宇宙船地球号2021 R2

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第31話 018 日本支部東京区新市街地下研究施設(2)

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「おい、圭介。早く起きろ」
 男の声が聞こえた。
 俺が目を開けると、出発の支度を終えた八神がそこに立っていた。
 早野はすでに服を着替え始めていた。そして、まだ眠っている洋平については、「外の様子がおかしい。洋平はおまえが起こせ」と俺に指示を送る。
 そう述べた後、彼は女性陣の眠る部屋へと向かっていった。

 水が滲み出るような音が部屋の外から聞こえてくる
 洋平を起こすため、俺が立ち上がろうとした矢先のことだった。

 急いで支度をすませ部屋の窓から外を見やる。次の瞬間にはどういう状態か把握できた。
 昨日俺たちが登ってきた階段から水が溢れ出ていた。
「どうなってるんだ? ガラスにヒビひとつ入っていないことはみんなで確認したってのに」
 俺の隣へと駆け寄ってきた洋平が言う。
「わからない……見落としがあったとは思えないが」
 そう言って、俺は首を横に振った。
「圭介、洋平。八神さんが呼んでるよ」
 間口から早野が顔を出しながら、俺たちに声をかけてきた。

 集合室には、その八神、そして女性陣がすでに支度を終えて俺たちを待っていた。
 急いで着替えたせいなのか、彼女たちの服装は若干乱れてところどころがはだけていた。
「反対側の階段を登って上に行くぞ。昨日でわかっているとは思うが、エレベーターの利用は危険すぎる。急ぐぞ。水位がどこまであがるか見当もつかない」
 俺たちが部屋の前に立った瞬間に八神が今後の予定を説明する。
 一連の動作かのように部屋を出て俺たちの先頭に立ち、前へと歩いて行く。それを見た俺たちもぞろぞろと彼の背後をついていった。

 水は初め靴のソールくらいの高さしかなかったが、進む距離が増えるにつれ次第に俺たちの膝丈くらいになった。
 この周辺に彼らの気配はまったくない。同種は昨日この研究所内にいないことは確認していて、今現在も同じ状況のようだ。この分では、彼らと戦闘になる可能性はほとんどないだろう。
 この動きづらい状況で、同種に遭遇することだけは避けたいところだ。そういう意味では、同種の姿が見えないことだけは不幸中の幸いともいえた。

 俺たちの歩く速度は一段と上がった。
 階段を登った先には俺たちが始末しきれていない同種が大量にいることが推測され、上の階に水位があがるまでに彼らと戦闘を開始する必要がある。できれば、足場が確保できている間に彼らを殲滅したいところだ。

 長い通路の先にようやく上へと繋がる階段が見えた。
 水から身体を逃がすため全員が素早く階段に足を踏み入れる。冷えからはこれで逃れることはできたが、下半身が水でずぶぬれになり、若干身体が重くなったように感じた。

「お、おい。あれはなんだ?」
 すでに階段の踊り場付近に到達していた洋平が、狼狽えた声を出した。
 次に俺を見やってから、研究室の通路を指で示す。
 そちらへと顔をやってみると、指先の遠くの方で鮫のヒレと見られるものが水面から小さく出ているのが見えた。
 そして、そのヒレは徐々にその速度を上げてこちらへと近づいてきた。

「あ、あれって、やばいんじゃないか」
 洋平は声を震わせながら台詞を続けた。
「確かに、や、やばそうだな。洋平。でも、鮫がなんでこんなところに……」
 そのヒレに鬼気迫るものを感じた俺の声も震える。
 だが、
「大丈夫ですよ、洋平君、圭介君」と、美雪が明るい声で言う。「鮫は人を原則的に襲わないんですよ。落雷が人に落ちる確率の方が全然高いんです。人に危害を加えているように見えるのは餌と勘違いしているからですよ。ねえ、芹香先生?」
「そうね。良く知ってたわね。美雪ちゃん。その通り、鮫は人を襲わないわ。原則的にね。もう、圭介君も洋平君も男の子なんだから、しっかりしなきゃ。お婿さんに行けないぞ。ねえ、美雪ちゃん」
 芹香がそう言って賛同する。
 彼女たちはお互いに顔を見合わせて、フフフ、と笑顔を見せあった。

 そして、それを見た俺が、意外に美雪は博識なんだな、と思った矢先のことだった。
「いや、あれは違うな」
 八神がぼそりと呟いた。

 そのヒレは通路の中央付近まできたかと思うと水面に一度沈んだ。
 次の瞬間、大型の鮫が凶暴な目を光らせその水面の位置から飛び出してきた。さらに、間を空けることもなく顔面を蒼白とさせた美雪と芹香目掛けて噛みついてくる。
 もうふたりの身体を飲み込もうかという時、八神がいつの間にか手に持っていたランボー3・ナイフでその鮫の首を狩り取った。鈍い音がしたかと思うと、どす黒い血が美雪と芹香、そして八神の顔付近に飛び散った。

 首が下に落ちてもその鮫の顔は俺たちを襲おうと階段の上を暴れ狂っていた。まだ死を迎える様子もなく全員の足元目掛けて飛びつこうとしてくる。
 その鮫の歯をかわして階段の踊り場に身をあげた俺が視線を前に戻すと、大量のヒレが水面を泳いでこちらへと向かってくるのが見えた。

「あれは昨日俺たちがガラスの向こう側で見た鮫じゃないな。同種と同じだ」
 八神が訥々と言う。
 次に全員に向け、その場を離れ上の階へ行くよう指示を送った。
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