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第 二 章 自分の意思
第八話 絆
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2003年8月11日、月曜日
今日はバイトもなく、詩織にも会うこと叶わず、暇をもてあましていた。えっ?彼女はどういてるって。よく分からんが、水泳大会の役員をやらなくてはならんらしく遠出していた。その大会には翠も出るようだな。
あぁ、暇だ・・・、どう時間を潰そうか?久しぶりに宏之の様子でも見に行ってみよう。
そう思ってからは即行動して、彼の働く職場へと向かった。
俺の住んでいる場所から歩いていける距離にある宏之のバイト先、喫茶店トマト・・・、どう見ても喫茶店ではない。
レストランと改名すればと思うような場所だ。表からその店の中を覗く、昼時も過ぎているというのに相変わらず客が多いな・・・帰ろうかな?迷いながらも店内に足を踏み入れて行く。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか・・・・・・?」
入って直ぐ対応してきた店員は知っている奴だった。声を詰まらせているようだ。接客態度がなっていない冷静に注意してやろう。
「何間抜けずらしてる、早く俺の対応してくれないと次の客に悪いだろ?それにどう見ても独りだろうが」
「お前が独りだってのは分かるけどヨ・・・・、ってオイ、貴斗お前の後ろに客はいないぞ、それに今は少し暇な時間だ。俺一人サボった所で何てこと無いさ」
なんと不謹慎極まりない言葉だ。親友として職場は違うが同じ働くものとして厳しく宏之に言ってやろう。
「サボらず、蟻の如く働け」
「今から俺は休憩だ!」
俺の言葉を躱ように彼はそう返してきた。だが、口は動かしながらも席に案内してくれ接客している。メニュー表を出してくれるが既に食べたいものは決まっていたからそれを彼に告げた。
「メニューはいい、既に決めている日替わりCセットを頼む」
「分かった、それでいいんだな」
「俺も一緒にお前と食事するから逃げるなよ、貴斗!」
「俺は逃げも隠れもせん」
「ウソツケッ!」
宏之、出来るようになった。俺の思考回路を読んでいるようだ。本当は彼に見付からないようにお忍びできた積りだったんだが・・・、最初のとき顔合わせしてしまった以上、逃げられ筈もない。
「へぃ、おまちぃ~~っ!」
「失格!」
「なにがだよ!」
「レストランとか喫茶店でそんな対応しないだろ。寿司屋やラーメン屋じゃあるまいし」
「ばぁ~~~かぁ、テメェだからそう言ったんだ」
「だろうと思った」
「からかってたのかよ」
慎治の影響なのかたまに誰かをからかいたくなってしまう。
詩織にそれをすれば後々大変、慎治や焔先輩には効果なし、翠なんかには情けない事に逆の立場になってしまう。
故にその対象が宏之になってしまっていた。理由は彼の場合、くだらない俺のからかいも受け返してくれるから。宏之はそんな言葉を口にしながら持っていたお盆で殴ろうとしてきた。だが、意識したつもりは全然ないが体はそれを勝手によけていた。
「やるなぁおぬし」
「そんなの避けられないほど、俺はドン臭くないぜ」
彼の言葉にそんな風に切って返していた。それから二人で食べながら会話を交える。
種別は違うが俺も宏之も乗り物が好きだった。俺は車、宏之はバイク。車の改造にこっていると話したら、彼も同じようにバイクのチューンにかなり手を施しているらしいと話してくれた。宏之と話していると、笑っている彼を見ているとなんだか安心する気分になる。そんな事を思っている俺の顔を宏之はまじまじと見ているようだった。もしかして変な顔でもしていたのだろうか。
「どうした、宏之?俺の顔になんかついてるのか?」
「お前の表情が柔らかくなったと思っただけだ」
「そうか?俺にはよく分からん」
「まっ、そうだろ、誰だって自分じゃわからねぇって事、結構多いし」
「そうかもな」
「ああ、そうだよ。ヤッパ、お前がそうなってきたのは藤宮さんのお陰か?」
「・・・うっ、うんなの知るか」
突然、宏之が詩織の事をことばにしてくるから・・・、動揺してしまった。
「ハハハハハッ」
「笑うな!」
「わりぃ、わりぃ。ところでよ、香澄の事だけど」
せっかく、いい気分だったのに宏之は急に隼瀬の言葉を口にした。場を崩す積りはなかったが心がそれを拒否してしまう。これから、彼女の事を聞かされれば彼に言い顔できないだろう。許してくれなくてもいい・・・、帰らせてもらう。
「どうしたんだ、貴斗?」
「別に。食べ終わった事だし、お前の仕事の邪魔したくない、帰る。一つだけ忠告して置く、大切な人の為にも無理して体を壊すな」
〈それと、宏之、ごめん〉と心の中で呟いてから退散させてもらった。
せっかく宏之と楽しく喋る事が出来たのに隼瀬の言葉を聞いて気分を害してしまった。
たまに顔を合わせる宏之、俺は彼に何もしてやれなかった。しかし、今はああして笑えるくらい、人前で堂々と仕事が出来るくらいに立ち直っていた・・・、それは隼瀬のおかげだって分かっているはずなのに俺の心をはそれを否定してしまう。
だが、何故そうなってしまうのか実際俺にも判らなかった。嫌な気分になりたくない故に俺の方から彼女に接する事はないし、話題に持ち出す事もない。
ハァ~~~、宏之ともう少し話したかったな。バカだな俺は。することがなくなった俺は更に宏之の事を考え始めた。
偽善だって分かっているがいつか春香が目覚めるまでは彼の代わりに見舞いを続ける事にしていた。
隼瀬と宏之が付き合うようになった今でも、どうしてか宏之の心の中には春香の想いがあると俺は感じてしまっている。どうして?それは俺と宏之には何か似た部分があるからそう思うのであろう。それに二度あることは三度あるということだ。
宏之と春香は一度、破局を迎えた事があるらしい。理由は知らないがそれは修繕され再び付き合いだしたって事を翠から聞かされたことがあった・・・。しかし、その時の彼女の話す態度は嫌々そうだった。だろうな、翠にとって宏之は二度も姉を捨てた男になるのだろうから。
だが、宏之の奥底の気持ちも春香が目覚めればおのずと分かるはずだ。それまでは・・・・・・、身勝手な行動を許せ。
そういえば、宏之の事を親友だと思ってはいるが彼の事をどのくらい知っているのだろうか?・・・、宏之と知り合ったのは高校三年のときからだ。
彼自身、自分の事を話すことは少ないから宏之自身からそういったものを耳にした事はない。情報の出所と言えば慎治くらいなものだ。
柏木宏之、現在、二十歳。高校二年の時から両親は海外出張で独り暮らしを始めたようだ。
それとほぼ同時期に涼崎春香と付き合うようになったらしい。学内ではムードメーカで人気もそれなりにあったようだ。俺もそれは感じていた。しかし、みんなから慕われている割には彼の方から誰とでも割って入るような事はしないって慎治から聞かされている。
故にそんな宏之が俺に話しかけてくれったって事は彼にとって何か特別な存在として接してくれたのだろう。嬉しい限りだ。それと宏之はスポーツ万能という特技を持っている。だが、けして体育会系ののりではない。
頭の方はというと、かなり出来る事を知っているのだが己から努力しようとしない。宝の持ち腐れだ。もったいない。 だが、しかし、それは俺がどうこう口を出す問題ではないので伏せておいている。ざっとこんなところだ、俺が知っているのは。
それ以上の過去を詮索する気はない。・・・自分の過去は?
それを思い出そうとすればいまだに酷い頭痛を覚えてしまい、倒れて意識不明になってしまう。だからやらないでいる・・・、試してみようか?
駄目だ、今誰もいないこんなところで、俺を知ってくれる人が居ないところで倒れたら・・・・・・、倒れたら消えてしまうかもしれない、だから・・・、・・・、・・・、しない。
余計な事を考えなければよかった。
最近は過去の記憶などどうでも良いと思い始めた、今が大切であれば思い出さなくても良いのではと・・・、だが再び、記憶喪失であるという恐怖を感じてしまい耐えられなくなって急いで家に戻って行った。
その場所は今の思い出があるところだから・・・・・・・・・・・・、居れば安心する場所。
2003年8月30日、土曜日
今、涼崎宅で翠と会っていた。どうして?気になる事があったからだ。
春香の素性実は余りにも知らなすぎたから。翠、自身話してくれた事もないし。どうしてか知っておくべきだと俺の自我が訴えてくる。だから、その妹に会ってそれを聞こうとしていた。
「アァ、もしかしてお兄ちゃん、詩織先輩の事、捨てて春香お姉ちゃんに乗り換える気ですネェ。お兄ちゃんがそんなことするなんてぇっ、信じられない・・・、でも、そんなことしたら絶対、絶対に許さないんだからぁねぇえっ~~~」
彼女は本気なのか本気でないのか表情を膨らませてそう言葉にしてきた。短絡的な考え方は止めてほしいものだ。
「翠ちゃん、人の説明、聞いていたのか?それを理解したうえで疑え」
「だっておにいちゃん隠し事、多いんだもん」
後ろめたい訳ではないが確かに本意を見せないからそう思われても仕方がないのかも。
「いずれ時がくれば教えてやる」
「お兄ちゃんってそればっかり、そしか言葉知らないのぉ」
「ああそうだ、わるかったな」
それから翠にバカにされたり、からかわれたりしながら春香の事を写真で見せながら教えてくれるといってアルバムらしきものを持ってきたようだ。
「ハイッ、これ秘蔵の春香お姉ちゃんアルバム日記」
翠はそれをランダムに開く、それは春香が六歳の頃の写真だったようだ。それを見てしまった瞬間、俺は心臓が握りつぶされそうな痛みに囚われ、頭も痛み出した・・・。
そして、頭の中で一つの単語が浮かび上がっていた。
『ユ・キ・ナ』と。
「ゆきな・・・、」とその言葉を最後に、意識を失い倒れてしまう。
暫くして目覚めたとき、勢いよく身体を起こしてしまったため、眼前に居た翠と頭をぶつけてしまった。
「あうぅ~~~、痛いですよおにいちゃん」
額を両手で押さえながら彼女は涙を一杯目元に溜め、膨れっ面で訴えられた。
「ミッ、翠ちゃん大丈夫か!」
「お兄ちゃん、謝るのがさきぃ~~~」
「アッ、悪いなごめん・・・、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですぅ・・・、傷つけられてしまいましたぁ責任とってくださいっ!」
「どうすれば良い?」
「ここに、チュッとしてくださぁ~~~い。ちゅぅ~~~てねぇ」
にっこりとしながら翠は赤くなった額の部分を指差し、断固拒否願いたい要求をしてくる。
「否ッ!」
「うぅ~~~、酷いですぅ責任取ってくれるっていったのにぃ」
「出来るものと出来ないものがある」
仮にそんな事をして、その事実が詩織の耳にでも入ろうものなら・・・、恐ろしくて想像したくない。だから拒否だ。
「そんな顔しないでくれ、アッ、ああっ、そうだ、ほら翠ちゃんが言っていたあれ、食べに連れてってやるから」
食べる事が好きな彼女、この話題の振りは効果あるだろう。何せ、翠ちゃんの部屋にはグルメ雑誌が綺麗に並んでるくらいだから。
「エッ、本当ですか?」
両手を組んで彼女は目を輝かせ嬉しそうに聞き返してきた。現金とは正にこの事だ。
「二言はない」
「じゃァ~~~、それでは早速今から行きましょぉ」
「はあぁんっ?いまからだ?時間考えろ。もう夕食時だぞ」
「だったらそれも一緒に」
翠にそういわれ、半ば強制的にその店に連れて行かれた。出掛けに詩織にも連絡して一緒に外食する事となったのだが彼女と会ったとき、翠と俺のこと何をどう勘ぐったかしらないがどうしてか妙な疑いの眼差しを向けていた。
2003年12月27日、土曜日
今、自分の住処のリヴィングにいる・・・、それともう一人・・・・・・・・・、詩織ではない。
「貴斗ちゃん、この前のデータ解析アリガトネ。おかげで総ての事が解決出来たわ」
「そうですか、よかったですね」
「アァぁああ~~~っン、ナンデそんなに素っ気無い態度なの?私の知っている貴方はそんなんじゃなかったのに」
「しょうがないだろ、この性格が今の俺なんだから。そうそう、事が上手く解決できたんならなんかお礼くらいくれよ」と冗談交じりで彼女にそう言っていた。
「お姉さんの身体好きにしていいわよ、チュ」
麻里奈は投げキッスを俺にくれるが、
「興味ないね」とあっさりと返す。
麻里奈、彼女程の女性にこんな事を言われたら普通の野郎だったら即、行動を起こすだろうが彼女が冗談を言っているのを知っていたからそう答えていた。
「クククッ、貴斗ちゃんウブネェ、それともあれ、ホモとか?だ・めっ・よぉ~~、そんなアブノーマルなのは」
「うんなわけあるか!!」
「ハハッ、冗談、冗談だってば。そんな目くじら立てて怒んないでって」
〈ぅたくっ、この人は俺をからかってそんなに楽しいのかよ?〉
「それより、本当はここに何しに来たんですか?」
彼女にからかわれるも癪に障るので本来、ここに来た目的を彼女に聞く。
「そう言えば、貴方用途不明のMOディスク持っていたわよね?あれ私に預けてくれないかしら?」
「別に構いませんけど」
その後、麻里奈から色々な説明を受けた。彼女の話しによると俺の両親に関する事が片付いた為、俺を〝ある人物〟にあわせたいと言う事だった。
その解決した 〝事〟について何故か無性に知りたかった。それについて強く説明を麻里奈に求めたが彼女は断固として口を閉じ、その事を聞かせてくれはしなかった。
総ての彼女の話を終えた頃、俺に会わしたい人物に何時会えば良いのか訪ねていた。
「その人とはいつ会えば良いんですか?」
「暇なら、今からでもいいのよ」
麻里奈はそう言って来た。時間を確認し、バイトが始まるまでまだ余裕があるので彼女に今からでも大丈夫である事を告げた。
「OK、わかった。貴斗ちゃん、今からそこへ行こうとしましょうか」
彼女は言って座っていたリヴィングの床から腰を上げ立ち上がり、玄関へと向かって行く。俺も彼女を追うようにその場から移動。
現在、麻里奈が運転するBMW―MINIの助手席に座っている。どこへ向かっているのかと彼女に尋ねたが〝到着してからのお楽しみ〟と言われて教えてくれなかった。
特に彼女に聞きたい事があったわけではないので目的地に着くまで適当に話をする事にした。
「麻里奈さんは仕事上、小回りが利き、尚且つパワーがあるこのミニに乗っているんですか?」
「それもあるけど、これは私の趣味よ、これの前はローバーミニに乗っていたわよ。ローバーに比べるとヴェンベのミニは一回り大きいけど性能は抜群よ」
「そう言えば、この前はローバーミニでしたね。あれはどうしたんですか?」
「チョッチ、仕事でねぇ・・・」
「若しかして、仕事ミスって大破とか?」
「ナハハハッ、中々鋭いわね貴斗ちゃん・・・、っていうか痛いところ突いてくれちゃって」
麻里奈は苦笑しながらそう答えていた。彼女は車の話題が好きらしく、その延々と車についての薀蓄を予定している場所に着くまで聞かされた。俺も車の事は嫌いじゃない。むしろ好きな方で退屈はしなかった。
停止した車からドアを開け外に身体を出す。周りを確認すると――――――、そこは俺の知っている場所ではなかった。オレの目の前には大きなビルが建っている。
「ここは?」
「中に入ってある人に会えば分かるわよ」
彼女に導かれるようにその建物内に入り、受付で麻里奈が彼女の名前を告げると、ある一室に案内された。
そこで俺が顔を合わせる事になった人物とは約二年ぶり、聖陵の藤原洸大理事長・・・、いや今は理事長から身を引き自分の会社の方を従事していると聞いた事がある。
それと彼の隣に立っている人物が一人・・・、翔子先生。
「貴斗ちゃん、ダンマリしちゃってどうしたのかな?もしかして、すっごぉ~く驚いちゃってる?」
「別にそう言うわけじゃない。で?ここへ連れてきた理由は?」
「あわてない、あわてない」
彼女はそう口にすると目を洸大会長?と翔子先生に向けていた。
「ワシはこの日をどんなに待ち望んでいた事か・・・、本当に打ち明けてよいのじゃな、神宮寺殿?」
「貴斗ちゃん、もう彼に危険が及ぶ事は無いし、今以って記憶喪失みたいだけど心の方は安定しているみたいだから、以前の様にそれを聴いて倒れる事も無いから大丈夫でしょ」
〝打ち明けてもよい?〟、〝危険な事?〟とはいったい何の事であろうか?何の事だかさっぱりわからない?そんな俺に対して洸大元理事長が話しかけて来た。
「ウム、貴斗よ。驚かずワシの言う事を聞くのじゃよ」
「はぁっ、はい」
「今までずっと隠してきたがワシとお前は血の繋がった祖父と孫の関係じゃよ。そして翔子はお前の実姉じゃ」
「・・・・・・!?冗談を」
「馬鹿者が!こんな事を冗談で言えるはずがなかろう」
「貴斗、冗談ではなくてよ。私は貴方の姉、わたくしはどれだけこの事を貴方に伝えたかったのか積年の想いでしたのよ」
俺の姉らしい人はそう言葉に告げると泣きながら抱き着いて来た。それから俺の名を〝ちゃん〟付けで連呼していた。俺は唯、たじろぐだけでどうする事も出来なかった。
「はぁ~~~、やれ、やれ、貴斗ちゃんは泣いている女性にしっかりと胸を貸せないほど駄目お君なの?」
麻里奈は苦笑混じりの声でそう言って来た。それでも俺はどうしていいのか判らず、オレの胸で泣いているその人に何とか頑張って声を掛けた。
「ショ、翔子・・・ねぇ・・・姉さん。・・・泣かないでくれよ」
だが、その言葉しか、それしか言えなかった。
〝翔子姉さん〟と言う言葉を発したのが嬉しかったのかその人は嗚咽を止め、俺の顔をマジマジと見詰める。
「貴斗ちゃん、有難う。それと今でも私が貴方にあげた、そのチョーカー身に付けてくれているのね。とても嬉しくてよ」とそう言葉にする。翔子・・・・・・、姉さんは俺から距離を置き、涙を拭いた。
その後、麻里奈は何かを報告するように洸大・・・、爺さんに俺の事を色々と聞かせていた。最後に俺の祖父だと言う洸大・・・爺さんが話を掛けてきた。
「貴斗よ、確かにお前は今も記憶喪失じゃが、ワシと翔子との関係は偽りない物なのじゃ。だから、これからは他人行儀な事はよしておくれじゃ。それと何か困った事があればいつでも言ってほしいのじゃよ。最後に、貴斗よ、若しお前さんの記憶が戻らなくても、大学卒業後は・・・、ワシの会社の力になってはくれまいか?記憶が戻ってくれれば、ことさらによいのじゃがな・・・、ふぅ」
その言葉に対して少し考えてから返事をする。
「俺にどれだけの経営の才能があるか分からないが洸大・・・・・・、爺さんがそう言うのなら頑張ってみる―――――――――、記憶を取り戻すのも努力する」
「貴斗よ、記憶を失っていても本当にお前は優しい子じゃ、有難うじゃよ」
気持ちが楽になる。記憶喪失だというのに肉親がいると言う事が判っただけこんなにも心の持ちようが違ってしまうのだろうか?
何だか不思議な気分だ。だが、その不思議な感覚を遮るように俺の目にこの室内に有った時計が入り込んで来た。
その時計はバイトの時間までそれ程ない事を告げて来る。これからバイトがある事を告げるとその場を後のする事にした。
立ち去ろうとした時、翔子姉さんは何故か非常に悲しげな表情を作っていた。バイトに向かう途中、色々と考えていた。しかし、その中でどうしてなのか姉の翔子と関係が深い詩織や隼瀬の事が頭に浮かんでこのかった。
彼女達が俺の幼馴染みであると言う事実を。今まで俺自身覚えていないが昔と関係がある事を話されるとその度に打っ倒れ気絶していた。だが、今日はそれも起きず総てを聞く事が出来た。俺の中で何かが変わり始めてきたのかもしれない。
今日はバイトもなく、詩織にも会うこと叶わず、暇をもてあましていた。えっ?彼女はどういてるって。よく分からんが、水泳大会の役員をやらなくてはならんらしく遠出していた。その大会には翠も出るようだな。
あぁ、暇だ・・・、どう時間を潰そうか?久しぶりに宏之の様子でも見に行ってみよう。
そう思ってからは即行動して、彼の働く職場へと向かった。
俺の住んでいる場所から歩いていける距離にある宏之のバイト先、喫茶店トマト・・・、どう見ても喫茶店ではない。
レストランと改名すればと思うような場所だ。表からその店の中を覗く、昼時も過ぎているというのに相変わらず客が多いな・・・帰ろうかな?迷いながらも店内に足を踏み入れて行く。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか・・・・・・?」
入って直ぐ対応してきた店員は知っている奴だった。声を詰まらせているようだ。接客態度がなっていない冷静に注意してやろう。
「何間抜けずらしてる、早く俺の対応してくれないと次の客に悪いだろ?それにどう見ても独りだろうが」
「お前が独りだってのは分かるけどヨ・・・・、ってオイ、貴斗お前の後ろに客はいないぞ、それに今は少し暇な時間だ。俺一人サボった所で何てこと無いさ」
なんと不謹慎極まりない言葉だ。親友として職場は違うが同じ働くものとして厳しく宏之に言ってやろう。
「サボらず、蟻の如く働け」
「今から俺は休憩だ!」
俺の言葉を躱ように彼はそう返してきた。だが、口は動かしながらも席に案内してくれ接客している。メニュー表を出してくれるが既に食べたいものは決まっていたからそれを彼に告げた。
「メニューはいい、既に決めている日替わりCセットを頼む」
「分かった、それでいいんだな」
「俺も一緒にお前と食事するから逃げるなよ、貴斗!」
「俺は逃げも隠れもせん」
「ウソツケッ!」
宏之、出来るようになった。俺の思考回路を読んでいるようだ。本当は彼に見付からないようにお忍びできた積りだったんだが・・・、最初のとき顔合わせしてしまった以上、逃げられ筈もない。
「へぃ、おまちぃ~~っ!」
「失格!」
「なにがだよ!」
「レストランとか喫茶店でそんな対応しないだろ。寿司屋やラーメン屋じゃあるまいし」
「ばぁ~~~かぁ、テメェだからそう言ったんだ」
「だろうと思った」
「からかってたのかよ」
慎治の影響なのかたまに誰かをからかいたくなってしまう。
詩織にそれをすれば後々大変、慎治や焔先輩には効果なし、翠なんかには情けない事に逆の立場になってしまう。
故にその対象が宏之になってしまっていた。理由は彼の場合、くだらない俺のからかいも受け返してくれるから。宏之はそんな言葉を口にしながら持っていたお盆で殴ろうとしてきた。だが、意識したつもりは全然ないが体はそれを勝手によけていた。
「やるなぁおぬし」
「そんなの避けられないほど、俺はドン臭くないぜ」
彼の言葉にそんな風に切って返していた。それから二人で食べながら会話を交える。
種別は違うが俺も宏之も乗り物が好きだった。俺は車、宏之はバイク。車の改造にこっていると話したら、彼も同じようにバイクのチューンにかなり手を施しているらしいと話してくれた。宏之と話していると、笑っている彼を見ているとなんだか安心する気分になる。そんな事を思っている俺の顔を宏之はまじまじと見ているようだった。もしかして変な顔でもしていたのだろうか。
「どうした、宏之?俺の顔になんかついてるのか?」
「お前の表情が柔らかくなったと思っただけだ」
「そうか?俺にはよく分からん」
「まっ、そうだろ、誰だって自分じゃわからねぇって事、結構多いし」
「そうかもな」
「ああ、そうだよ。ヤッパ、お前がそうなってきたのは藤宮さんのお陰か?」
「・・・うっ、うんなの知るか」
突然、宏之が詩織の事をことばにしてくるから・・・、動揺してしまった。
「ハハハハハッ」
「笑うな!」
「わりぃ、わりぃ。ところでよ、香澄の事だけど」
せっかく、いい気分だったのに宏之は急に隼瀬の言葉を口にした。場を崩す積りはなかったが心がそれを拒否してしまう。これから、彼女の事を聞かされれば彼に言い顔できないだろう。許してくれなくてもいい・・・、帰らせてもらう。
「どうしたんだ、貴斗?」
「別に。食べ終わった事だし、お前の仕事の邪魔したくない、帰る。一つだけ忠告して置く、大切な人の為にも無理して体を壊すな」
〈それと、宏之、ごめん〉と心の中で呟いてから退散させてもらった。
せっかく宏之と楽しく喋る事が出来たのに隼瀬の言葉を聞いて気分を害してしまった。
たまに顔を合わせる宏之、俺は彼に何もしてやれなかった。しかし、今はああして笑えるくらい、人前で堂々と仕事が出来るくらいに立ち直っていた・・・、それは隼瀬のおかげだって分かっているはずなのに俺の心をはそれを否定してしまう。
だが、何故そうなってしまうのか実際俺にも判らなかった。嫌な気分になりたくない故に俺の方から彼女に接する事はないし、話題に持ち出す事もない。
ハァ~~~、宏之ともう少し話したかったな。バカだな俺は。することがなくなった俺は更に宏之の事を考え始めた。
偽善だって分かっているがいつか春香が目覚めるまでは彼の代わりに見舞いを続ける事にしていた。
隼瀬と宏之が付き合うようになった今でも、どうしてか宏之の心の中には春香の想いがあると俺は感じてしまっている。どうして?それは俺と宏之には何か似た部分があるからそう思うのであろう。それに二度あることは三度あるということだ。
宏之と春香は一度、破局を迎えた事があるらしい。理由は知らないがそれは修繕され再び付き合いだしたって事を翠から聞かされたことがあった・・・。しかし、その時の彼女の話す態度は嫌々そうだった。だろうな、翠にとって宏之は二度も姉を捨てた男になるのだろうから。
だが、宏之の奥底の気持ちも春香が目覚めればおのずと分かるはずだ。それまでは・・・・・・、身勝手な行動を許せ。
そういえば、宏之の事を親友だと思ってはいるが彼の事をどのくらい知っているのだろうか?・・・、宏之と知り合ったのは高校三年のときからだ。
彼自身、自分の事を話すことは少ないから宏之自身からそういったものを耳にした事はない。情報の出所と言えば慎治くらいなものだ。
柏木宏之、現在、二十歳。高校二年の時から両親は海外出張で独り暮らしを始めたようだ。
それとほぼ同時期に涼崎春香と付き合うようになったらしい。学内ではムードメーカで人気もそれなりにあったようだ。俺もそれは感じていた。しかし、みんなから慕われている割には彼の方から誰とでも割って入るような事はしないって慎治から聞かされている。
故にそんな宏之が俺に話しかけてくれったって事は彼にとって何か特別な存在として接してくれたのだろう。嬉しい限りだ。それと宏之はスポーツ万能という特技を持っている。だが、けして体育会系ののりではない。
頭の方はというと、かなり出来る事を知っているのだが己から努力しようとしない。宝の持ち腐れだ。もったいない。 だが、しかし、それは俺がどうこう口を出す問題ではないので伏せておいている。ざっとこんなところだ、俺が知っているのは。
それ以上の過去を詮索する気はない。・・・自分の過去は?
それを思い出そうとすればいまだに酷い頭痛を覚えてしまい、倒れて意識不明になってしまう。だからやらないでいる・・・、試してみようか?
駄目だ、今誰もいないこんなところで、俺を知ってくれる人が居ないところで倒れたら・・・・・・、倒れたら消えてしまうかもしれない、だから・・・、・・・、・・・、しない。
余計な事を考えなければよかった。
最近は過去の記憶などどうでも良いと思い始めた、今が大切であれば思い出さなくても良いのではと・・・、だが再び、記憶喪失であるという恐怖を感じてしまい耐えられなくなって急いで家に戻って行った。
その場所は今の思い出があるところだから・・・・・・・・・・・・、居れば安心する場所。
2003年8月30日、土曜日
今、涼崎宅で翠と会っていた。どうして?気になる事があったからだ。
春香の素性実は余りにも知らなすぎたから。翠、自身話してくれた事もないし。どうしてか知っておくべきだと俺の自我が訴えてくる。だから、その妹に会ってそれを聞こうとしていた。
「アァ、もしかしてお兄ちゃん、詩織先輩の事、捨てて春香お姉ちゃんに乗り換える気ですネェ。お兄ちゃんがそんなことするなんてぇっ、信じられない・・・、でも、そんなことしたら絶対、絶対に許さないんだからぁねぇえっ~~~」
彼女は本気なのか本気でないのか表情を膨らませてそう言葉にしてきた。短絡的な考え方は止めてほしいものだ。
「翠ちゃん、人の説明、聞いていたのか?それを理解したうえで疑え」
「だっておにいちゃん隠し事、多いんだもん」
後ろめたい訳ではないが確かに本意を見せないからそう思われても仕方がないのかも。
「いずれ時がくれば教えてやる」
「お兄ちゃんってそればっかり、そしか言葉知らないのぉ」
「ああそうだ、わるかったな」
それから翠にバカにされたり、からかわれたりしながら春香の事を写真で見せながら教えてくれるといってアルバムらしきものを持ってきたようだ。
「ハイッ、これ秘蔵の春香お姉ちゃんアルバム日記」
翠はそれをランダムに開く、それは春香が六歳の頃の写真だったようだ。それを見てしまった瞬間、俺は心臓が握りつぶされそうな痛みに囚われ、頭も痛み出した・・・。
そして、頭の中で一つの単語が浮かび上がっていた。
『ユ・キ・ナ』と。
「ゆきな・・・、」とその言葉を最後に、意識を失い倒れてしまう。
暫くして目覚めたとき、勢いよく身体を起こしてしまったため、眼前に居た翠と頭をぶつけてしまった。
「あうぅ~~~、痛いですよおにいちゃん」
額を両手で押さえながら彼女は涙を一杯目元に溜め、膨れっ面で訴えられた。
「ミッ、翠ちゃん大丈夫か!」
「お兄ちゃん、謝るのがさきぃ~~~」
「アッ、悪いなごめん・・・、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですぅ・・・、傷つけられてしまいましたぁ責任とってくださいっ!」
「どうすれば良い?」
「ここに、チュッとしてくださぁ~~~い。ちゅぅ~~~てねぇ」
にっこりとしながら翠は赤くなった額の部分を指差し、断固拒否願いたい要求をしてくる。
「否ッ!」
「うぅ~~~、酷いですぅ責任取ってくれるっていったのにぃ」
「出来るものと出来ないものがある」
仮にそんな事をして、その事実が詩織の耳にでも入ろうものなら・・・、恐ろしくて想像したくない。だから拒否だ。
「そんな顔しないでくれ、アッ、ああっ、そうだ、ほら翠ちゃんが言っていたあれ、食べに連れてってやるから」
食べる事が好きな彼女、この話題の振りは効果あるだろう。何せ、翠ちゃんの部屋にはグルメ雑誌が綺麗に並んでるくらいだから。
「エッ、本当ですか?」
両手を組んで彼女は目を輝かせ嬉しそうに聞き返してきた。現金とは正にこの事だ。
「二言はない」
「じゃァ~~~、それでは早速今から行きましょぉ」
「はあぁんっ?いまからだ?時間考えろ。もう夕食時だぞ」
「だったらそれも一緒に」
翠にそういわれ、半ば強制的にその店に連れて行かれた。出掛けに詩織にも連絡して一緒に外食する事となったのだが彼女と会ったとき、翠と俺のこと何をどう勘ぐったかしらないがどうしてか妙な疑いの眼差しを向けていた。
2003年12月27日、土曜日
今、自分の住処のリヴィングにいる・・・、それともう一人・・・・・・・・・、詩織ではない。
「貴斗ちゃん、この前のデータ解析アリガトネ。おかげで総ての事が解決出来たわ」
「そうですか、よかったですね」
「アァぁああ~~~っン、ナンデそんなに素っ気無い態度なの?私の知っている貴方はそんなんじゃなかったのに」
「しょうがないだろ、この性格が今の俺なんだから。そうそう、事が上手く解決できたんならなんかお礼くらいくれよ」と冗談交じりで彼女にそう言っていた。
「お姉さんの身体好きにしていいわよ、チュ」
麻里奈は投げキッスを俺にくれるが、
「興味ないね」とあっさりと返す。
麻里奈、彼女程の女性にこんな事を言われたら普通の野郎だったら即、行動を起こすだろうが彼女が冗談を言っているのを知っていたからそう答えていた。
「クククッ、貴斗ちゃんウブネェ、それともあれ、ホモとか?だ・めっ・よぉ~~、そんなアブノーマルなのは」
「うんなわけあるか!!」
「ハハッ、冗談、冗談だってば。そんな目くじら立てて怒んないでって」
〈ぅたくっ、この人は俺をからかってそんなに楽しいのかよ?〉
「それより、本当はここに何しに来たんですか?」
彼女にからかわれるも癪に障るので本来、ここに来た目的を彼女に聞く。
「そう言えば、貴方用途不明のMOディスク持っていたわよね?あれ私に預けてくれないかしら?」
「別に構いませんけど」
その後、麻里奈から色々な説明を受けた。彼女の話しによると俺の両親に関する事が片付いた為、俺を〝ある人物〟にあわせたいと言う事だった。
その解決した 〝事〟について何故か無性に知りたかった。それについて強く説明を麻里奈に求めたが彼女は断固として口を閉じ、その事を聞かせてくれはしなかった。
総ての彼女の話を終えた頃、俺に会わしたい人物に何時会えば良いのか訪ねていた。
「その人とはいつ会えば良いんですか?」
「暇なら、今からでもいいのよ」
麻里奈はそう言って来た。時間を確認し、バイトが始まるまでまだ余裕があるので彼女に今からでも大丈夫である事を告げた。
「OK、わかった。貴斗ちゃん、今からそこへ行こうとしましょうか」
彼女は言って座っていたリヴィングの床から腰を上げ立ち上がり、玄関へと向かって行く。俺も彼女を追うようにその場から移動。
現在、麻里奈が運転するBMW―MINIの助手席に座っている。どこへ向かっているのかと彼女に尋ねたが〝到着してからのお楽しみ〟と言われて教えてくれなかった。
特に彼女に聞きたい事があったわけではないので目的地に着くまで適当に話をする事にした。
「麻里奈さんは仕事上、小回りが利き、尚且つパワーがあるこのミニに乗っているんですか?」
「それもあるけど、これは私の趣味よ、これの前はローバーミニに乗っていたわよ。ローバーに比べるとヴェンベのミニは一回り大きいけど性能は抜群よ」
「そう言えば、この前はローバーミニでしたね。あれはどうしたんですか?」
「チョッチ、仕事でねぇ・・・」
「若しかして、仕事ミスって大破とか?」
「ナハハハッ、中々鋭いわね貴斗ちゃん・・・、っていうか痛いところ突いてくれちゃって」
麻里奈は苦笑しながらそう答えていた。彼女は車の話題が好きらしく、その延々と車についての薀蓄を予定している場所に着くまで聞かされた。俺も車の事は嫌いじゃない。むしろ好きな方で退屈はしなかった。
停止した車からドアを開け外に身体を出す。周りを確認すると――――――、そこは俺の知っている場所ではなかった。オレの目の前には大きなビルが建っている。
「ここは?」
「中に入ってある人に会えば分かるわよ」
彼女に導かれるようにその建物内に入り、受付で麻里奈が彼女の名前を告げると、ある一室に案内された。
そこで俺が顔を合わせる事になった人物とは約二年ぶり、聖陵の藤原洸大理事長・・・、いや今は理事長から身を引き自分の会社の方を従事していると聞いた事がある。
それと彼の隣に立っている人物が一人・・・、翔子先生。
「貴斗ちゃん、ダンマリしちゃってどうしたのかな?もしかして、すっごぉ~く驚いちゃってる?」
「別にそう言うわけじゃない。で?ここへ連れてきた理由は?」
「あわてない、あわてない」
彼女はそう口にすると目を洸大会長?と翔子先生に向けていた。
「ワシはこの日をどんなに待ち望んでいた事か・・・、本当に打ち明けてよいのじゃな、神宮寺殿?」
「貴斗ちゃん、もう彼に危険が及ぶ事は無いし、今以って記憶喪失みたいだけど心の方は安定しているみたいだから、以前の様にそれを聴いて倒れる事も無いから大丈夫でしょ」
〝打ち明けてもよい?〟、〝危険な事?〟とはいったい何の事であろうか?何の事だかさっぱりわからない?そんな俺に対して洸大元理事長が話しかけて来た。
「ウム、貴斗よ。驚かずワシの言う事を聞くのじゃよ」
「はぁっ、はい」
「今までずっと隠してきたがワシとお前は血の繋がった祖父と孫の関係じゃよ。そして翔子はお前の実姉じゃ」
「・・・・・・!?冗談を」
「馬鹿者が!こんな事を冗談で言えるはずがなかろう」
「貴斗、冗談ではなくてよ。私は貴方の姉、わたくしはどれだけこの事を貴方に伝えたかったのか積年の想いでしたのよ」
俺の姉らしい人はそう言葉に告げると泣きながら抱き着いて来た。それから俺の名を〝ちゃん〟付けで連呼していた。俺は唯、たじろぐだけでどうする事も出来なかった。
「はぁ~~~、やれ、やれ、貴斗ちゃんは泣いている女性にしっかりと胸を貸せないほど駄目お君なの?」
麻里奈は苦笑混じりの声でそう言って来た。それでも俺はどうしていいのか判らず、オレの胸で泣いているその人に何とか頑張って声を掛けた。
「ショ、翔子・・・ねぇ・・・姉さん。・・・泣かないでくれよ」
だが、その言葉しか、それしか言えなかった。
〝翔子姉さん〟と言う言葉を発したのが嬉しかったのかその人は嗚咽を止め、俺の顔をマジマジと見詰める。
「貴斗ちゃん、有難う。それと今でも私が貴方にあげた、そのチョーカー身に付けてくれているのね。とても嬉しくてよ」とそう言葉にする。翔子・・・・・・、姉さんは俺から距離を置き、涙を拭いた。
その後、麻里奈は何かを報告するように洸大・・・、爺さんに俺の事を色々と聞かせていた。最後に俺の祖父だと言う洸大・・・爺さんが話を掛けてきた。
「貴斗よ、確かにお前は今も記憶喪失じゃが、ワシと翔子との関係は偽りない物なのじゃ。だから、これからは他人行儀な事はよしておくれじゃ。それと何か困った事があればいつでも言ってほしいのじゃよ。最後に、貴斗よ、若しお前さんの記憶が戻らなくても、大学卒業後は・・・、ワシの会社の力になってはくれまいか?記憶が戻ってくれれば、ことさらによいのじゃがな・・・、ふぅ」
その言葉に対して少し考えてから返事をする。
「俺にどれだけの経営の才能があるか分からないが洸大・・・・・・、爺さんがそう言うのなら頑張ってみる―――――――――、記憶を取り戻すのも努力する」
「貴斗よ、記憶を失っていても本当にお前は優しい子じゃ、有難うじゃよ」
気持ちが楽になる。記憶喪失だというのに肉親がいると言う事が判っただけこんなにも心の持ちようが違ってしまうのだろうか?
何だか不思議な気分だ。だが、その不思議な感覚を遮るように俺の目にこの室内に有った時計が入り込んで来た。
その時計はバイトの時間までそれ程ない事を告げて来る。これからバイトがある事を告げるとその場を後のする事にした。
立ち去ろうとした時、翔子姉さんは何故か非常に悲しげな表情を作っていた。バイトに向かう途中、色々と考えていた。しかし、その中でどうしてなのか姉の翔子と関係が深い詩織や隼瀬の事が頭に浮かんでこのかった。
彼女達が俺の幼馴染みであると言う事実を。今まで俺自身覚えていないが昔と関係がある事を話されるとその度に打っ倒れ気絶していた。だが、今日はそれも起きず総てを聞く事が出来た。俺の中で何かが変わり始めてきたのかもしれない。
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