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第14話 010 東北ユーラシア支部商業区食糧倉庫(1)
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男はセルゲイ・セルゲイェヴィッチ・アルシャヴィンと名乗った。
その声はインターフォン越しに俺たちへ語り掛けていた男と同じものだった。痩せ型の身体からは、その時の口調のように物腰柔らかそうな雰囲気を漂わせていた。
セルゲイは俺たちに倉庫を案内すると述べ、通路へと俺たちを誘った。
彼の仲間と思われる人々とすれ違う。そのすべてが俺たちの顔へと視線を送ってきた。
いくつかの部屋をそのまま通り過ぎ、セルゲイは大きく開かれたドアの間口へと入っていった。おそらくそこが食糧が備蓄されている場所なのだろう。
食糧倉庫の中は広々としていてところどころにベルトコンベア式のレーンやスチールラックが置かれていた。
その上には保存食や保存飲料がちらほらとしか見えなかった。彼の言う通り俺たちほどではないとしても、食糧はそう多くないであろうことがうかがえる。
室温は食糧保存のためかひんやりとしていた。
先ほど通り過ぎた通路や部屋もその影響か温度が低く人々はみんな厚着で、中には毛布に包まっている人の姿もあった。
また、全員が俺と同じ年齢かそれ以上だと思われた。
さらに先ほどまで同種と戦闘を行っていた俺たちよりも疲れ果てているように見え、全員がセルゲイのようにやつれていた。食糧倉庫を拠点としているが、なぜかその場にいる人々にはあまり栄養は行き届いてはいないようだった。
俺と同じような疑問を持った絵麻が、その点をセルゲイに問いかけた。
彼の説明によると、食糧は過去に生産された保存食分しかなく、その備蓄分のみを全員で分け合って生活しているそうだ。
食糧生産施設はあるにはあるらしいが、各種機材を扱えるものはいてもその機械が発生させた音に同種が反応してしまい、この食糧倉庫に集まってしまうらしい。
武器がほとんど存在しないこの食糧倉庫ではその彼らを追い払うことはできず、建物の耐久性も想定以上の多数の同種に襲撃されてしまうとおそらくひとたまりもない。なので食糧生産施設を稼働させること自体が命の危険性を高めることになるとのことだった。
一通り食糧倉庫を見回った後、俺たちはセルゲイと共に先ほど通り過ぎた通路に戻りその中にあった部屋の一室へと腰を落ち着けた。
その部屋の壁際には大量の保存食、保存飲料と思われる袋が詰まれており、中央には大きな長テーブルが置かれていた。
「食糧を生産できる機材はあるのに使えないとは、とんだ災難だな」
備え付けのソファーに寄り掛かった洋平が、倉庫を見回った後に持ったのであろう感想を述べた。
「そうですね……洋平君。まさしく、きみの言う通りです。我々は、本当に長い間災難続きでした」
セルゲイは遠い目をした。
彼の言葉から推測すると、昨日今日コールドスリープから目覚めたばかりの俺や絵麻たちと違い、早野や芽衣のような俺たちより前の周期からこの天災を経験している人々がこの倉庫の住人なのだろう。
「いつからここにいるんだ?」
八神が訊いた。
この口ぶりからすると、彼もセルゲイの言葉を理解しているようだ。
昨日右京宅メゾネットで、シャワーを浴び終えたばかりの八神がほとんど全裸でリビングを素通りした。その時たまたまそこに居合わせた芹香にロシア語らしき言語で何か文句を言われ、意味のわからん言葉を使うな、と彼は怒っていた。
その彼がセルゲイの使う言語をデフォルトで話せるとは思えない。彼が着込んでいるのは質素な日本支部警備隊の制服だが、俺たちの制服と同じような自動翻訳機能が備わっているはずだ。
「ねえ、ねえ、圭介お兄ちゃん」
隣にいた芽衣が俺の服を引っ張った。
何事か、というようなことは思わなかった。その理由は彼女が口を開く前から察しがついていたからだ。
彼女は現在何も特殊な服装は身に着けていない。であるから、この倉庫内に入ってからずっと俺たちとセルゲイの会話が理解できていないはずだ。年端も行かない彼女が不安になるのも致し方がない。今からでも少しは状況を説明してやる必要があるのかもしれない。
だが、
「あのセルゲイという人、長い間って言ってたけれど、芽衣と同じくらいの周期なのかな?」
芽衣がきょとんとした感じで、俺にそう尋ねてきた。
彼女もどうやらセルゲイの言語を理解しているようだ。
外観から翻訳用の特殊な装置を身に着けていないことはやはり明らかだった。ということは彼女は彼の言葉をそのままで理解できているということだ。
この状況下で二年間生存したこと、東北ユーラシア支部通路Aやサンクトペテルブルク通路でのヘッドショットの技術、そして今度は他言語。わずか十二歳程度の若さしかないこの子に何故このようなことができる能力があるのだろうか、と俺は内心驚きを隠せなかった。
「私にとっては、もう覚えていなくらい長い期間です。ここにいる仲間にとっては短く感じている者もいれば、私のように永遠の地獄を過ごしているような気持ちになっている者もいます。ここにいる人間の周期はそれぞれ違いますから、それも当然かもしれません」
ため息をつきながらセルゲイが言う。
悲壮感漂う彼の表情からは、これまでどれ程の苦労をしてきたのかが読み取れた。
肩を落としたその姿に、いずれは俺たちもこうなるのだろうか、と俺は目を細めた。
その声はインターフォン越しに俺たちへ語り掛けていた男と同じものだった。痩せ型の身体からは、その時の口調のように物腰柔らかそうな雰囲気を漂わせていた。
セルゲイは俺たちに倉庫を案内すると述べ、通路へと俺たちを誘った。
彼の仲間と思われる人々とすれ違う。そのすべてが俺たちの顔へと視線を送ってきた。
いくつかの部屋をそのまま通り過ぎ、セルゲイは大きく開かれたドアの間口へと入っていった。おそらくそこが食糧が備蓄されている場所なのだろう。
食糧倉庫の中は広々としていてところどころにベルトコンベア式のレーンやスチールラックが置かれていた。
その上には保存食や保存飲料がちらほらとしか見えなかった。彼の言う通り俺たちほどではないとしても、食糧はそう多くないであろうことがうかがえる。
室温は食糧保存のためかひんやりとしていた。
先ほど通り過ぎた通路や部屋もその影響か温度が低く人々はみんな厚着で、中には毛布に包まっている人の姿もあった。
また、全員が俺と同じ年齢かそれ以上だと思われた。
さらに先ほどまで同種と戦闘を行っていた俺たちよりも疲れ果てているように見え、全員がセルゲイのようにやつれていた。食糧倉庫を拠点としているが、なぜかその場にいる人々にはあまり栄養は行き届いてはいないようだった。
俺と同じような疑問を持った絵麻が、その点をセルゲイに問いかけた。
彼の説明によると、食糧は過去に生産された保存食分しかなく、その備蓄分のみを全員で分け合って生活しているそうだ。
食糧生産施設はあるにはあるらしいが、各種機材を扱えるものはいてもその機械が発生させた音に同種が反応してしまい、この食糧倉庫に集まってしまうらしい。
武器がほとんど存在しないこの食糧倉庫ではその彼らを追い払うことはできず、建物の耐久性も想定以上の多数の同種に襲撃されてしまうとおそらくひとたまりもない。なので食糧生産施設を稼働させること自体が命の危険性を高めることになるとのことだった。
一通り食糧倉庫を見回った後、俺たちはセルゲイと共に先ほど通り過ぎた通路に戻りその中にあった部屋の一室へと腰を落ち着けた。
その部屋の壁際には大量の保存食、保存飲料と思われる袋が詰まれており、中央には大きな長テーブルが置かれていた。
「食糧を生産できる機材はあるのに使えないとは、とんだ災難だな」
備え付けのソファーに寄り掛かった洋平が、倉庫を見回った後に持ったのであろう感想を述べた。
「そうですね……洋平君。まさしく、きみの言う通りです。我々は、本当に長い間災難続きでした」
セルゲイは遠い目をした。
彼の言葉から推測すると、昨日今日コールドスリープから目覚めたばかりの俺や絵麻たちと違い、早野や芽衣のような俺たちより前の周期からこの天災を経験している人々がこの倉庫の住人なのだろう。
「いつからここにいるんだ?」
八神が訊いた。
この口ぶりからすると、彼もセルゲイの言葉を理解しているようだ。
昨日右京宅メゾネットで、シャワーを浴び終えたばかりの八神がほとんど全裸でリビングを素通りした。その時たまたまそこに居合わせた芹香にロシア語らしき言語で何か文句を言われ、意味のわからん言葉を使うな、と彼は怒っていた。
その彼がセルゲイの使う言語をデフォルトで話せるとは思えない。彼が着込んでいるのは質素な日本支部警備隊の制服だが、俺たちの制服と同じような自動翻訳機能が備わっているはずだ。
「ねえ、ねえ、圭介お兄ちゃん」
隣にいた芽衣が俺の服を引っ張った。
何事か、というようなことは思わなかった。その理由は彼女が口を開く前から察しがついていたからだ。
彼女は現在何も特殊な服装は身に着けていない。であるから、この倉庫内に入ってからずっと俺たちとセルゲイの会話が理解できていないはずだ。年端も行かない彼女が不安になるのも致し方がない。今からでも少しは状況を説明してやる必要があるのかもしれない。
だが、
「あのセルゲイという人、長い間って言ってたけれど、芽衣と同じくらいの周期なのかな?」
芽衣がきょとんとした感じで、俺にそう尋ねてきた。
彼女もどうやらセルゲイの言語を理解しているようだ。
外観から翻訳用の特殊な装置を身に着けていないことはやはり明らかだった。ということは彼女は彼の言葉をそのままで理解できているということだ。
この状況下で二年間生存したこと、東北ユーラシア支部通路Aやサンクトペテルブルク通路でのヘッドショットの技術、そして今度は他言語。わずか十二歳程度の若さしかないこの子に何故このようなことができる能力があるのだろうか、と俺は内心驚きを隠せなかった。
「私にとっては、もう覚えていなくらい長い期間です。ここにいる仲間にとっては短く感じている者もいれば、私のように永遠の地獄を過ごしているような気持ちになっている者もいます。ここにいる人間の周期はそれぞれ違いますから、それも当然かもしれません」
ため息をつきながらセルゲイが言う。
悲壮感漂う彼の表情からは、これまでどれ程の苦労をしてきたのかが読み取れた。
肩を落としたその姿に、いずれは俺たちもこうなるのだろうか、と俺は目を細めた。
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