シーラカンスと黒い翼

石谷 落果

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case1 ウツミ・ルイ

ある湖畔にて、透明度140mほど④

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 湖底探索を始める際、ぼくは水から二重構造の中空体を作製する。
 外殻には、厚さ数十センチの静止した水をガラスの代わりに見立てた、直径5メートルほどの球状の水壁、内側にはぼくたちを固定するための直径2メートルの水球を生成する。見た目はシャボン玉の中にさらに小さなシャボン玉が浮かんでいるように見える。機能としては、ぼくとエノが同時に入れて、30分ほど酸素が持つようにできている。エノはこれを潜水艦と呼んでいる。
 普段は水道水をバケツに組んできて、それを基に水壁を生成するようにしている。200L程度であれば無から水を創り出すことができるが、二人分の空間を必要とする中空体には足りない。加えて、水が綺麗なほど水中の様子がより鮮明に観察できる。
 今日は湖に透明度の高い水が腐るほど存在しているので、どちらの理由にしても十分な素材が目の前にある。ぼくたちを覆う内側部分は支配能力で生成し、外壁は湖の水をコントロールすることにした。
 イメージを固めている間に、エノは今にも湖へ飛び込んでしまいそうな雰囲気だった。
「ちょっと待ってね。二重構造って意外と集中力がいるんだよ」
 ぼくは目を瞑り、空想を具現化する作業にうつる。
 まずは、約二メートルの水球を、空中に生成する。
 ぼくたちはそれにダイブする。
 今朝、エノと衝突した時のように。
 ここまでは簡単だ。
 外側部分の水壁を制止させるのが難しい。流動性を持っていては内側から湖の様子が見えないからだ。
 一定の距離を保ったまま、湖の水で水球周囲を覆い、壁のように、均一に形作っていく。
 運動を続ける水分子に一様な動きを与える感覚だった。波を殺して、水面を優しく撫でるみたいに。
 ぼくの血流に対して正の走性を与える。すると、外壁は見かけ上、停止したように見える。
 水を非晶質化させ、分解と結合を高速で繰り返すクラスターを固定化している、とぼくは認識している。
 ゆらゆらと波立っていた水壁の表面が、透明なゼリーのように固まっていく。流動的で捉え所の無かった乱反射はスローモーションになるに従って一定のタイミングで光が差し込むようになった。
 ここまで安定すればもう心配はいらない。長く細く息を吐いて、完全に停止するのを待った。
 ぼくは息を全て吐き切ると、ダイブしていた水球から顔を出した。
「よし、成功だ」
 外壁は水族館のアクリルガラスのように外の世界を鮮明に映している。
「早く潜らないと日が暮れるわ!」
「あんまりはしゃぐと酸素無くなっちゃうよ」
 ぼくは腕時計のタイマーを作動させる。
「ルイ、ライトの準備は?」
「オッケー、任せて」
 ぼくは防水対応のヘッドライトを装着する。
「よーし、出発ね!」
 ぼくはエノの合図で『潜水艦』を湖に投下した。
 固定化した水壁と湖の水が擦れて、飛沫を上げる。同じ物質でも条件が異なれば摩擦が発生した。
 潜水で生じた白い泡が消えると、ぼくたちは本当に何もない湖を見た。北極点の地下湖はきっと同じくらい透き通っているに違いない。
「きれーい! なにこれ、空を飛んでいるみたい」
 エノは内側の水球から胸まで乗り出して、覗き込んでいる。
 ぼくは、水壁すら飛び出して湖に落ちてしまうそうになる彼女の手首をつかんで引き戻した。
「もう、何があるかわからないんだからさあ。もうちょい慎重に行こうよ」 
 ぼくが手を離すと、エノは悪びれることもなく、「ありがとう」と言った。
「生き物がいないね。いつもは魚がたくさんいるのに」
 ぼくは異常な透明度の世界に生物の気配がないことに気がついた。
「本当ね。餌が無くて弱って死んじゃったのかな?」
「いや、たった半日で全滅するはずない。死骸が浮いていないのもおかしいじゃないか」
「もしくは沈んでいる?」
 考えにくいが、結論は自分の目で見て判断するしかない。
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