宇宙船地球号2021 R2

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第28話 017 日本支部東京区新市街最下層地下49階(1)

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 一息つく暇もなかった。
 エレベーターの外にはまだ有り余るほどの同種がいる。この密閉空間でもう一度あの人数に襲い掛かられたら、おそらくひとたまりもないだろう。

「外だ。外でやろう」
 洋平も同じことを思ったのか、全員にそう呼びかける。
 言葉を終える否や、すぐにエレベーターから飛び出した。当然、返事をするまでもなく俺たちも彼の背中に続いた。

 鯨――

 同種の数を見積もろうと周囲を確認した俺は、図らずもその場で立ち尽くした。
 その他のメンバーも目の前に広がるその光景を目にして呆気にとられたのか、誰も言葉を発しなかった。

 円形を型どった巨大なガラスが、遠くの方、最後列にいる同種たちの背後を覆っていた。
 ガラスの向こう側には一面透き通るような水色の液体。時折、小さな水泡が浮き上がっていく。その中を悠々と泳ぐ鯨。大きなサイズの鮫の姿も見える。また、鯨、鮫といった大型なものだけではなく、エイやヒラメなどの中型なものからクレクマノミ、ナンヨウハギのような小型魚までいるようだ。
 さらに疑似的な太陽なのだろう光が、上の方からその海のような液体に差し込んでいた。
 その水槽の形状のせいで、魚ではなく俺たちや同種の方が中で泳がされているような錯覚に陥りそうになる。

「早野、スナイパーライフルは使うな。釘程度では割れないだろうが、弾丸はまずそうだ。例え同種の身体を突き抜け威力が弱まったとしても、このガラスがその衝撃に耐えられるかわからない」
 そう言って、八神はエレベーター近くのガラスの一部分に触れる。
 もう片方の手にはランボー3・シース・ナイフがあった。いつもの銃器一式は肩にかけたまま。このことから鑑みると、早野に声をかける以前に、銃撃による攻撃を戦略に取り入れることは諦めていたのだろう。

「万が一この巨大な水槽にヒビでも入りでもしたら、ガラス全体が一気に割れてこの一帯が洪水状態になることは目に見えている。やはり、銃器の使用は厳禁ということね」
 絵麻が推察を述べる。

 もちろんいつも通り無類の強さを発揮するというわけにはいかないだろうが、八神は銃器がなくとも問題はない。絵麻にしてもそれは同じだ。
 だが、銃器が使えない以上、美雪は厳しいだろう。そして、もっと痛いのは早野の戦闘力を失うことだ。
 銃器があれば無敵だが、それが使えない今接近戦を余儀なくされることが想定される。
 早野のその低身長の太った体型で、近距離戦闘が得意とは到底思えなかった。まだ相当の人数の同種がいる現況、致命的と断定しても過言ではない。
 
 だが、
「八神さん、了解」
 と言って、早野はバッグパックから新たなネイルガンを取り出した。
 芽衣と洋平が持つネイルガンしかないと思い込んでいたが、まだ予備があったのだろう。

 俺の心配は杞憂だったということだ。
 考えてみれば、彼は一年間この危機的状況を乗り越えてきた男だ。武器の予備のひとつやふたつあったとしてもおかしくはない。

「そういや、早野。釘ってどこから手に入れているんだ?」
 何となく気になったので、釘の入手経路をどうしているのか確認した。
「逃げ込んだ家やビルの道具箱とかから収集してるよ。後、同種の頭に刺さったやつを抜いている」ネイルガンを前に構えにやりと笑いながら、早野はそう答えた。「圭介、サンキューな。洋平が外しまくるから、ストックが少なくなっているのを忘れてたよ。今日は身体に刺さったやつも抜かないとなくなっちゃうかもね。でも、内臓まで刺さってたら、抜くのはやっかいだな」

 俺がぞっとしているのを無視しながら、早野はネイルガンでこちらへと走ってきた同種の額を撃ち抜いた。

 言動や行動は狂気を帯びているが、彼の台詞からはこの窮地を切り抜けるつもりであることがうかがえた。それが現在の苦境を変えるわけではないが、自暴自棄になりそうになっていた俺の心に一滴の勇気を注いでくれた気がした。

 早野のその攻撃から少し時間が経つと、俺たちの陣はやや後方へと押し込まれ始めた。
 人数差もあるが、接近戦を苦手としている美雪と戦闘時には役に立たない芹香を守りながら戦っていることがネックになっているようだ。美雪のアサルトライフルが使えない今、それを戦力として計算に入れているいつものやり方が通用しない状態になってしまっていたのだ。

 そして、このままでは押し切られるのは確実とみたのであろう八神の指示により、俺たちはいつもの型と別の陣形を採用することになった。
 俺と八神が先頭。俺の斜め後ろに絵麻、その逆に芽衣が立つ。中央にいる背の高い洋平が位置し、芹香、美雪は彼のすぐ後ろ。そのさらに背後は麗と早野で固めた。

 結果的にこの陣形変更が功を奏した。
 高身長の洋平が俺と絵麻の頭上から釘を撃つ。これで前方の同種をある程度対処することができた。さらに絵麻がいつものよくわからない技で洋平の倒し切れなかった同種の身体を次から次へと地面に叩きつける。
 その後は俺。洋平の攻撃により少なくなった自分の前方の同種、絵麻の体術により姿勢が整わなくなった同種の首をそれぞれ刈り取っていった。
 
 次は芽衣と八神だ。ネイルガンという飛び道具と高い身体能力で芽衣が奔放に同種を討伐し、それに合わせるかのように八神は躍動する彼女の背後で効果的な補助をランボー3・ナイフで行っていく。

 殿の早野は近くにいる麗の動きに何か規則性を見つけたのか、艶やかで流れるような彼女の同種への接近攻撃に合わせ、次々とヘッドショットを成功させていった。

 そして、同種が俺たちの陣に割って入って美雪と芹香を襲おうとする場合は、俺を含めた接近戦組がその同種をそれぞれの得意な形で抹殺した。
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