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三話 一日で作り変えられたカラダ
しおりを挟む俺はその日の夜、悔しくて悔しくて泣きに泣いた。悪魔達を起こさないように、声を押し殺し涙を流した。俺はいつ悪魔達がこの扉を開け襲ってくるのか。全くわからない。そんな恐怖のせいもあり、寝ることもできない約六時間は俺にとって最悪な時間となった。
俺のステータスではあいつらには勝てないことを俺は分かっていた。なぜなら俺のステータスは絶望するほどに低いものだったから。
ーーーーー
齋藤 誠 (男)
十七歳 人間族
体力 200
魔力 40
剣術 lv1
魔術 lv1
称号 なし
スキル なし
ーーーーー
こんなステータスもう見たくない。
それが一番強く感じたことだった。
朝になり、ちらほらと声が聞こえる。俺は心の準備をする。もうすぐ朝一のイジメが始まる予定だ。が、いつになっても扉は開かれない。全員が起き少し経ったと思われる時になっても扉は開かれず、朝食時間になる少し前に扉が開かれる。
「おい、豚。いつにも増して気持ち悪い顔しやがって。俺たちは朝食に行く。お前はここの部屋の掃除してから来い。」
富川はギラギラとした目でそういうと、その場を去った。俺は外に出て部屋全体を見渡す。散らかった布団。床に落ちた何かわからない食べ物のカス……完全に雑用係だ。
そんなことを言っていても仕方がない。まずは全員の布団を綺麗にたたむ。次に床を雑巾があったので磨く。床は石でできているので俺の生身の足には冷たさが伝わる。そうして全ての床を拭き終えた時、ドアのノックがする。若い女性の声だ。
「お掃除に参りました。よろしいでしょうか?」
え?お掃除?もしかして悪魔達はこれを知っていたのか?──いや知らなかっただろう。俺に掃除させるためにあんなに汚くしていただけで、お掃除さんが来ると分かればもう少し綺麗にしていたはずだ。
「いえ。大丈夫です。もう掃除はしましたので。」
「はぁ、そうですか。分かりました。失礼いたしました。」
足音は遠くなっていく。俺は掃除用具を片付け食堂に向かう。食堂ではわーわーとすでに食事を済ませた悪魔達が雑談していた。俺は静かに食堂を入り、すでに用意されている食事を食べる。食事……ではないな。餌だな。無駄に大きな皿にも関わらず、盛られているのは緑の葉っぱだけにソースがかけられただけのもの。多分この葉っぱ添え物だったものだろう。
俺はその葉っぱを黙って食べる。もう監視の目はこの時点である。多分昨日にでも俺の監視係なるものがクラス内で決定したのだろう。見ていなくてもわかる。何人かがこちらを向いてニタニタしているのを。俺は震えることしかできなかった。
そんな中、一人の人物がこちらに近づいてくる。来たのは瀧澤 雅子。女子のトップ権力を握っており、俺のいじめには直接は参加しないものの女子に俺の変な噂を流し、どんどん俺を孤立させていく。バレーでプロ契約も結ばれていたらしい。
そんな奴が俺に近づき耳元で囁く。
「ねぇ、あんたいつまでそんなかっこしてるわけ?クラスの気品に関わるからさ。その下品なかっこやめてくんない?男子部屋の横に着替えが置いてあるから、その服でも着てたら?」
それだけ言うと瀧澤は去っていった。その後何話していたのかと女子達から聞かれ、大きな声で
「あー、ちょっとあの家畜くんがー私のことを気持ち悪い目で見てきたから?調子乗ってんじゃないかって聞いてきただけよ。無反応だったけど、それはイエスの意味で捉えてもいいと解釈したわ!」
と言った。その言葉を聞いた、女子達はキモいだの、失せろだの言ってくるが俺はそんなのは聞こえない。ただ瀧澤の意図が読めず、困惑していた。
部屋に帰る前、男子更衣室の横を訪れると、何人かの女子が服を洗いにいた。俺の姿を見た女子達は散々ストレス解消のように言葉をぶつけてくる。そんなことは日常茶飯事なことなので無視し、棚に置いてあった服を一枚取り着る。身長順に並べてあった服は運動用に作られたものみたいで、素材はゴワゴワするが動きやすいものとなっていた。
それを着て男子部屋に戻る。扉を開けても俺は空気だから誰一人反応しない。そしてそのまま掃除用具庫に閉じこもる。
真っ暗な掃除用具庫。その中で研ぎ澄まされる精神は少しの音にまで敏感に反応してしまう。またこの扉が開かれ暴力を振るわれるのではないかという恐怖は学校という名の地獄にいるよりも、断然こちらの方が地獄めいていた。
そして次に扉が開かれたのは訓練前。開けたのは負け組宮下だった。こいつは下剋上はせず、そのまま負け組となっているようだ。
「おい、豚。訓練に行く。なんだ、その不満そうな目は!!言っとくが、俺とお前は違う!お前は家畜以下、俺は人間だ。家畜以下など人間様にはもっと尊敬の目を向けるんだな!気持ち悪い。」
そう言い残し、掃除用具の扉は思いっきり閉められる。家畜以下。尊敬しろか。
俺も悪魔達が部屋を出た後、広場に行く。そこには一人の男性が立っている。
「君かな?召喚されたけど、何にも出来なくて仲間外れにされているって子は?」
「はい。」
「話は聞いてるよ?大変だねぇー。君も。昨日のうちにスキルは増えたかな?」
「いえ。」
「そうか。まぁそんなに絶望することはないさ!僕も最初は君と同じぐらいものだったから!あ、自己紹介がまだだったね!僕はルエル・タン・グレミーシア。ルエルって呼んでくれたまえ!」
「はい。俺は齋藤 誠。マコトと呼んでください。」
「おっけーおっけー!!マコトね!じゃあまず何からしよっか~。うーん。じゃあまずは気分転換に展望台にでも行ってみる?」
「え?はい。」
「おっけーおっけー!じゃあ行こっか!」
彼の名前はルエル。俺の世話係となった。ルエルは二十代前半。髪は銀髪で、塩顔イケメン。身長は百八十センチぐらいで、細めの体つきではあるが引き締まった肉体はどれくらい修行してきたかがわかるものだった。彼は軍の少将という座にいる。エキソンとも古い友だということで、紹介されたらしい。
展望台へはさほど遠くはない。訓練所とは反対の方向の扉を抜け、すぐにある階段をひたすら登っていくだけだ。十分ほど登って仕舞えば、展望台に着いた。
「綺麗だろう?」
三百六十度パノラマで、色とりどりの屋根がすぐ下に見え少し遠くを見ると街を取り囲むように壁があり、その向こうには草原が広がっている。爽やかな風が鼻を突き抜け、空は青空。日光も差す。
「これがダルダリングス王国の首都、ダルダリン。そしてここは景色を一望できる城のてっぺんに作られた展望台だ。僕たちはこの素敵な場所をいつまで守りきれるだろうか。多分この光景を見られるのはこのペースでいけばあと五年だろうな。」
「魔族の侵略。」
「そう。魔族達はすでにこの世界の五割を征服しつつある。そして侵略を止めるために、数え切れないほどの人々が死んでいった。今、この瞬間もな。──つい先日、僕の父親が魔人によって殺された。父は僕よりも強く逞しい人間だったのに、魔族一体の手によって秒殺されたと聞いた。僕は悔しくてたまらない。あんなにも偉大な父が一瞬にして命を奪われたことを。」
この時のルエルの拳は強く憎しみめいるように強く握られていた。俺もその気持ちは分かる。あの悪魔達の言葉を聞くだけでこの世界に来た時から、俺の精神はどんどん壊されていく。それが悔しいが、俺は何もできない。壊れていく精神の中には復讐の文字も消え去り、無心という言葉しか残ることはないからだ。
「ごめんごめん。突然しんみりしちゃう話なんかして。」
「いえいえ。」
「よし!じゃあ気分転換も出来たことだし、ご飯でも食べるかなぁ~?」
「え?」
「マコト、朝食食べてないだろ?僕がとびっきりうまい料理屋教えてやるから、付いて来い!」
まさかこの人、俺がいじめを受けていることに気づいたのか?この短時間で。たしかに露骨にされてる部分は多いけど……。俺はルエルの後をついていく。階段を一番下まで降り、城の正門に着くと馬車に乗らされる。馬車は外見は赤く、金色の装飾も所々付いている。それとは対比的に馬車の中は落ち着いており、紺色で統一してある。
「うーん。ここなら落ち着いて話せるかな?色々君のこと。」
「え?」
「マコトのことだよ。その顔の痣も含めてね。その痣、どっかにぶつけたようなものじゃないよね。人の手によって与えられたもの……そうじゃないのかな?」
俺はその言葉にギクっとした。そしてこの人になら、今なら言えるのではないか。そんな気さえした。
が、それは言葉となることはなかった。俺はその時わかった。すでに悪魔達の手によって俺は一日であいつらの思惑通りのカラダになってしまっていることを。
全てはこの世界に召喚された時から始まっていたのだと。
あの野村の言葉が俺の頭の中にはずっと響いていた。"今、この場で変な行動を起こしたらお仕置きだ"という言葉が。そしてその夜俺は地獄の仕打ちを受けた。それはこの前まで何度としてやられてきたものであったが、クラス男子全員にジロジロと見られ、ニタニタと笑われ、殴られ、蹴られ、踏みつけられ、犯される……。それらが毎日繰り返されると思うと吐き気がするのと同時に、俺に恐怖を植え付けていく。
そしてそれが終わり真っ暗な掃除用具庫の中で一人眠れない地獄を体験する。いつ扉が開き、あの理不尽な暴力に襲われるかわからない。それに加え俺の目と耳には悪魔達のあの歪んだ目と声の残像が残り続ける。俺はその極限の状態に精神を削り取られ家畜以下の存在と認識させられる。
そして朝になり悪魔達は起き出す。その音に敏感に反応してしまう。いつ朝の洗礼が来るものかと心の準備をするが、いつになっても来ない。俺はいつもの日課だった、朝のいじめがないことに不安を持ちながらも待つことしかできない。そして最終的に何もない。これによって俺が黙っていれば何もされないということを認識させられる。そして命令通り掃除をさせられる。この時点で俺は奴らの豚として完成しまったのだ。いつだって見られているという恐怖に苛まれ、忠実に豚の仕事をこなしていく。しっかりとやればお仕置きはなく、少しでも変な行動を起こせば昨日の夜のような地獄を見る。それが定着していく。
そして最後に負け組であったやつの言葉によって俺は完全に人間としての尊厳は失い、豚として生きるしかない。
だからこの時も言おうとしたが何も言えなかった。悪魔達がそこで監視しているようにとしか思えないから。
「マコト?大丈夫か?顔青いぞ?休んだ方が……「いいです。大丈夫です。この痣は昨日ベットから落ちた時にできたものです。あと、俺全く腹減ってませんから。大丈夫ですから。」
「……そうか?本当にか?」
「はい。」
そうして俺は無意識にルエルさんに触れてしまった。その時だった。誰かが俺の頭の中で呟く。
『スキル発動。ルエル・タン・グレミーシアの所持品をランダムに回収しました。転送は日付の変わる十分前です。』
スキル……発動?
俺はその頭の中で聞こえた声に驚いていた。
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