宇宙船地球号2021 R2

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第8話 007 東北ユーラシア支部地下通路A(1)

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 洋平と絵麻が少し間隔を取りあって壁へと背中をつけた。
 地下通路Aは地下通路Bと同じく重力維持装置の影響範囲外だった。なので彼らの足元は浮いていた。
 
 彼らが壁を背にした理由は銃器を使用した際にその反動で宙に浮いている身体が後ろへ吹き飛ばされないようにすることだ。銃器の扱いに慣れない彼らのために八神が事前に用意した苦肉の策だった。

 その八神は俺たちの先頭に立ちすでに戦闘準備を終えていた。彼の左手には俺のランボー・ファーストブラッド・ナイフとは少し型の違うナイフがあった。ランボー3・シース・ナイフというらしいが、俺のナイフと機能面でどう違うのかは不明だった。そして、肩にはアサルトライフル。右手にはコルトパイソン。また、バッグを少しずり下げ、腰へと移動させていた。
 
 俺たちの登ってきた地下通路Bの階段付近には、美雪、そして早野と芽衣。美雪はアサルトライフルを手にしているが、残りの二人はネイルガンという心もとない装備だ。さらに、その二人の一方は小太りの気弱な男であり、もう一方は年端もいかない子供だ。彼らは後方支援で、いざとなれば美雪が早野と芽衣を連れて逃げる手はずになっていた。一方の俺は八神の背後で彼が討ち漏らした者をナイフで切り捨てることがその役割だ。

 洋平と絵麻が後ろから援護射撃を行い俺と八神の手助けをしてくれるので、それにより全員の生存確率を多少なりとも高めることができるはずだ、というのがこの陣を考案した八神の見解だった。

 目の前には大量の同種が広大な通路を浮遊していた。時折いくつもある支え柱に姿が隠れ、その人数が実際どれくらいであるのか判別するのは難しい。彼らの背後には研究室らしき巨大なガラス窓が備え付けられた部屋が見えた。その隣には上へと繋がる階段。それが俺たちのとりあえずのゴールだ。

 そこに至るまでの方法は同種の全滅ではなく、彼らに覆われた地下通路Bの中央に道を造りそこを全員で突っ切ることだ。肉片や血が目に入ったりといった感染リスクを負った犠牲はもちろん想定される。だが、後程のリスクを考えながら無傷でゴールまでたどり着こうなどという甘い考えがこの場で実現不可能であることは全員承知の上だった。

 例の如く、合図もせず八神がコルトパイソンで群れの真ん中で浮遊していた同種の頭を撃ち抜いた。次の瞬間には隣にあった柱を蹴りつけ前方へと身体をやった。それを見た俺も彼の背後へと続いた。

 弾を連射しながら次々と同種を撃ち倒してく八神。続くように絵麻も、時折外れるケースは見受けられるが、コルトパイソンで同種の頭、胸、足を撃ち抜いていった。俺の目の前で血が飛び散り、足が空を舞い、内臓が踊るようにそこらかしらを漂った。洋平はスナイパーライフルの扱いに慣れていないせいかまごついており、まだ弾を一発も発射していないようだった。

「圭介、後ろ行くぞ」
 ぼそり、と前から八神の声が聞こえた。

 同種が俺の目の前に現れた。赤い髪の毛を持った女だった。生前の面影はどうだったんだろうか――そんな疑問が浮かばないほど顔は醜く歪んでいた。

 俺はランボー・ナイフを振り抜き、彼女の首を狩り取った。元人間の肉は意外なほど簡単に切れた。
 もしかすると、同種は耐久力はないのかも知れない、と俺は思った。もちろん人をそれまで切ったことがないので真偽のほどは定かではない。

 目の前の八神は、ランボー3・ナイフを手慣れた様子で振り回し、コルトパイソン、アサルトライフルという三つの武器で引き続き同種たちを蹴散らしている。八神の討ち漏らしは先ほどのひとりのみで、俺は稀に横から襲ってくる彼らを切りつけるのみで良かった。

 そして、通路の半分を過ぎたところだった。
「おいおい、嘘だろ」
 俺は図らずも呆れた吐息を出した。

 地下通路Aの階段から、また大量の同種が現れたのだ。中央突破が少し見えてきたというところにこの人数の追加。愕然と肩を落としそうになった。

 そこに横から同種が俺の腕へ噛みつこうと襲い掛かってきた。不意をつかれた俺はナイフで防御するタイミングを逃したことを自ら悟った。その際、八神が一瞬こちらを見たが、彼も前方の同種を相手にしている身だ。彼がどういう判断を下すかは不明だが、その体勢から俺の救助は不可能であろうことは火を見るよりも明らかだった。

 俺が諦めかけた瞬間だった。
「圭介、任せて」
 という声が背後から聞こえてきた。
 
 見ると、絵麻がすぐそこでコルトパイソンを片手に宙を浮遊していた。いつの間にか壁際から俺と八神がいる場所に近寄っていたようだ。彼女はすぐに引き金を弾き俺を襲った同種を撃ち殺した。

「やっぱり、この距離だと絶対当たるわね」
 と、続けざまに彼女は言う。

 八神のように体勢を器用に安定させているので、コルトパイソンの弾を放った反動で彼女の身体が後退することもない。宇宙服の男の格闘の際と同じ。やはり、絵麻の身体能力はかなり高いようだ。

「こいつら、やっぱりキリがねえな」
 俺の危機からの脱出を確認した後、目を前へと戻した八神がぽつりと声を零した。また同種の援軍が駆け付けたのだ。
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