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case1 ウツミ・ルイ
母は多忙ゆえに③
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ぼくたちは母に確実に情報を伝えるため、メジウの都市部へと向かっていた。
「何で、軍はわたしたちの話を聞いてくれないのかな?」
エノはバスの遠心力に合わせて大袈裟に揺れていた。時々ぼくの肩にぶつかって体重をかけてくる。
「確実な情報を優先しているんだよ。彼らからすれば、子どもの話がどこまで正しくて、信用できるのか測りかねるんだろう。自分たちで調査することも容易だ。まさか、湖底まで潜っただなんて想像できないしさ」
出発前、母がいないことで諦めてしまった僕の代わりに、エノがもう一度宿舎へ電話したところ、情報提供は求めていないと門前払いされてしまった。同盟軍は国営の警察官とは違い、独自の情報収集システムとツールを持っている。根拠のない民間情報など必要ないのだ。よって、母に直接会って伝える以外の方法はなかった。
ぼくたちはメジウ17地区で降りると中枢ターミナルへと向かった。ここは首都オトナシと港町キョウコへとルートが分岐する、メジウの流通拠点でもある。17地区からはキョウコの海岸へと通じる高速鉄道が走っている。鮮やかなエメラルドグリーンで塗装された二階建て車両は、通常時であれば観光客や自国へ戻る外国人で入り乱れている。
今日はキョウコ海岸付近より、幻獣出現の警戒発令は出ているため、ターミナルも人の姿が疎らだった。
「貸切り状態ね」
エノは券売機にIDカードをスキャンして、終点のキョウコ南海岸へのチケットを買った。ぼくもそれに続く。家族以外の人間と列車に乗って出かけるのは初めてだったので、少しだけ胸がそわそわした。
列車がほどなくして到着すると、エノはサンドウィッチを買い忘れたと言い、売店へと走っていった。
「旅行じゃないんだから」
「ほーい」
エノは気の抜けた返事をしていたが、しっかり二人分を買ってきてくれる。
どうだ、と言わんばかりの表情でシャカシャカとビニール袋を鳴らすので、ぼくもつられてお腹を空かせてしまった。エノはどすんと音を立てて、短い毛の立ったグレーの座席に腰を下ろす。舞い上がった埃が、窓から差し込む光に照らされてちらちらと空気中を彷徨う。
車内に設置された40インチほどのモニターからは国内ニュースが延々と流れている。キョウコに出現した幻子生命体の特性、三星会議の議決事項、メジウ湖浄化と民間潜水艦の消失。淡々と他人事のように話すニュースキャスターは、ベージュ色のカーディガンを着ていた。
「三星会議は無事に終わったみたいね。お店で買ったパールは役に立ったのかしら?」
エノは雛烏のように首を伸ばして、モニターを見ていた。左手にはイチゴやハイナップルの挟まったフルーツサンドを握っている。
「さあ。ただ、とても似合っていたよ」
ぼくは金糸雀色の少女を思い出しながら、ビニール袋の中を覗く。売店で最も安価なタマゴサンドが入っていた。
「……ふーん。もしかして、あんな感じ?」
「そうそう、あんな感じって、ええ……」
モニターの向こうでは、レイピアのように凛とした少女がミヅハ国皇族と握手を交わしている。モニター越しの人物は一昨日出会った少女に間違いなかった。その右耳に揺れている15,000UKの真球パールは視界の端っこで立派に存在感を放っている。
「まさか王女だったとは」
驚きを隠せないぼくはあまりにも凡庸なことを言っていた。
「いや、気づこうよ」
エノは最後のひとかけらを食べきると指先をぺろりと舐めた。
「お母さんの知り合いだって言っていたんだよね。だから、てっきり軍人かと。あの人が怖ろしい世界で生きているってまざまざと見せつけれられたよ」
母がセイシェリーパ王国と密な付き合いがあるのだとしたら、彼女の多忙さも肯ける。
「しかし、綺麗な人ね」
モニターに映るニュースが切り替わった後も、エノは恋する乙女のようなうっとりとした表情で首を伸ばし続けていた。
「何で、軍はわたしたちの話を聞いてくれないのかな?」
エノはバスの遠心力に合わせて大袈裟に揺れていた。時々ぼくの肩にぶつかって体重をかけてくる。
「確実な情報を優先しているんだよ。彼らからすれば、子どもの話がどこまで正しくて、信用できるのか測りかねるんだろう。自分たちで調査することも容易だ。まさか、湖底まで潜っただなんて想像できないしさ」
出発前、母がいないことで諦めてしまった僕の代わりに、エノがもう一度宿舎へ電話したところ、情報提供は求めていないと門前払いされてしまった。同盟軍は国営の警察官とは違い、独自の情報収集システムとツールを持っている。根拠のない民間情報など必要ないのだ。よって、母に直接会って伝える以外の方法はなかった。
ぼくたちはメジウ17地区で降りると中枢ターミナルへと向かった。ここは首都オトナシと港町キョウコへとルートが分岐する、メジウの流通拠点でもある。17地区からはキョウコの海岸へと通じる高速鉄道が走っている。鮮やかなエメラルドグリーンで塗装された二階建て車両は、通常時であれば観光客や自国へ戻る外国人で入り乱れている。
今日はキョウコ海岸付近より、幻獣出現の警戒発令は出ているため、ターミナルも人の姿が疎らだった。
「貸切り状態ね」
エノは券売機にIDカードをスキャンして、終点のキョウコ南海岸へのチケットを買った。ぼくもそれに続く。家族以外の人間と列車に乗って出かけるのは初めてだったので、少しだけ胸がそわそわした。
列車がほどなくして到着すると、エノはサンドウィッチを買い忘れたと言い、売店へと走っていった。
「旅行じゃないんだから」
「ほーい」
エノは気の抜けた返事をしていたが、しっかり二人分を買ってきてくれる。
どうだ、と言わんばかりの表情でシャカシャカとビニール袋を鳴らすので、ぼくもつられてお腹を空かせてしまった。エノはどすんと音を立てて、短い毛の立ったグレーの座席に腰を下ろす。舞い上がった埃が、窓から差し込む光に照らされてちらちらと空気中を彷徨う。
車内に設置された40インチほどのモニターからは国内ニュースが延々と流れている。キョウコに出現した幻子生命体の特性、三星会議の議決事項、メジウ湖浄化と民間潜水艦の消失。淡々と他人事のように話すニュースキャスターは、ベージュ色のカーディガンを着ていた。
「三星会議は無事に終わったみたいね。お店で買ったパールは役に立ったのかしら?」
エノは雛烏のように首を伸ばして、モニターを見ていた。左手にはイチゴやハイナップルの挟まったフルーツサンドを握っている。
「さあ。ただ、とても似合っていたよ」
ぼくは金糸雀色の少女を思い出しながら、ビニール袋の中を覗く。売店で最も安価なタマゴサンドが入っていた。
「……ふーん。もしかして、あんな感じ?」
「そうそう、あんな感じって、ええ……」
モニターの向こうでは、レイピアのように凛とした少女がミヅハ国皇族と握手を交わしている。モニター越しの人物は一昨日出会った少女に間違いなかった。その右耳に揺れている15,000UKの真球パールは視界の端っこで立派に存在感を放っている。
「まさか王女だったとは」
驚きを隠せないぼくはあまりにも凡庸なことを言っていた。
「いや、気づこうよ」
エノは最後のひとかけらを食べきると指先をぺろりと舐めた。
「お母さんの知り合いだって言っていたんだよね。だから、てっきり軍人かと。あの人が怖ろしい世界で生きているってまざまざと見せつけれられたよ」
母がセイシェリーパ王国と密な付き合いがあるのだとしたら、彼女の多忙さも肯ける。
「しかし、綺麗な人ね」
モニターに映るニュースが切り替わった後も、エノは恋する乙女のようなうっとりとした表情で首を伸ばし続けていた。
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