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Implus of the Darkness 黒の衝動 ~血に染まる手~

プレリュード 暴かれた過去

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 それは四月六日金曜日の午後八時過ぎの頃だった。私は一度帰宅してから再び、私の働く場所へ戻っていた。私、仁科彰《にしな・あきら》は東京都江東区にある私立海星高校と言う場所で教員をさせていただいている。本来なら私の様な人間がその様な神聖な場所で働く事など許されはずもないのだが・・・。
「紀伊さん、私をこのような場所に呼び出して、一体どの様なご用件ですか?」
「彰先生、先生はこの場所に来ても何も思い出さないの?先生は十六歳の頃からオーストラリアで九年間暮らしていたんでしたね。でも、その九年間は日本の殺人罪の時効の対象にはならないって知っていましたか?」
「私には何を言っているのか全然分かりませんが、紀伊さん?」
 紀伊さとみ。彼女は去年一年間クラスを受け持った生徒たちの一人で、今、私を海星の北校門の所に呼び出した、その人だった。彼女が学校内の壁に沿って並ぶ樹木のもっとも校門に近いそれに手を当てながら、更に言葉を続けていた。私はただ聞くだけで、彼女の言葉は大凡一時間くらいも続いていた。
 紀伊が私に向けるその言葉は、私と私の母以外の誰もが知らないはずの事だった。
「先生、お願いです。若し、もしも、私が今話した事がすべて事実なら、彰先生、今すぐに罪を償ってください」
「キサマッ!それを何処で知った?どうやって知ったんだ?何故、そんなコトを調べたんだっ!私だけなら今すぐにでも罪を償ってもいい。しかし・・・、其れは出来ないんダッ!」
 私は紀伊の言葉が余りにも正確すぎてぞんざいな言葉を口にしていた。そして、その時、背を向けていた彼女が私の方に向き直す。その彼女の表情を見て驚いてしまった。一瞬見間違いをしているのではと思ってしまった。
「きっ、キサマッ!貴様、一体誰だ?ほっ、本当に紀伊さとみなのか?」
「彰先生、一年間も一緒だったのに私の顔も覚えてくれなかったの?それとも私の顔、別の人に見えちゃうの?アッちゃん?」
「そんな莫迦な、こんな事があるものか・・・、・・・、・・・、カナ?・・・、うそだぁあぁぁあぁぁぁっぁぁああっぁあっぁあぁっぁぁぁぁ」
 余りにも異常な事態を目にしてしまった私は正気で入られなかった。私の目の前に居たはずの紀伊さとみは・・・、・・・、・・・、顔も、その口から聞える声も十何年も前まで、私の幼馴染みだった橘加奈に代わっていた。
 それを見て狂って仕舞った私は彼女に襲い掛かっていた。しかし、私は小さい頃に受けた大きな怪我で急な運動をすると身体の発熱が間に合わず、大人になってその数は少なくなったが、場合によっては意識を失ってしまう事もある。この状態で彼女に襲い掛かっても長引けば負けてしまうのは私の方だった。
 私は手先が器用な方で電気工作も設計などは出来ないが、図面さえあれば大抵の物は作れてしまう。そして、現在は所持してはならない物を私の携帯電話の所に仕込んでいた。それはスタンガン。
 意識がある内に対格差で彼女を押さえつけて、携帯電話を取り出して、電源を供給する部分の蓋を開くと、それを紀伊さとみ?それとも私の幼馴染み?の首筋に突き当てて、カメラを作動させるボタンを押そうとした。
「アッチャン、アッちゃんは私を二度も殺すの?」
「わたしハッ、ワタシは、私は、やってないっ!私が遣ったのはあいつ等だけダッ、クゥッ」
「彰先生やめてっ!過ちを繰り返さないで下さいっ!私、先生の気持ち解からなくない。デモね、それでも、どんなに誰かが憎くても、殺しちゃ駄目なんだよっ!」
 完全にもう訳が判らなくなってしまった私は携帯のスイッチを押してしまっていた。そして、彼女はぐったりとしてしまう。あくまでも護身用として持っていたそれで普通なら人が死ぬはずがなかった。だが、しかし・・・。私はその作り方をどこか間違ってしまっていたんだろう。殺してはいけない少女に手を掛けてしまった。
 正気に戻ってそれが気が付いた頃はもう既に遅く。完全に紀伊さとみは息を引き取ってしまっていた。私が遣ってしまった事を悔いる様に、私はその場所に両膝を強く地面に打ちつけるように跪き頭を掻き毟っていた。
 それから、顔を上げた時に私の目は校舎がある方に向いていた。すると建物の中を動く光を確認した。それは夜間警備員の使用するライトの光。私は腕時計で時間を確認する。午後九時十八分。後十二分もすれば、この周りをその警備員が循環する時刻になってしまう事に気がついた。
 彼女を抱えると、壁に沿って並ぶ木々を背に隠れながら、見付からない様に車を止めてある所まで向う。紀伊さとみを普通に助手席に乗せるとその場所を直ぐに離れていた。
 自動車を運転しながら、私は彼女の事をどうするか考える。本当はこのまま自首しても良かった。しかし、其れは出来ない。私が自首をしてしまえば、大切な人まで、捕まってしまうから。江東区内をぐるぐると回っていると、いつの間にか、木場公園の近くに来ていた。
 遅かれ、早かれ、彼女が死んだ事が解かってしまうなら・・・。私はそう思って、彼女が私との繋がりを示すような物を所持していないか衣服を探る。出てきたものは携帯電話、財布、ハンカチ、それと彼女が持っているのが不思議に感じるポケットティッシュだった。
 その四点から携帯電話だけを調べるとバッテリーを収める部分の蓋が少しずれていた。そして、中を空けると四つ折にされている小さな手書きのメモを見つけた。
『若し、私が、死んだ時の為に913103。www.keyof14yers.com』と書かれていた。
 私には六桁の数字が何を意味するのかわからなかった。しかし、最後の英数字がインターネットのホームページを表す物である事は解かった。そのメモとGPSサービスを使われない様にバッテリーだけ抜くと彼女の服から取り出したものを元の場所に戻していた。四つの物を触った時に普通なら指紋が付く。だが、私にはまったく問題ない。関係ない。
 車の外を確認すると運良く周りには誰も居なかった。彼女を担ぎ、岸辺まで移動すると彼女を静に水に浸す。そして、彼女の袖を近くに放置されていた先端が鋭いパイプで河川に私の腕を浸して届く程度の所で、固定する。素人名浅知恵だとは分かっているが暫くは浮き上がっても来ないし、流される事もないだろう。
 あれから十五年経とうとする今、今回は殺人、そして、死体遺棄と言う二つの罪を同時に遣ってしまった。だが、このことを誰にも知られるわけにはいかない。『私はまた逃げるしかないのか?』小さくした唇を噛み締めて、瞳を閉じながら目下の川に沈んでしまっている彼女にそんな風に問いかけていた。
 見えない場所に隠していた乗用車の所まで戻るとトランクからカー・クリーナを取り出して、あたりに散らばっていそうな彼女の髪の毛を吸い取って、その吸い込んだゴミをわからない様に付近に捨て、そこを立ち去る。
 四月七日、土曜日、午前三時十五分。一旦自宅に戻ってから私は私の住んでいる近くの大きな公園の中にある教会に足を運んでいた。夜もまだ明けないと言うのに、その教会の扉は開いていた。その教会の中には室内を小さく照らす蝋燭が何本も規則正しい配置で並んでいる。祭壇には日本人でない一人の牧師が聖書を開いてそれに目を通しているようだった。
「迷える子羊よ、貴方の抱える悩みを告げなさい、我々が主が貴方のその苦しみを救ってくださるだろう。サア、心の中で懺悔を・・・」
 私はその牧師の前で跪き、両手を組んで懺悔を始めた。そして、心の中で今さっき犯した罪を悔いる。
〈ああ、神よ・・・、神はどれ程、私のこの手を穢させれば気が済むのです?何故、私はこのような運命を負ってしまったのです。あの時と違い、私は彼女を殺したくはなかった。しかし・・・、しかし・・・、若し、神が、私の大切なあの人をお守りしてくれるなら・・・、私は・・・〉
 それから暫く何も考えず、祈り続けた。祈っても何も変わらないことを知っていても。
「これは寄付です」
「いつも、この教会に多額の寄付をしてくださり、誠に感謝しております」
「ここには私が失わずに済んだモノがありますから・・・、それと、今私に出来る償いはこの方法しかありませんから」
 私は教師として得る収入と作曲者、ピアニストとして得る収入の殆どを今祈りを捧げていた教会に寄付していた。総額にして既に九億近い金額だった。もしも、このくらいのお金を十五年前に持っていたら・・・、今のような苦しみは受けなかったのかもしれない。
 それから、私は自宅に戻ると寝ないで、紀伊が所持していたメモを取り出して、インターネットに繋げると、そこに書かれていたホーム・ページのアドレスをキーボードで打ち込む。そして、その場所を開こうとするとパスワードを要求された。紙に書かれていた913103を入力すると、それが要求されていた物だった。
 私はそのサイトを確認した時に唖然とした。そのページには十五年前の私が起こしてしまった事件の事と、私の今までの経歴や私に関することすべてが正確に掲載されていた。紀伊はこの事をどうやって知ったのだろうか、頭を悩ませて仕舞う。既に私が彼女を殺害してしまった為にその事実を知ることはもう出来ない。それから、隅々まで良くそのサイトを確認すると一つのプログラムが埋め込まれている事に気がついた。それはある時期を過ぎるとある場所に送信される物だった。その先は・・・。私は何とかして、そのホームページの総てを消してしまいたかった。現代のプログラミングの必要性もあって、その技術を身につけていた私は何とか六時間くらい試行錯誤の上、そのホームページを管理しているサーバーから、そのデータだけを消し去る事が出来た。
 それを終えた私は眠くなり、パソコンの電源をつけたまま、椅子に寄りかかり眠ってしまう。そして、私が目を覚めたのは、午後一時を過ぎた頃、学校から手伝って欲しい事があるという電話をもらった時の事だった。
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