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case0 プラント=クシー
風壊⑥
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ナト大陸では珍しい墨色の髪だった。肌の色は白く病的だ。視線が揺れてしまうような真紅のワンピースを着ていた。
早足で海へ入っていく後姿を、クシー博士はぼんやりと眺めていた。少女はひざ下まで海水に浸かると、緩やかに振り向く。
ひどく紅い目をしていた。
プラントはその姿を視界に入れるや否や、立ち上がり、目を大きく見開くと、彼自身の右肩を凝視した。
そして、砂浜に腰を下ろしていたクシー博士の腕を乱暴に掴んだ。
「パパ、逃げよう!……鳥がそう言ってる!」
プラントは額に汗をかいていた。呼吸も細かくて浅い。
おそらく、プラントと支配能力の初めての意思疎通であった。
「彼女もまた支配能力に目覚めているのか?」
クシー博士は冷静に努めた。博士は研究のために、支配能力を持つ子どもと接する機会に恵まれていた。妻を奪った少女のように致死率の高い力を使う子どもはレアケースだった。
観察を続けるクシー博士を他所に、プラントの慌てようは激しさを増した。
「早く!」
プラントの叫びと同時に熱気が頬を撫でた。時が止まっているような感覚に陥る。その感覚は波が死んでいるために起こるものだった。
足元の海水が少女を中心に激しく気泡を含みながら、蒸気へと変化していた。
少女は二人の心を見透かしたような笑みを浮かべている。
先程まで力強くクシー博士の腕を握っていたプラントの右手が、突然、弾け飛ぶように離れた。
そのままうずくまると呻き声を上げながら泣き始めた。クシー博士がプラントを抱きかかえようとかがみ込んだ瞬間、強烈な突風がフジ博士の身体を宙に浮き上がらせた。数メートル先へと勢いよく吹き飛ばされる。
風上を見ると、無色透明であるはずの窒素と酸素の混合物が少女の生み出す水蒸気と共に回転しようとしているとわかった。
白砂が空高く巻き上がり、渦を描いている。
海鳥が悲鳴を上げ、沖へと羽ばたいていく。
渦の中心には最愛の息子プラントがいた。
そして、金属を擦り合わせるような甲高い風音が鳴った。クシー博士は衝動的に目を閉じて、耳を塞いだ。
音が鳴り止み、恐るおそる目を開ける。そこには、足首まで海水に浸かり、こちらを見て笑みを浮かべていた紅い瞳少女が、下半身だけを残して、真っ赤な花火を咲かせていた。
「パパ、こわい。助けて!」
プラントの叫び声を聞き、抱きしめようと走り出したクシー博士の身体は、無残にも散った。守るべき最愛の存在へ向けて必死に伸ばした長さ約90センチの強靭な右腕から順に、白砂と熱風で生成された竜巻によってあっけなく霧散した。彼を構成していた血液とリンパ液とアミノ酸とリン酸カルシウムは1マイクロメートル以下の粒子状へと瞬間的に分解した。クシー博士だった赤黒い霧は、プラントの柔肌へたったの一度も接触することなく、約1万キロメートル先のニルビスク地方まで散り散りになって吹き飛ばされた。
世界で一番愛していた父を木端微塵したプラント=クシーの創り出す超大型トルネードは、村で一番太い広葉樹を粉砕し、街で一番高価な自動車を分解し、国で最も偉大な石造りの建築物を吸い上げながら、さらに巨大化し、ナト大陸の北東へ向かう。トルネードは地下252メートルの深さまで抉りながら時速60万kmの速度で進み、わずか57.6秒で2億8526万人の命と1023種類の動植物を惑星から奪い去ると、閉鎖大陸ミスラン沖で静かに消滅していった。
古の地層が顔を出すクレーターの中心で立ち尽くす少年の真上には、白目を向き、正気を失ったグリフォンが狂ったように叫声を上げていた。
風壊。
今から120年前、たった10歳の少年プラント=クシーによって生み出された規格外の超巨大トルネード『ξ』はナト大陸の6割を1分足らずで消滅させた。支配能力を持つ子どもが引き起こした、人類歴史上類を見ない大災害は、この星に生きる人々へ受け入れ難い絶望と大いなる進化をもたらすこととなった。
早足で海へ入っていく後姿を、クシー博士はぼんやりと眺めていた。少女はひざ下まで海水に浸かると、緩やかに振り向く。
ひどく紅い目をしていた。
プラントはその姿を視界に入れるや否や、立ち上がり、目を大きく見開くと、彼自身の右肩を凝視した。
そして、砂浜に腰を下ろしていたクシー博士の腕を乱暴に掴んだ。
「パパ、逃げよう!……鳥がそう言ってる!」
プラントは額に汗をかいていた。呼吸も細かくて浅い。
おそらく、プラントと支配能力の初めての意思疎通であった。
「彼女もまた支配能力に目覚めているのか?」
クシー博士は冷静に努めた。博士は研究のために、支配能力を持つ子どもと接する機会に恵まれていた。妻を奪った少女のように致死率の高い力を使う子どもはレアケースだった。
観察を続けるクシー博士を他所に、プラントの慌てようは激しさを増した。
「早く!」
プラントの叫びと同時に熱気が頬を撫でた。時が止まっているような感覚に陥る。その感覚は波が死んでいるために起こるものだった。
足元の海水が少女を中心に激しく気泡を含みながら、蒸気へと変化していた。
少女は二人の心を見透かしたような笑みを浮かべている。
先程まで力強くクシー博士の腕を握っていたプラントの右手が、突然、弾け飛ぶように離れた。
そのままうずくまると呻き声を上げながら泣き始めた。クシー博士がプラントを抱きかかえようとかがみ込んだ瞬間、強烈な突風がフジ博士の身体を宙に浮き上がらせた。数メートル先へと勢いよく吹き飛ばされる。
風上を見ると、無色透明であるはずの窒素と酸素の混合物が少女の生み出す水蒸気と共に回転しようとしているとわかった。
白砂が空高く巻き上がり、渦を描いている。
海鳥が悲鳴を上げ、沖へと羽ばたいていく。
渦の中心には最愛の息子プラントがいた。
そして、金属を擦り合わせるような甲高い風音が鳴った。クシー博士は衝動的に目を閉じて、耳を塞いだ。
音が鳴り止み、恐るおそる目を開ける。そこには、足首まで海水に浸かり、こちらを見て笑みを浮かべていた紅い瞳少女が、下半身だけを残して、真っ赤な花火を咲かせていた。
「パパ、こわい。助けて!」
プラントの叫び声を聞き、抱きしめようと走り出したクシー博士の身体は、無残にも散った。守るべき最愛の存在へ向けて必死に伸ばした長さ約90センチの強靭な右腕から順に、白砂と熱風で生成された竜巻によってあっけなく霧散した。彼を構成していた血液とリンパ液とアミノ酸とリン酸カルシウムは1マイクロメートル以下の粒子状へと瞬間的に分解した。クシー博士だった赤黒い霧は、プラントの柔肌へたったの一度も接触することなく、約1万キロメートル先のニルビスク地方まで散り散りになって吹き飛ばされた。
世界で一番愛していた父を木端微塵したプラント=クシーの創り出す超大型トルネードは、村で一番太い広葉樹を粉砕し、街で一番高価な自動車を分解し、国で最も偉大な石造りの建築物を吸い上げながら、さらに巨大化し、ナト大陸の北東へ向かう。トルネードは地下252メートルの深さまで抉りながら時速60万kmの速度で進み、わずか57.6秒で2億8526万人の命と1023種類の動植物を惑星から奪い去ると、閉鎖大陸ミスラン沖で静かに消滅していった。
古の地層が顔を出すクレーターの中心で立ち尽くす少年の真上には、白目を向き、正気を失ったグリフォンが狂ったように叫声を上げていた。
風壊。
今から120年前、たった10歳の少年プラント=クシーによって生み出された規格外の超巨大トルネード『ξ』はナト大陸の6割を1分足らずで消滅させた。支配能力を持つ子どもが引き起こした、人類歴史上類を見ない大災害は、この星に生きる人々へ受け入れ難い絶望と大いなる進化をもたらすこととなった。
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