宇宙船地球号2021 R2

文字の大きさ
上 下
12 / 99

第12話 009 東北ユーラシア支部商業区食糧倉庫前(1)

しおりを挟む
 ブラインドの隙間からサンクトペテルブルグ通路の様子をうかがった。よろめきながら歩く同種の姿がちらほらと見えた。
 またどこからかこの通りへとやってきたようだ。
 昨日全滅させたはずだが八神の言う通りキリがない。
 
 初めてこの右京宅メゾネットに足を踏み入れた日から三日が経った。その間、同種がこの家に侵入することもなく、外に出られないという窮屈さはあるが、安全面においては芹香が述べた通りまったく問題は感じられなかった。

 だが、食糧の備蓄には問題があった。
 食材といえるものがこの家には千年程度の賞味期限が保証されている保存食、保存調味料、保存飲料が心もとない数しかなく、俺たちがこの三日間振舞われた料理はこの家にあるその少ない備蓄を使って芹香と美雪が加工したものだ。
 早野と芽衣が日本支部の食糧庫から持ち出した飲料水や缶詰もこの保存食タイプのみ。それらを合わせても人数分で割って後一週間も持たないことがすでに判明していた。
 このままでは餓死か衰弱死が待っているのは確実。恒久的な食糧確保は最優先すべき課題だった。地球号の商業区には原則的に食糧倉庫が併設されていることは自明の理だったので、食糧に多少の余裕がある今、危険を承知でそこに全員で向かうことにした。
 俺が窓の外を観察した理由は、備蓄を少しでも補充するため東北ユーラシア支部商業区にある食糧倉庫へ向かうその第一歩目、この近辺を生活範囲としている芹香に教えられたルートの状況を確認することだった。

「同種は通りにいるけど、そう人数は多くない。だけど、昨日よりは確実に増えている。出発するならたぶん今しかない」
 窓から目を離した俺はそう自分の憶測を述べた。
「そうね。さあ、みんな行きましょう」
 軽く吐息を漏らしながら、絵麻が俺たちに呼びかけた。

 リビングにいるメンバー全員がソファーからすっと立ち上がった。バッグを肩に掛けそれぞれがそれぞれの武器を装備している。
 今となっては杞憂に終わったが、実は食糧以外にも弾薬についての問題があった。この右京宅メゾネットに着くまでの道のりで、弾を大量に消費してしまい、行く先々で拾った弾薬で都度補充をしていたのだが、右京宅に入った当初は手持ちにほとんど残っていなかった。
 だが、これについてはそう時間がかからず解決した。
 芹香の同居人は東北ユーラシア支部警備隊の所属らしく、武器自体はこの家に存在しなかったが、大量の弾薬が各種類引き出しの至るところに隠されていた。
 単に警備隊に所属しているというだけでそのようなものを家に置いてあること自体は異常とはいえる。
 だが、とりあえずのところ弾薬が尽きかけていた俺たちにとっては、その同居人の異常性は九死に一生を得るほどの有難いことだった。

 さらに食糧などの荷造りも終えた俺たちは、少しの休憩を挟んだ後、窓から屋根へと乗り移った。下界にいる同種たちはまだ俺たちの存在に気がついていないようだ。それから鑑みると、芹香の立てた想定通り、身体の匂いは天井の排気口へと吸い上げられているのだろう。

 一息つく暇もない。
 八神だけをその場に残して、右京宅メゾネットの屋根から前方の家の屋根へと進んで行く。

 L字の通路の角にある家を過ぎた辺りで俺たちは立ち止まった
 それを見た八神が、右京宅メゾネットの三軒先くらいに身を移動させる。屋根に足を踏み入れたと同時に発砲音を鳴らした。
 サンクトペテルブルグ通路の同種たちはそのすべてが自らの居場所を離れ、八神がいる右京宅メゾネット近辺へと群がっていった。

 そのL字の通路にいた同種たちや、俺たちが屋根を降りて進む予定の通路にいた同種たちはその騒ぎを聞きつけ、一斉にサンクトペテルブルグ通路へと集まった。
 瞬く間に通路は同種たちで溢れ返った。

 それを見届けた八神は足音を立てないよう注意しながら俺たちの元へと走り出した。今のところ、彼女の思惑通りに事は運んでいるな、とその様子を観察した俺は胸の内で考察した。

 この作戦を提案した芹香曰く、同種は生きた人間の身体の匂い、物音に反応する習性がある可能性が高いらしく、これを利用しながら先に進むのがもっとも効率的であるとのことだった。
 身体の匂いについては、屋根の上であれば真横に風が抜ける空調が利いているので、そこにさえいれば目視されない限り、同種がそれに反応することはない。
 また、意図的に物音を発生させることで、現在同種の数が少なくなったサンクトペテルブルグ通路に、他の通りにいる同種たちを集中させることができる。
 素通りとはいかないが、何もしないよりは同種の数が少ない状態で商業区までのルートを進行することができるだろう、との予測もその際彼女は述べた。考えうる限りそれがもっとも効率的で、成功確率は八神がいれば相応に高いとも言っていた。
 そして、彼女のその推察通り、商業区の入り口への道は開けた。

 家の屋根から無機質な地上へと降り立った俺たちはそこへと向かった。
 途中数体の同種が襲ってきたが、八神と早野がサイレンサーを装着したスナイパーライフルでそのすべてを仕留めた。
しおりを挟む

処理中です...