シーラカンスと黒い翼

石谷 落果

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case1 ウツミ・ルイ

ある湖畔にて、透明度140mほど③

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 ぼくたちは上空からメジウ湖を観察した。長方形型に広がるメジウの象徴は、ありとあらゆる生命が死滅してしまったかのように様変わりしてしまっていた。周囲に散りばめられた発電所、浄水処理場、商業施設、宿泊施設、養殖場、船舶など人間が生み出した建造物だけが昨日までと変わらない姿で存在している。全てが外形のみを残して文明が消えてしまったと錯覚する。人の姿はちらほらと見られるが、なんだか場違いで模造品みたいだった。
 メジウ湖全体を俯瞰して眺めていると、水の透明度が部分的に異なることがわかる。特に群を抜いて青いのは港町キョウコを通る川と繋がっている湖南だった。川の水は湖の透明度に引きずられ、濁りを失っていた。
「ルイ、あそこが一番綺麗だね。皆、死んじゃったみたい」
 エノはぼくを抱えたまま、湖の中心で滞空する。ぼくの抱いた感覚と同じことを思っていたらしい。
「発生源かな?」
 ぼくが顔を見上げると、エノは歯を見せて笑っていた。
「行ってみないとわからないよ」
「向かおう」
 目的地は商業施設も無ければ、漁業や船舶すら無い市街化調整区域と山林地域の境目。人の姿を見かけることさえ珍しい場所。ここを訪れる人がいるとすれば、それは憂鬱な理由を伴う。大自然と文明がミキシングされたメジウ湖にとって、人類からの逃げ場のひとつ。
 エノは大きく翼をはためかせて最大スピードに達した。エノはこれ以上スピードが上がらないラインまでくると、はためきを止めた。グライダーのようにピンと張った黒い羽毛で覆われた翼は、風に乗って、太陽光を遮って、湖に十字型の影を落とした。空を浮かぶ白い雲は、鏡のように湖面に反射している。
 泥の臭いも藻の臭いも消えた湖は、まるで郊外に建設された大型プールのように無機質に感じられた。
 湖南へたどり着くとエノは高度を徐々に落としていく。ぼくとエノの顔がくっきりと映る。
 エノは前を向いていた。
「降りるよ」
 着陸の衝撃に備えるぼくは、ぎゅっとセーフティベルトを握った。自分の意思でコントロールできない出来事に体が硬直する。
「大丈夫だってー!」
 エノの快活な声は成功するときも失敗するときも一緒だから、たちが悪い。
 湿った枯葉が敷かれた陸地が見えた。群生する大きな広葉樹を避けて、ぽっかりと空いた柔らかい草むらへ目掛けて、次第に減速する。エノの支配能力と科学の叡智である飛行機における大きな違いは、長い滑走距離が必要のない点だった。速度が小さく、小回りの利く性能は鳥の持つ飛行能力と似ていて、翼自体がブレーキにもなり、ホバリングもできる。とは言え、いつもの公園に比べれば、不安定さは否めない。
 さらなる問題は、二人で空を飛んでいる場合、ぼくが最初に地面に足をつくことになることだった。エノのスピードコントロールも重要だが、ぼくのバランス感覚も必要とされるわけだ。じわじわと近づいてくる地面と接触する瞬間に膝を曲げて衝撃を最小限にしなければならない。
 心の中でカウントダウンする。
 エノのホバリングとタイミングを合わせて、ぼくは地面に着く瞬間にしゃがみ込むように腰と膝を落とした。1.5人分くらいの体重を感じたが、どうやら、無事に成功したようだった。
 エノも地面に足をつけて、セーフティベルトを取り外す。
「ナイスフライト」
 ぼくがエノを振り返ると、彼女は親指を突き立てて自慢げに微笑んでいた。
「さあ、ルイ君。潜水艦の準備をよろしくね」
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