる――、いや……、それは明確な打撃であり。

「く――」

 瞬時に軌道を見抜いた道満は――、その一閃をその肩に掠る位置に通した。
 そして――二人は、一息の間にその身をひるがえしお互いに距離をとる。
 ――その一回の相対は――、僅か一秒にも満たなかった。

(――ふ、これは――、かの一撃に呪の痕跡は見えなかった。あの一撃は――純粋に荒太郎殿の技術によるものか――)

 その一秒の間に、かの荒太郎の全てを見抜いていた道満は――、目の前の男が一筋縄ではいかない相手であることを悟った。

 直視鳶目の法――、それこそが道満にとっての切り札。今、荒太郎のすべてを見抜いた視覚は、明確な呪によるものであった。
 幼いころに独学で呪法を学んだ道満が――、最も信頼する術として、独自に標準的霊視法を拡張して生み出したものである。
 ――戦い勝利するには、まず相手をよく知ること――、その考えをもとに考案されたこの特殊視覚は――、直視した目標のあらゆる情報を、意味のある感覚として術者に伝えることが出来た。
 ただ――、この呪には欠点もあった。それは、道満ほどの思考速度――、常人の数倍にも及ぶそれがなければ、情報過多によって一瞬で意識を失うという事であった。
 それゆえに、おそらくこの呪を扱えるのは道満の他に、安倍晴明――あるいは賀茂光栄ほどしかいないと思われた。

 ――かの姫の言葉――、それを信じたのもこの視覚があってこそであった。
 この特殊視覚であれば、誰かが呪で操られているなど一目で分かるからである。

 その視覚は、目前の荒太郎という男が、相当の強者であることを伝えている。

(――あの一瞬で――、かの男は一つの呪も使わなかった――。おそらく、その時点で直接戦闘では術を用いた拙僧おれに迫る領域で――)

 道満は目の前のこの男――、荒太郎がさすがの強者であることを再確認する。
 ――補助術を専門とするはずの彼の戦闘能力は、普通の検非違使すら足下に及ばないものであった。

(――ち、遠距離からの攻撃で――)

 そう思う道満だが――、すぐにその考えを捨てた。
 彼ほどの使い手なら、遠距離呪を打ち落とすのはわけもないだろう。ただむやみに時間を稼がれるだけである。
 ――ならば、自分の出来ることは一つ。道満は覚悟をして――そして、印を結んだ。

「?!」

 距離をとった道満が、その歩を踏み剣印で格子を切る。荒太郎はそれをさせじと高速で駆けた。

 ガキン!!

 高速で――二人の男が交差する。その間には――、鋼を打つような音と――、そして衝撃波が生まれた。

「――間に合わなかった?」
「ふ――」

 荒太郎は道満の呪の行使を阻止できなかったことを悟る。これでおそらく――、

 再び両者はお互いに向けて奔り――、そして、

 ドン!! ドン!! ドン!!

 両者の間に土煙と衝撃波が生まれる。一瞬の間に無数の打撃が応酬される。

「――やる……だが」

 荒太郎はニヤリと笑う。確かにかの道満の動きは先ほどより鋭いが――、

(――こちらの動きに追いついていない)

 道満の身に数撃の痣が生まれている。それこそが、荒太郎の杖術を完全には防げなかった証であり――、

(――ならば)

 荒太郎はその瞬間、はっきりと戦いの決着へと思考を進めた。
 もはやかの道満の得意である直接戦闘は自分には通用しない――。少なくとも現状互角かそれ以下であるならば、もはや道満には打つ手はないはずである。
 だから――、荒太郎はダメ押しに、自身が最も得意とする強化を以て、自身を強化しようと考えた。
 これでもはや、道満は自分に追いつけないはずである。

「道満殿――、申し訳ないがここまでだ。後は拙者らに任せるが肝要であろう」
「――」

 傷つきながら黙って荒太郎を見る道満。荒太郎は少しため息をついてから、その間合いを取って印を結んだ。

「サンゲサンゲ――六根清浄!!」

 その瞬間、爆発的に荒太郎の霊威が吹き上がる。それはもはや妖魔王にすら及ぶほどであり――、

「これでしまいだ!! 蘆屋道満!!」

 その言葉と共に――、荒太郎はもはや高速を越えた高速にて地を奔った。
 空気が圧縮されて衝撃波となる。

「――」

 道満はその動きを驚きの表情で見る。それはもはや砲弾にも似て――、道満を砕くべく神速で迫ったのである。

(――すまんな道満殿。やはり拙者らは――)

 少しすまないという思いで、荒太郎はその身を道満へとぶつける。次の瞬間――道満は木の葉のように宙を舞った。

 ――終わった。

 そう荒太郎は考える。この道満という若者が――、自分を乗り越えて先に進む可能性も考えたが、それもなくなったと少し残念に思った。

「――ふう、金太郎……」

 近くで戦いをおとなしく見ていた弟分に声をかける。

「――道満殿の傷の手当てを――」
「兄貴――」

 その時、金太郎は驚愕の表情を荒太郎に向けていた。

 ――どうした? そう言葉を発しようとしたが――、その時の荒太郎にはできなかった。

「兄貴!!」

 次の瞬間、不意に大きなめまいを感じてその身をよろめかせる。その金太郎の叫びが遠くに聞こえる。

(――ばかな?! これは――)

 もはや荒太郎はその身を支えることが不可能になっていた。それに対し――、

「――勝負あった」

 不意に荒太郎の背後から声がした。それは――、

「どう――ま……ん」

 やっとそれだけ振り絞る荒太郎の背後に、口から小さく血を流した道満が立っていた。

「な?」
「まあ――、あの突撃は――、まともに受ければ終わりであったろうな」
「く?」

 道満は小さく笑って言った。

「――衝撃は、その方向を見極めれば、ある程度殺すことは可能という話だ」
「な……、あの高速を――、み……ぬいて?」

 驚く荒太郎に頷く道満。

「俺の目は特別製でな――、自身の身を強化したのも……、お前の最高速に対応できるようにするためだ」

 さすがに道満でも荒太郎の最高速とまともにはやり合えない。だが――防御に専念すれば話は変わってくる。
 ――そして――、

「あ――」

 その段になって、荒太郎は自分の身に、一枚の符が張り付けられている事実を知る。
 これは――、

「酩酊――、その身の感覚は大きく狂わされ――、上手く動かせなくなる」
「あ……く」

 極めて単純で珍しくもない呪符であるが――、目の前の荒太郎には大きな効果を発揮していた。

「ぶつかってきた瞬間に張らせていただいた」

 そういう道満は笑って――、その手の平を荒太郎に触れさせた。

「これで――約束通り……。進ませていただこう」

 そのまま――、荒太郎の意識は闇に没した。
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