家畜少年の復讐譚〜虐められていた俺はアクマ達を殺した〜

竹華 彗美

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三十七話 フコウの連鎖

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 『達哉の殺害』を決意したあの日から僕は必死にやつの情報を聞き出した。

 達哉に犯される時に苦しむ様子を見せて興奮させ、その後いい気分になった達哉に質問を投げかける。
 何か『殺す』ことが出来るようなネタが出てこないかを探す。


 その間もちろんみつるには普通に接する。みつるは僕が彼と達哉との関係を知ってしまったことは気づいていないようだった。時々『達哉』という名前を会話中に出してみたが、"ふーん"という表情で返されてしまう。

 もう君と達哉の血が繋がっていることも役所で調査済みにも関わらず──。



 先生とは職員室の一件以来あちらから話してくることはなくなった。幸い先生には詮索も何もされず、達哉からの虐めも家族からの虐待も知られていない。
 先生自身これ以上僕関連で自分の立場を危うくするのはやめたみたいだった。
 僕にとっては逆に良かった。本当に良かった。



 陶芸も中2の冬から技術が着実に上がり、3年の夏休みには公式陶芸大会で初の金賞を受賞した。
 そこから父の態度は一変し、今までの折檻も生活管理もゼロになった。
 だから夏休み終わりからの僕は今までで最も楽しいと思える日々を送った。



 
 そして9月中旬。ある事件が起こった。事件とはいえそれは家の中で起きた些細なもの。陶芸家一族ならではの事件だったため、ニュースなんかでは取り上げられなかった。

 それがきっかけとなり、僕は達哉の殺人計画を大いに進めた。


 祖父が階段から落ち、全治2ヶ月の大怪我を負った。
 最初は"歳だから"と皆言っていたが、病院で精密検査した結果どうやら違うらしい。



 『二酸化マンガン』を慢性的に吸い込み、歩行障害になった。

 陶芸で『二酸化マンガン』は着色する時に使う。乾電池などによく使われているあれだ。茶色や黒色の陶器にする際に色つけとしてそれを調合するのだが。
 楜澤家では基本マスクなどをしない。粉塵が巻き上げられ吸い込んでしまって病気になることは陶芸にとって仕方の無いこと。そう教えられた。

 その結果がこれだ。
 『二酸化マンガン』には呼吸の障害や慢性的に摂れば発汗障害、歩行障害になる危険物質だ。
 
 確かにココ最近。夏の猛烈な暑さが静まって来たのにも関わらず、汗をダラダラと流していたり。夏には一度熱中症で倒れた時もあった。
 歩行障害についても心当たりはあり──その時閃いたのだった。



 


 達哉は黒色のタオルを持ってくる。それは部活で全員が持っているもので、毎日の様にそれで空手でかいた汗を拭う。
 それは月、水、金。僕をいじめる時にも持ってくる。僕はそれに活用しようと考えた。

 二酸化マンガンは黒色の粉状のものを陶芸では使う。粉塵として巻き上げられる粉は呼吸器から入ると段々と身体を蝕む。
 しかしマンガンは人の体内に常にある。知らぬ間に摂取している。生きていくのにマンガンは人間にとって大事な物質だ──だからこそこれを選んだ。
 
 口からの摂取では胃に溜まるか、尿として排出されるだけのマンガン。ただ吸わせる事ができれば卒業までには祖父のような症状が出ると思ったのだ。


 達哉は僕をいじめる前に昼食を摂る。その後に歯磨きをしに必ず部室の外に出ていくのだ。そこで僕は家から持ってきた二酸化マンガンを達哉の黒色のタオルに振り掛ける。
 達哉はこのタオルがとても気に入っているらしい。常日頃から持ち歩いているのだ。そのタオルに黒色の粉状の二酸化マンガンをかける。
 
 更に部屋に二酸化マンガンをばら撒く。既に達哉は部活を引退しているのだが、いじめられている間だけでも吸わせる考えだった。
 他の空手部員にはなんの恨みもないのだが、達哉という先輩を持ってしまったお前らが悪い。そう思うことにした。
 ほこりとなった二酸化マンガンは充分に達哉を蝕んでくれる。更にタオルからも二酸化マンガンを吸う。それによって『慢性』になってくれれば、それでいい。




 何もバレることは無い。
 粉状だからただのほこりだ。ほこりは普通に今も舞っている。それに少し二酸化マンガンが入っているだけのこと。

 更に僕は慢性的にさせるために10月から行動に出る。
 
 達哉の目を盗んではあらゆるものに二酸化マンガンをかけ始めたのだ。
 
 だってただのほこりだもの。

 体操着にかけても、学生カバンの中に振りまいても、引き出しの中にばらまいても──ただのほこり。黒色のほこり。

 隙あらば達哉の頭上から、弁当を食べてる時に徐ろに立ち上がっては上から二酸化マンガンをふりかけた。
 それが案外バレない。スマホを見ながらのご飯だ。集中するものがあると人は気づくものにも気づけないらしい。

 吸わせ、吸わせ、吸わせ、吸わせ──吸わせまくった。

 

 更に僕は達哉の弱点を知ってしまう。それは調理実習でサラダを作る話し合いをしている最中。

「僕さ、リンゴ入ったポテトサラダめちゃくちゃ好きなんだよねぇ!」

 と一人の男子が言うと、それに同調して何人もの男子が賛成した。

「それわかるわー。美味しいよな、リンゴサラダ!」

「小学生のときの給食によく入ってたよな! 俺あれ好きだったわー!」

 と話す中、一人が達哉に聞いた。


「達哉はどうなの? リンゴ好き?」


「いや……俺実は、リンゴアレルギーでさ。食べれねぇんだわ……」


 初耳だった。そんなこと聞いたこともなかった。これは使える。
 もし二酸化マンガンの効果画でなければこれを使わない手はない。



 僕の頭の中はもう達哉を殺すことでいっぱいだった。振り返れば異常だった。
 いくらみつるのためとはいえ、僕は狂っていたのかもしれない。いや、狂っていた。
 『人のためになることをしろ』と教えられた僕が、『陶芸道具で人殺し』を計画したのだ。決して褒められることでは無い。
 殺したところでみつるにはなんと思われるだろうか。『ありがとう』なんて言ってくれるだろうか。
 一応彼にとっては腐っても実兄だ。家庭内暴力を振るわれているのだとしても血はつながっている──それを考えれば辞めてしまいたくなる。
 みつるは達哉が死ぬことを望んで無いかもしれない。


 でももう今更──無駄か。


 秋から冬へ。
 年が明け、既に月は2月に差し掛かる。計画は順調に進んでいた。

 2月の寒い時期だと言うのに無駄に汗をかく達哉にやつの友達は心配していたが、病院にも行かず『大丈夫』と言い続けている。
 何も無いところで転ぶことが多くなってきた。それに先生も心配しているようだがやつは『寝不足』のせいにしている。高校受験に向けての勉強で、な。
 更に咳もしている。この頃は歯磨きに出る時に置いていくやつのマスクにも二酸化マンガンをふりかけている。マスクの表面などあまり見ずに付けるから、吸わせ放題だ。


 僕は祖父の説得に成功し、高校の受験を認めてもらえた。祖父曰く、『陶芸が疎かにならないのであれば高校までなら好きにさせてやる』ということ。
 僕は祖父に信頼を持たれ、僕も同時に祖父を尊敬していた。

 目指す高校はもちろんみつると同じだった。みつると火木には図書室で勉強会を開いている。みつるといると捗る。
 と同時にもう少しで楽にさせてあげられると思う。

 みつると僕は学年トップ10以内に必ず入っている。テストが多くなってもそれは変わらない。
 どちらもS判定。僕達が高校に一緒に入るのはほぼ確定といえる。


 学力は気にせずにいい。
 達哉の殺人計画も思い通りに進む。

 何一つ滞りなく進む計画。

 そして何よりもみつると居られる時間が長くなれる事が僕にとっては幸福でしかない。


『君を傷つけるやつは殺してあげる。君のため、君が僕を救ってくれたように、今度は僕の番。』


 もう止められない。僕を止める人は誰もいない。















 そして迎えた卒業式。
 僕はこの日、達哉を殺す。


 卒業式。祖父が来てくれた。
 祖父は僕の卒業祝いに湯のみを作ってくれた。緑色の小さな湯のみ。

「卒業おめでとう。」

 いつも厳しい祖父がその時はとても優しく、温かかった。



 卒業式は順調に進んだ。
 温かい拍手が鳴り止まぬ中の退場。その時僕の頭は達哉のことで頭がいっぱいだった。

 達也の殺害。いや訂正しよう。事故だ。達哉は事故で死ぬ。僕は預言者だ。


 卒業式後にはクラスでの最後のお別れ会がある。その時にも僕はドキドキが抑えられない。


 僕は昨日の放課後、達哉に『卒業式の放課後話したいことがある』と言った。なぜと聞かれ『これからのこと』と言うと下品な笑みを浮かべた。

 達哉に二酸化マンガンを浴びせ続けた結果、彼は今松葉杖を着いている。2月の下旬から『原因不明の歩行障害』に悩ませれていた達哉。
 病院に行ったが『二酸化マンガン慢性中毒』とは診断されなかった。その理由はあまりにも関連性がなかったからだと思われる。

 しかし僕への性的虐めは止むことはなく、むしろそのストレスと勉強に対するストレスが僕に向いた。
 犯されるのは毎日の朝。トイレでやるのと、月水金の昼食になった。僕はそれに耐える日々を送り、更に二酸化マンガンを投与し続けた。


 その結果松葉杖に頼らないと生きていけないようになった。

 空手は出来なくなった。歩くことが精一杯のやつは僕でも『勝てる』。



 
 最後のホームルーム。
 クラスの大半が泣きわめくなか、僕はただただ終わるのを待っていた。祖父は先に帰った。
 達哉の目にも少し涙がある。次に見せる涙は『死の前』だ。






 ホームルームが終わる。
 僕は直ぐにその場から立ち去り、空手部の部室の前に立っている。
 それから幾秒、幾分経ったのかは分からない。


"カツカツ"

 と松葉杖の音が背後からする。


「楜澤、待たせたか。」


 そこに立つのは不敵な笑みを浮かべた達哉。


「たつやく………ご主人様。」





────


『……ぼくは、きみの……おにいさんをこ……ろしました………あのひ……そつぎょうしき………ぼくは、うまくあるけない……きみの……あにに………ぷれぜんと……わたし、ました………くろぬりの、ゆのみ……を………くろぬりの……せんりょう、に……りんごを……ぎょうしゅくした……じゅーすを、ぬりこんで………
 ……さらにそれを……つかって……りんごいりの、おちゃ……のませたんです……そしたら………』


 そこまで楜澤は言った。
 しかしそれ以上は言わなかった。

 掠れた声を遮った人物がいたから。


『ごめんね、楜澤くん。──僕、知ってた。全部知ってる。
 兄さんがあの日、楜澤くんと空手部の部室に入ったこと知ってるから。それで楜澤くんが犯されてその後君が兄さんをおぶって病院に連れて行ったことも。僕は知ってるんだ。
 君が僕のために兄を殺してくれたことを僕はよく分かってる。

 僕は弱かった。きみの何十倍、何百倍も弱かった。
 君は強かった。僕の何十倍、何百倍も強かった。

 僕は君が兄を殺したいことを、僕のためにやってくれていることに気づいても何も出来なかった。
 何もせずに君を──僕の家の問題をたくみくんに擦り付けたんだ。殺しだけじゃない。虐めも。僕は君に擦り付けた。僕はそれに大いに喜んでいた。

 僕は最低な人間だ。僕は君に迷惑しかかけられなかった──。』



 この動画の撮影者である鈴木の声は画面外から聞こえてくる。

 鈴木の声からは悔しみと謝罪の気持ちが溢れ出ている。しかしそれでも鈴木は楜澤を助けない。
 それは楜澤もよくわかっていること。鈴木は松川の犬だから。


 この三人は高校入学前から複雑な関係だ。俺は知っている。

 鈴木が松川に従うわけ。
 楜澤が鈴木に助けを求めないわけ。
 鈴木が楜澤を助けないわけ。 


『……ぼくも……しってるよ………すずきくんは……よわく、なんて………ない…ぼくを……まもって……くれた………じゃないか。』


 目隠しの間から溢れる涙。
 

 その映像を見守る王と近衛兵は何が起きているのか整理が出来ていない。


 そう。複雑なのだ。

 『鈴木 達哉』という人物に全てを汚された二人。
 そしてそれを利用した松川 昴という男。



 
  何かを奪うということは同時に何かを奪われるということ。

 『不幸な人間』がたとえ『不幸の元凶』を取り除いても、また次なる『不幸』はやってくる。

 生まれた時から運命は決まっている。


 
 
 
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