宇宙船地球号2021 R2

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第20話 013 東北ユーラシア支部DMZ税関(1)

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 もう一度取っ手に力を込めた。だが、やはりドアは開かない。
 そうこうしている内にも、同種たちのうめき声が少しずつ大きくなって俺の背中に響いてくる。
 さらにもう一回試みた。これもやはり無駄な努力に終わった。
 気味の悪いあの不協和音の集合体がまた一歩こちらへと近寄ってきた。

「ワイヤレスネットワークの反応がないから、どこか繋がる場所を探さなければなりませんが……圭介君。これを使いましょう。」
 背後から、美雪が呼びかけてきた。
「持ってきていたのか……」
 俺はそう声を漏らした。
 
 彼女の腕の中には、右京宅メゾネットで見たノートパソコンがあった。今美雪の手元にこれがあるということは、あの部屋からここまでわざわざ持ち運んできたということなのだろう。

「芹香先生のもの、黙って借りてきちゃいました」
 美雪がはペロッと舌を出す。
「美雪ちゃん。それって、先生のじゃなくて、先生の同居人ちゃんのノートパソコンだよ。画面が殺風景だったから、壁紙を先生の写真にしたの。そしたら、すっごく、すっごく怒ってた。勝手にしやがってとか、戻し方がわからないって、ゲンコツされた後に怒鳴られちゃった」
 芹香が悪びれる素振りもなく言った。

 次の瞬間だった。
 ドン、とドアに弾が当たった音がした。
 その近くにいたせいか、芹香の顔面が一気に蒼白になる。
 指をワナワナと震わせながら、銃弾が当たった箇所を指で示した。ドアは多少そこに傷を負っただけで平然とその場に佇んだままだった。
 それを確認した俺は弾が発射された方向を見た。

 振り返らなくても誰が撃ったかわかっていたが、やはり犯人は八神だった。
「ちっ、やっぱり駄目か」
 と、見たままの結果を告げる。
 駄目かじゃない、と芹香が涙目で八神に近寄り、ポカポカと八神の胸を叩く。
 彼が手に持っているスナイパーライフルからは、未だ薄い煙が立ちのぼっていた。

「あれは放っておきましょう。圭介、美雪、早野君たちも。早くモジュラージャックかLANケーブルの差し込み口を探して。今ゲート近辺は洋平が探しているから、別の場所をお願い」
 絵麻が言う。
 そう指示を送っている間にも、ドア付近の壁を手で探っていた。
「なるほど。あのドアは本来自動で開くもので、電子回路でロックされているから開かない、さらにそこに繋ぐためのワイヤレスネットワークはセキュリティーにより何かしらの方法で範囲が限定されており、それがどこかわからない。でも、その範囲を探すことに時間を費やすくらいであれば、直接LAN接続してハックした方が良いということですね。流石です、絵麻ちゃん」
 美雪が感嘆の声を漏らした。
 すぐに俺たちは手分けして、差し込み口がありそうな箇所へと散っていった。

「おい、あったぜ。ここで接続しよう」
 程なくして、洋平がゲート付近でLANケーブルの差し込み口を見つけた。
 すぐに美雪がノートパソコンとの接続を試みる。
 LANケーブルを繋ぎ、メニュー画面からターミナルを開くとすぐにコネクションエラーのメッセージが返ってきた。

「PINGは通ってるみたいだけれど、認証が通ってないみたいね。ケルベロスかしら」
 茶色の髪の毛をかき上げながら、絵麻が言う。
「いや、ケルベロス認証だけじゃない。多重認証じゃないか?」
 開かれたログを視界に入れ、俺は訊いた。

 ターミナルに表示された情報を多少目で追っただけだが、そう単純な認証だけではないような気がした。考えてみれば、支部間を繋ぐような要所のセキュリティー認証を簡単に破れるような仕組みにしておくわけがない。

「来るよ」
 絵麻の返答ではなく、背後から早野の声が聞こえてきた。

 振り返ると、大量の同種が通路を埋めつくしていた。
 また、人数が多すぎてその輪から押し出されたと見られる同種たちが壁や通路の床に張り付いており、その上を奥から現れた新たな同種が歩いてくる。
 宙に浮いている時より迫ってくるスピードは速く、彼らが俺たちの元へたどり着くのは時間の問題に思えた。
 ただ、足場が悪いせいかどの同種も走り出そうとしないことだけが不幸中の幸いだった。

 射程距離に同種たちが入ったのか、八神と早野がそれぞれのスナイパーライフルで銃撃を開始した。ヘッドショットされた同種たちは次々と後ろへ吹き飛ばされていく。
 だが、その死体を押しのけ、また奥から新たな同種が次から次へと湧いてきた。

「やれやれ、キリがないな」
 八神の声が聞こえた。

 彼がこのような台詞を使う時、大抵ろくでもない事象が起こることはここまでの付き合いで織り込み済みだ。そう遠くない未来に危機的状況に陥るのであろうことは容易に想像がついた。

 芽衣、洋平も彼らの攻撃に加勢する。だが、同種の進軍は止まることはない。いくら攻撃の厚みを増そうとも、ほとんど功を奏していないように思えた。
「圭介君、お願い」
 見かねたのか美雪がそう言って、ノートパソコンを俺に明け渡し、彼女も彼らの支援へと向かった。
 その後、ノートパソコンの画面に向かった俺の耳に、間もなくアサルトライフルの連射音が入ってきた。
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