シガー×シュガー

片里 狛

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シガー×シュガー

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 プレゼントを選ぶことは苦手だ。
 何を選べばいいのか、とにかく考えるのが面倒で、その割に相手にはそれなりに喜んでもらえないと、時間と金を無駄にしたような気分になってしまう。
 どんなものがいいのか、参考にしようと意見を求めても、当事者ではない人間は大概『あなたが受け取って嬉しいものをあげたら良い』と言う。
 いつ何時でも煙草以外に興味のないニールにとって、そんなアドバイスは無意味だった。
 喫煙者ならば煙草の値上がりが激しいこのご時世、それでもいいかもしれない。しかし、残念ながら姉は煙草を吸わない。
「酒も飲まない。煙草も吸わない。だからと言って食べるものもこだわらない。衣服の趣味も特別ない。インテリアは全部貰い物。……そんな人間に何を贈ればいいってんだ」
 寒い街並みを歩きながら、ニールは隣を歩く男に思わず愚痴を洩らした。今日はスーツではないアマミヤは、柔らかい苦笑と共に同意を示してくれた。
「女性の好みって難しいですよね……私も母の日の贈り物は、毎年一カ月は唸って、結局あたりさわりないバスグッズや花を贈ってしまう。いっそ花でもいいんじゃないですか? お姉さんの好きな花は?」
「チューリップ、アネモネ、カトレア」
「……見事に春の花ですね」
「全くだ。ポインセチアを愛してやまない姉だったら、最高に楽だったのに」
 今時花など年中揃えられるけれど、この時期に店頭に並ぶのは、赤い葉と緑の葉のコントラストが美しいポインセチアが大半だ。
 クリスマス前の浮ついた雰囲気の街を眺め、白い息と共に憂鬱な気分を吐きだした。
 あまりにも憂鬱で面倒だったので、プレゼントの買い物にアマミヤを誘ったのは一昨日のことだ。
 なんとなしに訊いた休日が驚くことに被っていた為、こうして二人で街を彷徨う予定となった。仕事場以外はほとんど出かけないというアマミヤだが、面倒な外出予定の同行を、快く引き受けてくれた。
 特別な目的もないので、とりあえず近所で一番大きいショッピングモールに入る。寒さはどうにか紛れるものの、今度はカップルとファミリーばかりで、平日なのに皆暇だなと毒づいた。
 相変わらず、アマミヤとは妙な距離感の関係を続けていた。
 ただ少しだけ変化があったとすれば、キッチンの隣に立つようになったことだ。自己申告のように、アマミヤは非常に不器用な男だった。茹で卵ひとつ切れない男は毎度ニールに呆れられながら、その度に拗ねた表情を隠しもせずにナイフを持つ。
 不揃いで不格好な野菜、ミンチになってしまったアボカド、筋が切れずに繋がってしまっている鳥肉、鱗がとりきれていない魚……そんなものを目の当たりにする度に、ニールは耐えきれずに数年ぶりの笑いを洩らした。
 特に茹で卵が彼の手を離れて自らゴミ箱に投身自殺をした際は、どうしてあんなに笑ったのか、わからない。
 意図的ではなく、声をあげて笑ったのは久しぶりだ。コメディ映画は苦手だし、読む本はミステリばかりだ。仕事でジョークを聞くこともない。冗談ではなく数年ぶりに横隔膜が震えた。
 それからというもの、何がニールのツボに入ってしまったのかわからないが、アマミヤと一緒に居ると笑うことが稀にあった。
 先ほどもとりあえず待ち合わせをして昼食を取ったが、タルタルソースの茹で卵を見ていたら色々と思い出してしまい、呆れるアマミヤの向かいで暫く笑いをこらえた。
 普段のニールを知る者が見たら、卒倒するかもしれない。
 ニコチンモンスターは恋どころか狂ってしまったらしい、という噂がたってもおかしくない。職場の近くにアマミヤを連れて行くのはやめようと思っていた。一応、彼に対して自分がナチュラルすぎる自覚はある。
 ただ、面倒なことを考えるのはやはり面倒で、なんとなくの関係はなんとなく、非常にぼんやりと変化しつつもそのまま続いていた。
「女性用のマフラーとかコートとか」
 生真面目なアマミヤは、モールのショップを眺めながらニールの姉へのクリスマスプレゼントを考えてくれる。
「死ぬほど持ってる。女性ファンからやたらともらうらしい。元々お洒落な人じゃないのに、最近は贈り物だけでブランドショーが出来る」
「映画化の原作も手掛けていましたもんね……。クロエ・ノーマンの名前はメディアに疎い私でも知ってる程ですし、確かにファンは熱狂的な人が多そう。でもそんな事言ったらなんだって持ってるでしょう。もう、その、贈る気持ちが大事なんじゃないですか?」
「選ぶのが面倒だなって思っていても?」
「でも嫌いな人には贈り物をしようなんて思わないでしょう。プレゼントって、中身が何であれ行為として大切なものだと思いますよ。結局何がいいのかって話は別として。いっそ本人に訊いてみたら?」
「あー……ほしいものは俺の時間だろうな。週末拘束チケットを作ったら、両手を叩いて小躍りする未来しか見えない」
「聞いてる分には微笑ましいですけど……毎週末あなたが居ないと私の夕飯が貧相になる」
 以前なら女性にこんなことを言われたら面倒くさいと感じた筈だが、何故か少し甘痒いような気分になる。それを誤魔化すように煙草を探して、モール内は禁煙だったことを思い出した。
 流石に公衆の面前でキスをするわけにもいかない。大人しく喫煙室にいくかトイレの個室に連れ込むか考えていたら、眼鏡ショップの前でアマミヤが立ち止まった。
「……入り用?」
 隣に並んでショーケースを覗きこむ。如何にも安価なチェーン店だったが、色とりどりのフレームは若者向けでどれもアマミヤには似合いそうだった。
「いや、ついにコンタクトが底をついて……日本に注文出すのも面倒だし、いっそ眼鏡作ろうかなぁと思っていたんですけど」
「あー。そういうのも面倒なんだな、海外生活。似合うんじゃない? サンタ帽子には最高に似合わないと思うけどな」
「あの帽子ともあと数日のお付き合いです。まったく清々する。いやでも年末年始明けに一回帰国出来そうですし、その時にどうにか眼科に……ニールはコンタクト?」
「裸眼。目だけは良い。ただ伊達眼鏡は持ってる。年寄りや金持ちは、俺みたいな若い販売員から金を絞り取られてなるものかって警戒するから、少しでも見た目年齢をあげる為に」
「……似合いそう」
「でもキスの時に邪魔だ」
 目を細めてみせると、アマミヤは照れたように視線を逸らす。本当に思った通りの反応をしてくる。そういうところが非常に気持ち良く、ニールは一瞬、姉のプレゼント選びという面倒な用事を忘れかけた。
 ついでにここが部屋ではないことも忘れそうになり、慌てて身体を引く。ナチュラルにキスをしそうになった。流石に住んでいる街で、ゲイ疑惑をかけられたくない。
「他になんか足りないもんとかないの? どうせついでなんだから、必要なものを揃えたらいい。春まではこっちにいるんだろ?」
「春の後も帰れるかどうか……今本社がどういう状態かイマイチわからないんですよね。移動するとかしないとか、急に告知が来るから困る。新店舗も作るとか作らないとか……マンハッタンからシカゴに移動になるだけかもしれない」
「そしたら俺の喫煙量も元に戻るわけか」
「……カリテス社ってシカゴに支店ないんですか?」
「ある。移転願い出せって?」
「そこまでは。出張とかあればぜひともあなたのミートボールが食べたいと思っただけです。……あ、そういえば時計が壊れたんだ。腕時計を取り扱っている店って、このモールにありますか?」
「二階にあったような気がする」
 シカゴは個人的に好きな街じゃないが、まあ、たまの休日に行くくらいは気晴らしになるかもしれない。たまには実家の車を使ってやらないと、姉に忘れられてスクラップにされそうだ。言い訳のようにそこまで考えて、いつの間にか煙草よりもアマミヤの方を優先している自分には気がつかないふりをした。
 実際に他店へのヘルプや出張は時折ある。その度に禁煙の飛行機に乗るのが嫌でたまらない。確か、年末にもどこぞへ行けと言われていたような気がするが、行ける範囲なら車で移動したい。流石にロスと言われたら断念するけれど。
 結局禁煙しようだとか減煙しようだとか、そんな風には今も思っていない。どんなに身体に悪くてもこれは趣味だ。娯楽としての煙草を手放す気は無い。
 それでも同じように、アマミヤの事も手放す気は無いと思っている。これは誤算で、そして信じがたい感情だった。
 時計屋でそれなりの値段をする皮ベルトの時計に目を剥き、もう少し安いものでいいのにと唸る顔を横目で見やり、確かに奇麗な男だけれど、胸もなければ尻も出っ張っていない、と観察する。
 ベッドを共にするなら豊満な女が良い。柔らかい方がありがたいし、気持ちも良い。そんなニールなのに、アマミヤとの情事を想像するとどうも、よくない興奮の仕方をしそうになった。
 時折、欲の籠った目で見つめられる事には気が付いている。そこにどんな感情が隠れているのかは詮索しないようにしているが、確かにアマミヤは、自分と寝たがっていた。
 ただ、きっかけがない。男と寝ることが嫌だというより、その関係になってしまった後に彼はまた、この距離感で付き合ってくれるのか。それがどうにも、予測できない。
 ……そうか、自分は怖気づいているのか。
 それがわかると、また笑いそうになった。ニール・ノーマンは午後九時の女に恋をしている、なんて噂を笑えない。もっと性質の悪いものに自分は嵌っているらしい。
 やっぱり帰国した時に買う、と諦めたらしいアマミヤの言葉は聞かず、店員を呼んだ。一番熱心に見ていた時計がどれか、そのくらいは把握している。そしてそれは確かにアマミヤの腕にしっくりと似合う。
 シンプルな時計をショーケースから出してもらい、プレゼント用でと言い、腕のサイズを一応確認するかどうか訊いた時に初めて、その時計が自分用のプレゼントだと気が付いたらしい。値札とニールを三回見直したアマミヤは、慌ててニールの袖を引いた。
「あの、流石に、金額が……!」
「アンタのお陰さまでこのくらいの金は浮いてるよ。一日一箱吸わないだけで十ドルの節約だ。どうせ貯金が増えるだけなら有意義に還元した方が良い。クリスマスプレゼントを男から貰うのはイヤ?」
「嫌とかそんなことは絶対にないです嬉しいですけど、お姉さんのプレゼントを買いに来たのに……」
「それはこれからじっくり選ぶし、きっかり付き合ってもらう。貰っとけ。俺はあんまり他人に何かを買ったりしない。ニール・ノーマンに贈り物をされた貴重な人間になっておけよ」
 実際、ニールにとってはそこまで高価ではない。海外出張中のアマミヤは、あれだけこき使われているのに薄給らしく、哀れな程蒼白になっていたけれど。
 この時計はアマミヤにとても似合う、と思ったら財布の中身を渋る気にはなれなかった。煙草のまとめ買い以外に大量の札を出すのは久しぶりだ。
 奇麗にラッピングされた箱を受け取ったアマミヤは、ニールが会計を済ませると流石に諦めたらしく、マフラーに顔を埋めて小さな声でありがとうございますと呟いた。
「……うれしい。大切にします」
「どーも。喜んで貰って俺も嬉しい。飾っとかないでちゃんと使えよ。似合うと思ったから買ったんだ、インテリアにするんだったら返品するからな」
「…………肝に銘じます……」
 照れた時のアマミヤは視線を合わせない。それでもぎゅっと箱を抱きしめるような仕草が本心を語っていて、ニールは表情を緩めた。
 素直な男で面白い。キスをしている時以外の彼は、子供のように素直だ。あんなに甘く妖艶に誘うキスをする癖に。
 また手が煙草を漁り、そして目はアマミヤの唇を探す。
 いい加減我慢できなくなり、鞄の中に時計をしまうアマミヤの腰を引いた。他のカップルやファミリーに聞かれては困る。だから、耳元で囁く。
「……時計の分のキス、したら駄目?」
 アマミヤのマフラーの中のうなじが、さっと朱に染まった瞬間を見た。
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