私と林檎の休日

石谷 落果

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占い

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 十月がもうじき終わろうとしている。長い猛暑と強烈な台風が過ぎ去って、ようやく涼しい夜風が吹くようになってくれた。そんな月の綺麗な夜に、私は一緒に街に来ていたはずの友人とはぐれて、路地裏へと入り込んでしまった。
 騒がしい街の喧騒から解放されたのはよかったが、一気に背中の羽が重たく感じた。天使というのも楽ではない。友人たちは一体どこへ行ってしまったのだろう。
 ふらふら、とぼとぼ漂っていると、路上で店を開いている人影があった。紫色の着物を着て、『占』と書かれた古臭い行灯を机の上に掲げている。占い師にしては珍しく若い青年だった。
 私は吸い寄せられるように近づいて、気がつくと椅子に座っていた。私がしばらく無言だったので、占い師の青年は困惑していた。
「あのう、どうかされました?」
 私のおかしな態度のせいで客ではないと認識されてしまったようだ。
「私、天使なんです」
「それは見ればわかります。綺麗な白い羽ですね。光輪も夜道ではよく目立っています」
 青年はうっすらと笑みを浮かべて、私の姿をじっと見ている。
「天使ですよ。びっくりしないんですか?」
 飄々としている青年に私が詰め寄ると、彼はこう言った。
「そういったお客さんも意外と来るんです。なんで占い師なんて商売が成り立つのか不思議ではありませんか? こんな風に別世界の住人がやってきて、ちょっとずつスピリチュアルな力を分け与えてくれるんです。だから、他人の未来や進むべき道が見えるようになる」
 青年の言動は筋が通っているようでよくわからなかった。しかし、何か惹かれるものがあってたどり着いたのだと思うと、自分の悩みを相談したくなった。
「もう、死んでしまおうと思っているんです」
「ええ、天使なのにですか?」
 青年は目を見開いている。驚くのは当然だろう。天使はそもそも生物じゃない。死という概念があるかすら怪しい。それでも消えてしまいたいという思いは変わらない。
「はい、仕事が上手くいかなくて」
「天使さんはどんな仕事をされているんですか?」
「亡くなった方を天へ導くためのお手伝いをしています」
「素晴らしい仕事ではないですか。自信を持って続けられるのがよろしいかと思いますよ」
 占い師は感心して何度も頷いている。
「だったら、これから先、私がどうなるのか占ってください」
 占い師の青年はにっこりと笑うと「いいですよ」と答える。
 小さな机の上には奇妙な17枚のカードとべっ甲色の水晶があった。タロットカードでもないし、水晶にしては黄ばんでいる。型にはまらないアイテムに期待値は増した。
「生年月日とお名前をどうぞ」
 私は青年の差し出した和紙に書き込んだ。久しぶりに自分の名前を書いた気がする。こんな名前だったかしら?
 青年は和紙を受け取ると、机の上に広げたカードから4枚を引いて見せた。
「ふむふむ。あなたは今、人生で一番つらい時期を過ごしているようです。小さな頃からの夢でさえも灰色に見えるほど、視界は曇ってしまっています。しかし、この苦しみのピークは二ヶ月の辛抱です。世界が変わったように幸せが飛び込んできます」
 その後も、私の半生を映し出すように懇々と語った。
 私は占いが的中していることに驚いた。大晦日の夜に私はカウントダウンと共に死ぬことを予定していた。二ヶ月後に私の人生で一番好きだった漫画が終わる。この漫画が連載している間はどんなに人生がつらくても死なないと決めていた。だから、生きる目標を失うのと同じだ。
「死ぬことがハッピーの可能性もありますよね?」
 青年は困ったような顔をしていた。
「占いを妄信してはだめですよ。あくまで人生選択の一助です。頭の幸せを願っています」
 私は満足して立ち上がった。結局は自分の選択を信じるのみなのだ。
「これをどうぞ」
 青年はポケットから飴を取り出して私の手に握らせた。
「トリックオアトリート。……って逆ですね。ごめんなさい、占い師なんて嘘です」
「私だって天使なんて嘘です」
「さすがにわかっていました」
「だけど、死にたいのは本当」
「僕があなたに幸せであって欲しいと思っていたのも本当です」
「ええ、とても真に迫った占い結果でした」
 私は心軽くなった気がして、翼を羽ばたかせた。
「よくできているでしょ。肘を内側に回転させようとすると、翼が羽ばたくような仕組みになっているんです」
 得意になって動かしていると、青年は口を開けて笑った。
 私もつられて、口角が上がった。
「なんだ、笑えるじゃないですか。……天使さん、また一年後にあなたを占ってもいいですか? 答え合わせをしましょうよ。僕の占いが当たったかどうか。どっちにしろ、あなたが生きていないと結果がわからないのでそれまでは必ず生きていてください」
 これって私の新しい人生の目標になるのかな。
「必ずいてよね」
 青年は頷いてもう一度笑った。

 私は路地裏の夜を一人満喫した。延々と自撮りを続ける大学生やハロウィンに疲れ居酒屋で宴会をしている社会人を、鮮やかな半月に腰かけて、俯瞰して眺めている自分がいた。
 葬儀屋の仕事もそうそう悪くないかもしれないと言い聞かせる。
 私はペンライトで作った光輪を引きちぎると、夜空へ大きく投げ捨てた。
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