上 下
40 / 72
第三章 燃える羅城門~友情~

第三十五話 平安京の闇は残り、しかし晴明と道満は闇を晴らすことを誓う

しおりを挟む
 羅城門が暴風雨によって倒壊してしばらく後、結局藤原兼家による羅城門修繕は白紙となったっていた。
 その裏で起こっていた事は世間には公表されず、そもそも兼家を襲った勢力がどこの誰かはわからずじまいであった。
 ――そもそも、兼家はその過去より多くの者に恨まれていた。ゆえに――、敵が多すぎて特定できなかったというのが正解であったが。
 その日、兼家は自分に媚びを売るとある男に辟易した様子でため息をついていた。

「――いや、しかし兼家様――、羅城門の件は残念でございましたな」
「ふむ? その事はもういい――」

 不機嫌そうに呟く兼家に――焦った様子の藤原満成は愛想笑いで答えた。

「こ――これは申し訳ありません! 私としたことが……」
「ふう――、お前は……、そうやって兄にも媚びを売っておったのか?」
「う――、はは……そのような話――」

 満成はひきつった笑いを浮かべる。それをしてやったりと言ったふうで笑って兼家は言った。

「まろに媚びを売っても無駄じゃぞ? お前の事はよく知っておるのじゃ」
「う――、何を?」
「お前自身は問題が無いようじゃが――、お前の息子らは……なんとも奔放な様子じゃな?」

 その言葉を聞いて満成は顔を青くする。

「まあ――、どのような悪さをしたかまでは知らぬが……、お前も大変だな?」
「う――ぐ……」
「まあ――、お前自身には、今のところこれと言った悪さをした様子は感じられぬが――。この子にしてこの親あり――とも言うな?」

 その兼家の言葉にさすがに顔を赤くする満成。心の中で兼家に向かって毒づく。

(――く、あの時、土蜘蛛どもがこいつを始末していれば――、使えぬ道具が――)

 それでも、満成は媚びを売るように笑顔を向ける。どちらにしろ――、今この内裏の権力者は兼家だからである。

(――いつか、こいつを――)

 心の中に毒を隠す満成に――、不意に声がかけられる。

「おや? 貴方様は――、藤原満成様でよろしですか?」
「む――」

 そう呼ぶ声に満成が振り返ると――、そこに内裏の一部で有名な男、安倍晴明が立っていた。

「む? おぬしは安倍晴明――殿? 私に何か?」
「――いや……、兼家様とのお話中にお邪魔して申し訳ないです」
「で――? 私に話があるのであろう?」
「ふふ――実は」

 そう言って笑う晴明は懐から一枚の羽根を取り出した。――それは、

(? ――矢羽根?)

 そう――、それはよく矢の尻に取り付けられる風切り羽であり――。

「いや――、これに見覚えがないかと――」
「ふむ? 見覚えはないが――、どれがどうした?」
「そうですか――、ならば特に何も――、お忘れになってください」

 ――その晴明の言葉に首をかしげる満成。そのままその場を去ろうとした晴明に、不意に兼家が言葉をかける。

「ふむ? 晴明? その矢羽根――、一体どこで拾ったのじゃ?」
「ああ――、その事ですか? いや――別に話すほどの事では」
「うむ? まろには話せぬ事か?」

 そういう兼家に――、晴明は困った表情で言った。

「いいえ――、この矢羽根は弟子の道満が持ち帰ったものでして――、道満はあの日……羅城門が倒壊した日に、そこに丁度おりまして――な」
「ああ――その事か……」

 晴明の話を聞いてため息をつく兼家。それを横目で見て――、何か嫌なモノを心に得る満成。

「――この矢羽根は……、そこで拾ったものなのですよ……。詳しい話は――、ここでは何ですから、後で」
「ふむ? そうか?」

 兼家はそう言って首をかしげる。それを見て何かを悟って満成は顔を青くした。

「――いや、その矢羽根の事を、どうして私に聞いたのです?」

 顔を青くしながら満成は晴明に問う。

「いいえ? ――ここ最近、誰に対してもこれを聞いていますが? 何か心当たりでも?」
「そ――そうか?」
「はは――、これも私の仕事でしてな? 少々事情があって、矢の持ち主を探しているだけの話――」
「そう――か」

 満成はやっとその段になって、その矢羽根を見たことがある事を思い出す。それは――、

(息子が――満顕が使っていた矢の羽――か?)

 そう心の中で考える満成の心を――、全てを見透かすような目で晴明は見つめる。

「何か思い出したら――、我が弟子……蘆屋道満を訪ねてくだされ。彼は――だいたい我が屋敷にいますから――な」
「わかった――そうするとしよう」

 その満成の目は泳ぎ、その身が微かに震えている。それを見て――、

「それでは――失礼いたします」

 晴明はにこやかに笑いながらその場を去っていった。

(――このことは、息子に――満顕に話すべきか――)

 その背を見送りながら、満成は震える拳を握ったのである。


◆◇◆


 晴明と道満は――、すでにその矢から、事の首謀者を特定していた。
 全ては――、かの少女たちの友情を嘲り、そして、梨花の大切な幼馴染の――その命を奪った存在への宣戦布告。
 晴明は珍しくも憤りを胸に秘めていた。――そして道満もまた――。

(――藤原満成――、そしてその息子満顕――、あなた方の無法――かならず白日の下に晒して見せます)

 それは彼らの決意――。そして同時に、かの静枝から託された最後の願いでもあった。

 ――かくして、安倍晴明と蘆屋道満の――、平安京に巣くう闇との暗闘が始まる。
しおりを挟む

処理中です...