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第 三 章 過ぎる時の中で

第十二話 予 感

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2004年8月1日、日曜日

 香澄と一緒のベッドの中で昔の事を夢見ていた。
「ハァー、ハァー、ハァー」
 試合も延長戦にもつれ込み、体力が尽き始めてきた俺は面の下でそう息を切らしていたんだ。
 中学剣道全国大会個人選の決勝戦の舞台に上がっていた。
 本戦、互いに譲らず延長戦も三回目。
 これで決着が付かない場合は同時優勝となってしまう。だけど、白黒はっきりつけたかった。
 相手の垂れには藤原と書いてあった。しかも同じ地域に住んでいるヤツだった。
 注意深く相手の剣線を読み取り、相手の出方を伺った。
 多分、相手も同じ事を考えているのだろう攻撃を仕掛けてくる気配がない。
「ハァーーーーーーッ!」
「ヤァーーー、トォーーーッ!」
 相手も俺も気合を放ちながら摺り足しているだけで攻撃しない。
 刻々と時間が迫って来ていた。
 一瞬、相手の剣線が下がり上段に隙ができた。
「ヤァッ、メェーーーーーン」
 気合を放ちながら相手に面を食らわした。だけど浅かったようで一人の副審以外、旗を揚げる事はなかったんだ。そして、鍔迫り合いに持ち込まれてしまう。
 今の一撃で力を殆ど遣ってしまった。しかも俺より頭一つ分でかい相手だ、このままでは・・・、そう思ったとたん相手との鍔迫り合いに負け、一瞬よろめいてしまった。
 そしてそれを見逃さなかた相手は素早く両手を振り上げ竹刀を下ろしてきた。
「ハァッ、メェ~~~ン」
と響き渡る聞きやすい掛け声と共に鮮やかに引き面を喰らわしてきやがった。
「一本!そこまでぇっ!」
 到頭試合の決着がついてしまった。
 互いに礼をかわし一旦、本陣へと戻って先生の話を聞いていた。試合終了後、お互いに面を外し最後に戦った相手と話をしていた。
「俺、負けたの悔しいけど、いい試合だった、有難う。でも来年は負けないからな!」
「僕こそ有難う。でも僕だって負けないさ、幾ら君が強いからって上には上がいるって事を教えてあげるよ」
「なおさらお前には負けられネェ」
「アハハハハッ」
 相手と俺は最後に笑って握手を交わした。
 小学一年の頃から剣道を始めていたんだ。
 四、五、六年と小学生で春、秋の大会で六冠を手にしていた。
 中学校にあがっても負け知らずで天狗になっていた矢先の秋の大会で久しぶりに負けてしまった。
 俺を負かしたソイツのお陰で更なる精進をするようになったんだ。しかし、翌年またそいつと対戦できると思ったんだけど、ソイツが再び俺の前に現れる事はなかったんだ。
 無論、そいつが藤原貴斗である事も知らなかった。
 日本武道館からバスと電車を使って自分の住んでいる町へと帰っている途中。
 それは電車を乗り換えたときの出来事だった。
 でかい防具袋が満員の電車の中で邪魔にならないように足元にまたがる様に置き、竹刀袋を手元に納め立っていた。
 どれくらい時間が経った頃だろうか?変な動きをしているオヤジと何かに脅えるようにしている女の子がいたんだ。
 気付かれないように視線を落とす・・・、ゆるさネェ行為だ!
 本当は剣の露にしてやりたい所だったがそんな事をしちまうと剣道続けられなくなっちまうから脅しだけにしてやる。
「オイ、テメエ、いい大人がそんな事をしてんじゃねぇよ」
「いっ、言いがかりはよくないぞ、チミ」
 あからさまに怪しい口調で言ってきやがった。
「フッ、アッそうかよ」
 眼を飛ばしながらそう口にしてやるとそのオヤジは額に油汗を掻きながら少しだけ移動していた。女のこの方を見る。・・・可愛い子だな。
 なんとなく守ってあげたくなる様な子だった。
 それと、知っているはずの誰かに似ているような気がしたんだ。だから、この満員電車の中で彼女が潰されない様に身を挺して守ってあげた。
 それ以来、その女の子とはどこかで何回か出会っているようだったんだ。
 でも、その頃は特に人覚えの悪い俺だったから何回か逢っていても彼女だと気付いてやれることはなかった。
 追憶の夢で目が覚めてしまい、隣で眠る香澄を見ながら少しだけ考え事をしてしまう。でも、どうして今頃になってこんな昔の記憶を夢で見たんだろうか?
 それは何かを予期するものなんだろうか?
 考えてみるが答えは見つからず、まだ眠りの欲求を訴える体に従うように再び目を閉じて、眠りに就いた。

2004年8月3日、火曜日

 春香の事故から優に三年の月日が過ぎようとしていたんだ。
 今の俺はそれをすっかり忘れてしまっていた。
「ネェー、宏之ぃ~電話よぉ」
「だれからだ?」
「司さんって人から」
「つかさぁ?誰だよそいつ」
 そんな風に香澄に答えながら受話器を受け取った。
「もしもし、代わりました」
「おぉ~~~、息子よ、今の可愛い声の女の子はお前の彼女か?」
 電話の相手は俺の事を息子という。そんなことを口にする見えない相手に眉をしかめていた。
「・・・、オォーーイ、宏之、返事がないぞ」
「・・・・・・、テメェ、おやじかぁ?一体いまさら何のために電話なんてよこしやがったんだっ!」
「息子が心配だったからだろ」
「嘘つけぇ、五年近くも何の連絡もよこさなかったくせに、何が心配だ」
「一人身だったんだ、親の目を気にせずに女の子連れ込んで好きな事いっぱい出来ただろ?」
「ふざけたこと言ってんじゃネェよ。一体何のために電話、掛けてきたんだ」
「あぁ、そうだった、そうだった。今月の終わりくらいに一度日本に帰るぞ。帰ったら、たっぷり相手してやるから覚悟して置け」
「願い下げだ!」
「ハァー、いつからあの素直で可愛かった息子はこんなにも捻くれてしまったんだろうか、父さん哀しいぞ」
「切るぞ!」
「あっ、待った母さん、美奈と代わるから切るな」
 親父がそう言うとお袋に代わっていた。
「宏之、元気していましたか?お家に全然帰れなくて御免なさい。それに私ったら宏之に母親らしい事を全然してあげられなくて」
「母さん、良いってそんな事、気にしなくて。それより母さんの方こそ無理していないのか?」
「有難う心配してくれるのね。それより宏之に聞きたい事がありますけどいいかしら」
「何だよ、母さん、改まった言い方して」
「貴方、藤原貴斗さんって方覚えていないかしら?」
「何で母さんが貴斗の名前知ってんだよ」
「そう覚えていないのね・・・・・・、宏之、その方とはうまくやっているかしら?」
「貴斗とは・・・、親友のつもりでいるよ」
「そう、それは良かった」
「ところでなんで母さんは貴斗の名前を知っているんだ?どうしてそんな事を聞くんだ?教えてくれ!」
「え?そっ、それは・・・、美鈴姉さんの・・・だから。姉さんの・・だから」
「母さん、今何って言ったんだ?聞こえなかったぞ!」
「あら私今何か言ったかしら?それじゃ、元気でね8月の終わりに会いましょう」
 お袋はそれだけ言うと逃げるように電話を切ってしまった。
 最後、彼女はとんでもない事実を言葉にしていたような気がするんだけど聞き取れなかった・・・、いや違うんだ、お袋が言っていた言葉が聞き取れなくてもその意味を知っていた。
 俺がある記憶と共にその事実を消してしまっていただけなんだ。
 でも、今はその事実さえも忘れちまっている。
「ねぇ、宏之、会話中親父とか母さんとか言っていたけど・・・、若しかしてアンタの両親からだったの?」
「あぁ、そうだ。今月の終わりに帰ってくるって言った。一体なんで今になって帰ってこようと思ったんだ?」
「ハハッ、宏之の両親帰ってくるんだぁ~~~、そん時は私の事、ちゃんと紹介してよね」
「わかってるって」
 香澄に対してそんな返事を直ぐに口に出していた。しかし、そんな事が出来ない事態へと進行していく。だが今の俺にそれを知る事は出来ないんだ。
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