家畜少年の復讐譚〜虐められていた俺はアクマ達を殺した〜

竹華 彗美

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三十八話 無能の大罪人

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──────

 僕は兄のように強くない。
 家の中では空気のような存在。

 両親は僕よりも兄。
 兄が悪いことをしても、全ては僕のせいにされた。


 僕は兄から暴力を受けていた。

 同じ歳に生まれ、同じ卵から生まれた双子二人はどこでこんなにも差がついてしまったのだろうか。

 どこで間違えてしまったのだろうか。


 僕は兄のおもちゃ。兄の思うままに使われる中身のないおもちゃ。
 それは歳を重ねても変わらない──そう思っていたはずだった。




 中学。兄から突然ある日言われた。

『このお願い聞いてくれれば、お前には手を出さなくしてやるよ。』

 その内容は『兄と同じクラスにいる男子の監視──次の兄のおもちゃの心のケアをしてあげる』こと。

 それをすれば僕は兄からの暴力を受けずに済む──そう思えば僕の体は勝手に動いてしまった。

 
 
 その子はもう壊れていた。おもちゃとすれば廃棄処分状態。そんな彼にどうして兄はそこまで執着するのか分からなかった。
 その子は無感情、無表情、機械のようだった。僕がいくら話しかけてもまっすぐどこを見ているかもわからない方向を向いている。
 目に光がない。表情筋はどこかへ行ってしまったのかいつも真顔だ。幽霊でも見ているような錯覚に陥る。
 
 誰がこれを『心のある人間』に戻せるのか──無謀だ。出来ない。

 でも出来なければ、僕がおもちゃにならなきゃいけなくなる。
 それはやだ。

 だからそんな子に僕は『人間』を取り戻そうと必死だった。
 挨拶。世間話。授業。先生の悪口。課題……。中一の時から毎日登下校中に話しかけた結果、彼は徐々に僕に心を開くようになった。

 中二の秋。あちらから話しかけてくるようになった。目に光が戻りつつあり、表情も少しは取り戻した。

 一緒に登校、下校した。
 図書室で勉強や読書をした。
 休み時間には二人で遊んだ。

 楽しかった。"心のケア"として兄に命令されて……僕は彼に兄のことを擦り付けているというのに楽しんでいた。
 僕は何もされてない、けど彼は毎週三回兄に犯され汚されているのに──そう思うことさえ忘れかけていた………しかしそんな生活は長くは続かない。

 僕は兄のおもちゃ。言われるがままのただの道具──忘れてた心は蘇る。









 中三の春。ゴールデンウィークを間近に控えた登校日。いつもの様に彼と登校していた。


「おはよう、たくみくん! 今日は元気がないね、どうしたの?」

「うん、ちょっとね………。」

 
 彼はその日朝から元気がなかった。彼は陶芸一家に生まれた陶芸家。『よく祖父に作品のことで怒られる』ともいってたから──余計な詮索はしない。
 

「今日、昼休み空いてる?」

 校門の前で彼に聞く。聞いた理由──それは『彼が元気がないから』。それは"心のケア"係として……いや、その時は友として言ったんだ。

「うん、大丈夫だよ! なんで?」

 登校中はかなり落ち込んだ様子だったが僕がそう聞けば笑顔を灯した。

「図書館で一緒に本読もう!」



 しかし僕は今日、彼との約束を守れない──と同時に僕の立場を思い出した。



 それは四時限目前。僕がトイレに行くと廊下で会ったのは兄さんだった。


 最近の家での兄さんとの会話は無に等しい。というよりもまず会わない。家の中にいて『会わない』というのもおかしな話だと思うが、元々暴力を振るわれていた時もその時しか会うことはない。

 
 廊下にいた兄さんは僕を見つけるなり駆け寄り、耳打ちした。


『今日の昼、裏玄関。一人で来い。来なかったら今日犯してやる。』


 強烈だった。
 悪意のこもったその声は心の底までを一瞬で支配した。

 あの地獄が再び記憶として蘇る。
 忘れていた過去が、楽しさで消された任務がその短い言葉で現実へ戻される。
 頭の中で何度も波のように押し寄せる声。チャイムが鳴ったのも気付かぬほどにそれは"強烈"だった。



 四時限目の授業は結局無断欠席した。気づけば僕は授業中に裏玄関に居て、足を動かそうとも足の裏に強力な接着剤が付けられているような感覚。

 兄の道具。兄に使われるだけの存在。

 断ることの出来ない自分の弱さ。醜さを象徴していた。


 



 幾分たったか分からない時、後ろから声がする。

「よぉ、久しぶりだな。みつる。」

 声の主は『家の兄』だ。
 学校で見かける『優しい兄』ではない。逆らうことを許さない低くて野太い声。僕の体は硬直する。


「こっち来い。」


 言われるがまま兄の後を着いていく。何も言わずに命令通りに。



 そして茂み……全方向から死角になっている狭い所に連れられ──腕を掴まれると同時に体が浮く。壁に体を打ち付けられた。

 痛い。体が一気に重くなる。
 背中が頭が足が手がジンジンして震えてくる。

 圧倒的威圧に、圧倒的力に、ひれ伏す。


「はぁ……俺はほんとはこんなことやりたくねぇんだぞ。一応双子の家族だ。」


 ため息の後のせめてもの社交辞令。
 勇気を──いや、衝動的に兄さんの目を見るとそこには僕を散々汚した薄気味の悪い淀んだ目があった。


「ひっ……!」


 小さな悲鳴。
 恐怖が蝕んでいく。
 忘れていた恐怖。支配されていた過去。思い出しただけで死にたくなる。
 衝動的に必然的に僕はこの場から逃げる体勢をとっていく。しかしそれを兄が許すわけもない。

「……うっ……」

 情けなく体を震わせ、ジリジリと壁の方へ後ずさりする僕の髪の毛を、兄は右手で強く引っ張った。


「逃げんなよ、めんどくせぇな。これ以上迷惑かけんだったら!!」

 
 その圧力に押しつぶされる。
 体の力が抜けていき、小動物のように"大人しく"なった。
 

「で? 今日なんで俺がお前に会いに来てやったか分かるか?」


 質問に首を大きく横に振る。


「はぁ……これだからは困るんだよ。おまえさ、この頃仕事サボってんじゃねぇの? あいつの反応が最近鈍いんだよ。
 俺が気持ちよくしてやってんのに嬉しそうに喚かねぇしさ。俺の質問全部無視。どうしてかなぁ。」


 はっきりと怒っている。
 

「……ぼ、ぼくやっています。ちゃんと……にいさんに、いわれたとおりに、のこと、ケアしています。……ぼく……ぼくは………」


 自分でも情けないと思う。
 か細い声で怯えたように、同じ卵から生まれた数ヶ月違いの双子の兄に話す声はまるでヤンチャな上級生と虐められっ子の下級生。


「"やってる"って、お前が仕事サボってるから俺がわざわざこんなこと言いに来なきゃいけないんだろ? っていうか『』ってなにそれ。無能ごみの分際で友達作ってんの?
 あーわかったわ。お前仲良くなったからケアできてるとかそんな風に思ってんじゃない? お前らの『ゴミ同士の仲良しごっこ』はどうでもいいにしても、それでケア出来てるとか思うなよ? お前の仕事は『友達作り』じゃなくて『心のケア』なんだよ!」

 
 そうだよ。僕は兄さんに比べれば『無能』。『ゴミ』と罵られても別段気にしはしないさ。
 僕は被害者を増やした大罪人。『ゴミ』そのものだ。それでいてののうのうと──兄さんの言った通りに『友達作り』していただけだ。

 でも──


「僕だって頑張ってる! 兄さんのために頑張ってるよ! たくみく……いや、あいつと友達になったのだって、全部兄さんのためだ。それに兄さんは──」


 僕は自分の無意識のうちに立ち上がっていた。そして自分の意見を述べた。

 なのに次に僕の声を遮って聞こえてきた怒号は、次に襲い来る衝撃は、一気に僕を萎縮させるもの。


「お前は俺に従っていればいいッ!! 口答えすんなッッ!!!」


 重くのしかかる一撃の腹に受けた蹴り。
 そして次に壁に打ち付けられる体は、鈍く嫌な音がした。


「……ぁグッ……ぅう…………はぃ……にぃさん………」

 
 意識が飛びそうになるほどの強い衝撃にもう逆らう勇気も気力も残されてはいなかった。


 やっぱり僕は兄さんの道具。
 一生奴隷。
 選べる選択肢は「はい」の一択だと。
 

 そして再び目を見つめ返すことで再認識させられる"差"。



「お前はとにかく俺の言うことに従っていればいい。お前が"アイツ"の心をケアしてくれさえすれば、お前は見逃してやるからよ!」

 
 そうだよな。
 こんな暴君に勝てるわけない、な。

 兄さんは僕の顔に生唾を吹きかける。冷たく臭く苦いそれは僕の涙と同化して下に零れ落ちていく。


「……はい。」

 
 そう答えるしかない。


「分かったら早く仕事しろ! 不出来な俺の!」

 
 兄さんが居なくなっても、その場から動くことは出来ない。


 兄さんのため……いや、何を言っている。何も出来ない、反抗も、勇気もない己を守るために………たくみを身代わりにしているだけだろう。
 結局『ゴミ』だ。僕は最低の無能王。それでいて兄さんの思いにも答えられず、たくみの真の思いにも耳を貸せないクズときた。

 なににもなれない。何をしてやることも出来ない喪失感。

 僕は無能の大罪人だ。
 




 その日から僕はたくみと会う度に酷く己の無能さをかんじるようになった。
 なのにたくみは何故か明るく話しかけてくるようになる。

 その意味に気づいた時には、僕は彼を『犯罪者』にしてしまったのだと知った。僕のせいで彼は兄さんを殺した。








 卒業式の日。
 最後のクラスのお別れ会が終わったあと、みんなが哀愁に浸っているなか僕はたくみに挨拶するために兄もいる教室へ向かった。

 兄は松葉杖生活。原因不明の歩行障害で医師からは空手も出来ないと言われていた。
 そんな弱くなった兄。しかし僕はそんな兄でさえ対抗出来ずに卒業式まで来てしまった。



 兄は僕と同じ高校に進む。いや、言い方を変えよう。

 兄が僕の高校を決めた。僕の意思は関係なく。

 そしてその僕が行く高校にたくみが志願した。それでいいのかと聞くとたくみは元々『陶芸を継ぐため高校は行かない予定だった』という。だから『楽しければどこでもいい』というたくみに、僕は何も言えなかった。


 倍率は今年も高い。なんせ有名高校。それに公立だから授業料も安いし、綺麗な校舎。頭が良ければ志願するだけの価値はある。
 しかし僕とたくみの敵ではない。翌日の新聞掲載の自己採点では両者共に合格目標点プラス70点。確実だ。
 兄はギリギリだが、部活動や内申点の成績を含めれば合格は間違いない。
 明日の合格発表を見ずとも3人の合格は確実だった。


 高校入学後の挨拶も含めた卒業祝いの言葉を交わす予定だった。


 しかしたくみは既に教室にいなかった。下駄箱まで追いかけてもみたがどこにもいない。念の為と思い、たくみと過した関連の深い場所に行ってみても、その姿はどこにもなかった。


「卒業式の日なんだから、何も考えずに一緒に帰りたかったなぁ。」


 心の声がぼそっと出てしまう。


 しかし次に聞こえてきた方向を向くとガラス越しにはたくみがいた。向かいにいる人物と話している。


 咄嗟に足は動いていた。
 たくみの元にかけていく。
 その方向は『空手部部室』。そして目にした光景は兄と一緒に部室に入っていくたくみだった。たくみの表情は笑っていて、兄さんも笑っていた。


 途端に僕の体は硬直して、廊下で一人その場に立ち尽くした。



 どこからともなく吹いてきた冷たい春の風は僕の体に巻きついた。


 その時感じた不吉な空気はこの後起きた出来事の予兆だった。



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